第二章 四ツ屋寧々の場合1

 藤堂不妃は学校中の綺麗どころの女子から好かれている。


 円がどういう風に思ってんのか知らないけど、彼女は別に無視されてるとか、虐められて居場所がないとかそんなんじゃなくって、距離を置かれているとか一目置かれているとかそんな表現がしっくりくる。

 理由としては簡単。


 不妃はレズビアンだった。


 一年生の時――クラスの綺麗どころ、可愛い女子たちで、彼女にちょっかいを出されていない者はいなかったように思う。

 二年生の現在――隣のクラスは勿論、下級生、上級生にまで彼女の手は及んでいた。

 私も関係を持っていた一人だから知っている。……私が綺麗どころとは言わない。

 彼女は一見、孤高を気取っていて、どことなく周りと距離を置いているように見えるが、その実、社交性は抜群で、他人への距離感とか踏み込みとかその辺りが妙に上手い。

 私は……不妃のアレはそういう技術を予め知っていると睨んでいる。

 わかんないけど。

 心理学とか人間心理とかそういうのあるじゃん?

 例えば、トイレ掃除当番でふと二人になってしまった時、清掃委員会学級祭実行委員会などそういう役割に命じられ、ふと二人になってしまった時――ようするに、たまたま彼女と二人きりになってしまう瞬間ってのは、学校っていう空間にいれば必ず訪れるわけで。

 普段教室で全く話さない癖して、そういう瞬間になると決まって向こうから話してくる。

 ○○さんって呼んでいい?

 昨日のテレビ見た?

 次の授業なんだっけ? 怠いよね。

 そんなしょうもないその場しのぎの話題じゃない。

 不妃は自分の秘密や、生き方考え方、そんな人には話しにくい踏み込んだ話をいきなりしてくる。個人個人との距離を一気に縮めてくる。

 私も、不妃みたいな超美人で孤高を気取ってる(と思っていた)人間にそういう話を振られ、初めこそなんだこいつ、と警戒したものの、気がついたら不妃と二人っきりになる瞬間を楽しみにしていた人間の一人だった。

 だって、そうでしょ?

 誰にも話せない秘密の共有って、気持ちいいもん。

 不妃は格好良いことを言いつつ、ちょっと弱みを見せるのだ。

 それがまた心を擽られ、普段孤高を気取ってる超美人が、私だけに秘密を話してくれてるようでだんだんと彼女に惹かれていく。

 だって、あんな近くで、あの美人に見つめられて、私だけは特別感出されたら、そりゃもうね。誰でも堕ちると思うよ?

 絶対狙ってやってるもん、あいつ。

 そんな取っ替え引っ替えしていた不妃が何故『とりあえず距離を置いておく』ってポジションに収まり続け、虐めにまで発展しないのかと言えば、

 単純に彼女が怖かったから。

 この学校という閉鎖空間で、自身がレズビアンなんていうことを知られてると、手なんて出せないじゃん。共学だしね、うち。男子の評判も気になるってもんよ。

 おまけに不妃が手を出したのはクラスの綺麗どころばっかりで。

 要は影響力のある女子――クラスのリーダー的ポジション、女子グループのリーダー的ポジションばかりだから、虐めには発展せずただ遠巻きに眺めているだけ、その実その子たちはびくびくしている(秘密もいっぱい話しちゃったしね)、でもなんだかんだ言って好きな女子はまだ彼女ことが好き、ひょっとしてまだ彼女と裏で付き合ってる女子もいるんじゃないの? なんていう、ワケのわからない状況に陥っている。

 牽制し合ってる。


「藍ちゃんが仲悪いっぽいからとりあえず話さないでおく? でもなんで? 私一回だけ話したことあるけど、そんな悪い子じゃないよ?」

「里恵ちゃんみたいな愛想良い子がなんで不妃さんとは話さないんだろう」

「話しかけられたら、女子連中もみんな答えるんだよな。嫌ってる風にも見えないし。まあ、滅多にないんだけど」

「えー。でも俺、この前理科準備室の前で藤堂さんと里恵さんが話してるの見たぜ。仲良さそうだったけどなあ」


 彼女の事情を知らない人から見たら、本当こんな感じ。


 ……未だに彼女のことは目で追ってしまう。

 一回だけ、ちゅーしたことあるけど、なんかびびってそれ以降止やめてしまった。不妃も私が一度拒んでからは無理に絡んでこなくなった。

 後ろ髪引かれるって言うのかな――私は不妃をまた思い出し意識してしまう。

 不妃も嫌われないギリギリで引く辺り、やっぱり上手いんだ、これがまた。

「はあ……」

 思わず溜息が出る。

 そんな不妃が円と話している姿を昨日見てしまったからだ。

 不妃と仲良くしてくれちゃってー! こんちくしょー! なんて、ジェラシーじゃなくって、単純に円が心配だった。だって、あの子ぼっちじゃん? それが不妃みたいな超美人とお近づきになってみ?

 イチコロだと思うよ?

 ぶっちゃけ円なら、私だってイケると思うよ?

 やんないけどさ。円は友達だし。そんなんじゃないけど。




「はよん……って、うわあ……」

「おはよん、寧々ちん。どったの? って、ああ」

 教室の扉を開けた瞬間に飛び込んできた円の楽しそうな顔と不妃の見たことある表情。

 あーいう顔をするんだ、奴は。瞳を逸らさず、ぐいっと顔を近づけ、あまり人には見せない、とびっきり笑顔で接してくる。勘違いする奴続出の不妃の武器。一回仲良くなってからあれ他に人にやってるとこ偶然見ちゃうとマジでやめろって言いたくなる。他の人にしないでってやつ。

「珍しいね。不妃がひと目に付く教室で、なんて」

 まだ授業が始まっていない朝の喧騒の中、教卓の周りに集まる女子四人のグループ。今私に挨拶を返してくれたのは、その中のクラスのリーダー的ポジションの女子、白峰藍(しらみねあい)だ。

 私もそこそこ派手にしてるけど、藍はもっと派手。

 プラチナブロンドのショートに赤メッシュ。カラコンに付け睫毛、青白のストライプリボンは指定の物じゃなくて市販のやつだし、スカートはこっちが引くくらいに短い。

 私もこの子のグループだから、多少派手にしてるけど、学校じゃなくてママに怒られるからあんまりやりたくない。何度注意されても直そうともしない。

 教師も手を焼いている子である。

「ふー……」

 藍は機嫌が悪いと下唇に触れる癖がある。今も溜息吐きつつ触ってた。

 藍も私も秘密を共有している中なので、彼女が何に機嫌を損ねているのか、手に取るように分かる。

 不妃が円と仲良くしているのが気に食わないんだろう。

 私とはこっそりだったのに、そんな見せ付けるみたいに楽しそうにして!! って感じ? 最近は私と同じく距離置いてるらしいけど。

 ちなみに私も、藍と不妃がそんな関係とは露知らず、藍に秘密を打ち明けた時は(ちゅーしたってやつ)、めっさ機嫌悪くなった。それもあって、やめたんだけど。

 だーから、「やめなよ」って言ったのに。

 反感買うから。

 不妃は虐められなくっても、円は虐められる可能性がある。

「まあま、それとなく言っとくよ」

「円さんも真面目な子だから心配だもんね」

 藍は、不妃に手を出されるのを心配している私、ってスタンスでいくらしい。

 そして藍は教卓周りで手持ち無沙汰にしていたグループに戻っていった。彼女たちは藍にそこまで打ち明けられてはいないんだろうな。


 あーめんどくさ。

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