第二章 四ツ屋寧々の場合2

「どうしたの? よっちゃん」

 お昼休み。強引に円を連れ出した。

 あの後、教師が来るまでずっと話していたし、二時間目の休み時間でもずっと話していたからタイミングが無かった。

 これ以上藍の機嫌が悪くなるのは御免だったので、昼休みになってもまだ話そうとする円と不妃の会話を強引に打ち切って、こうして廊下まで連れてきたのだ。

 不妃と顔を合わせるのは、なんとなく、その、……気まずい。


「不妃、ごめん。円借りるね」

「どうぞー」

 出来るだけ何気なく会話したけど、私の声は上擦っていたかもしれない。




 今日も円は私が正面にいるにも関わらず、目を合わさず、ちらちらと視線を寄越すような素振りをする。昔っからの悪い癖だ。

 さて、なんて言ったものか。

「不妃とよっちゃんって話したことあるの?」

 悩んでいたら円から質問してきた。

 ……え? 呼び捨て? いつの間に?

「いや、私は……ていうか円こそ昨日チラッと話しただけなのに、いつの間にそんな親しくなったの? やめときなって言ったじゃん。ほら、不妃ってクラスだとああでしょ? 円まであんな風になったら私、嫌だし」

「よっちゃんだから話すけど」

 そう言って円は自身の足元を見て、両足をもじもじと擦り合わせる。

「バンド。やることになって」

「は? バンド? 誰が?」

「わたしと不妃。音楽の趣味が合ったんだ」

「えっと、」

 やば。咄嗟に反応できない。

 けれど、私は円の部屋にあった大量のレコードを思い出している。円自身は『お爺ちゃんが集めてたやつ。わたしは聴かない』って言ってたけど、聴いてたんだ。でもその情報事態は妹の樹莉亜から話を聴いてて知っていた。学校でたまにすれ違うと、樹里亜の方から絡んでくるのだ。しきりにお姉ちゃんの様子を聞きたがる。私、一人っ子だからわかんないけど、そんなに姉って心配なもんなのかな? まあ、だからってわけじゃないけど、その時の流れで聞いていた。家ん中では最近、円どうなの? って。

『お姉ちゃんなら、最近いつも部屋でお爺ちゃんのレコード聴きながら歌って踊ってる』

 ふうん。それ、私に話してよかったやつ?

 妹なんて持つもんじゃないな。ってそのときは思ったね。

「バンドって何やんの?」

「不妃はギター」

 それは想像できる。絵になるだろうなあ。見てみたい。

「で、円は?」

「……………………ボーカル」

 恥ずかしそうにちらちらとこちらを伺いながら告げてきた。

 正直、樹莉亜の情報が事前にあったから然程ボーカルという情報に驚きはない。円の家はあんま裕福じゃないし、そんな円が親に楽器ねだる所は想像できないし、そういう事の出来る性格じゃないのは私が一番良く知っていた。

「ふうん」

「それだけ?」

 というより、私はこの場合どうするべきなんだろう?

 藍のこともあるし、円自身の立場もあるから、お節介を承知でこうして彼女の軽率な行動を止めようと思ったのだけれど、聞いてみたら音楽の趣味が合ったからバンドやることにしました、なんていう極めて健全な理由。

 間違っても私や藍みたいなドロドロした事情とは無縁だし。

 とも、言い切れないかなー……不妃が相手だと何が起こるかわからん。

 理由を素直に言って藍がどう出るかもわかんないし。

 でも、それらしい趣味があるように見えなかった円が、切っ掛けはどうあれ、何かを始めるのを止めるってのも、なんだか悪い。人のこと言えんけど円は部活もやってない。かと言って私みたいに友だちたくさんいるってわけでもない。

「いいんじゃないの?」

「……へ?」

 円は私からそんな言葉が出るとは予想していなかったのか驚いた顔をした。

「応援するよ。頑張ってね」

「ありがとう? え? え? 結局なんだったの――」

 今ひとつ納得がしていないみたいな円に「ばいばい」と手を振って私は教室に戻る。ぶっちゃけ言うと、これ以上関わり合いになりたくなかった。円には悪いけど、藍には素直に打ち明けてしまおう。それで納得する筈だ。




「は? バンド? 誰が?」

 教室に戻って藍を探すといつもの仲良しグループで話していた。私はちょいちょい、と手招きしてベランダに藍を呼び出し、先程のやり取りを聞かせた。したら私と全く同じ反応が返ってきた。

「円と不妃が。不妃ギター、円ボーカル」

「冗談?」

「ガチ」

「似合わねー」

 けらけら笑う。どっちが、とは言うまでもない。けど、私はちょっとムッとする。

「円ってアレでも音楽詳しいんだよ。部屋にレコードとかいっぱいあるし。結構マニア」

 レコードが家にあれば音楽マニアになるのか。言ってて自分でもわかんないけど。

「……他のパートは? 決まってんの?」

「さあ。話ぶりからするにまだ決まってないんじゃない? どうでもいいよ」

「そ」

 藍はどこか生返事だった。鉄柵に肘をついて口元を覆い何か考えている様子。

 いやだなあ、と思う。

 藍がクラスのリーダー的ポジションに収まっている理由として、その派手さと可愛さもあるけれど、その理由の一つに彼女の思い切りの良さ、破天荒さにある。まだ二年生で上級生だっているのに、こんな格好を一年の時から率先してやってきた藍だ。

 妙な所で思い切りが良い。いや……嫌な所で思い切りがいい。

 すぐに口出すし、気に入らないことがあったら、平気で一人切り込んで行ってやりたい放題。

 止めるのいつも私なんだよなあ……。

 どうせ今も碌でもないこと考えてるんだろうなあ……。

 基本馬鹿なんだよなあ……この子。

 悪いやつじゃないんだけど。

「決めた」

「なにを」

 私はさぞかし嫌な顔をしているだろう。

「あたしもバンドやる。入れてもらう」

「冗談?」

「ガチ」

 藍はくるりと体の向きを変えて、鉄柵にその背中を凭せ掛けた。そして、にやり、と笑い、その水色のマニキュアに彩られた綺麗な人差し指を私に突きつける。思わず一歩たじろぐ私。

「――勿論、寧々ちんもね」


 あーもう。めんどくさ。

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