第一章 小牧円の場合5
「ね! 円さんさ! わたしと一緒にバンド組まない?」
「へ」
バンド?
「バンド! わたし、同世代にストーンズ聴いてる人がいるなんて思ってもみなかった! これ、運命だと思うんだよね! この前時代の遺物にドン引くでもなく、素直に格好良いって言ってくれる人がいるなんて!」
前時代の遺物て。あーまあ、今は丁度そんな扱いなのかな? ギターロックって時代でもないもんね。時代は回ると思うんだけど。そんなことより。
「わたしが? 不妃さんと?」
「だーからー。不妃で良いって。……あ、二人ならバンドじゃなくてユニットになるのかな。まあ、打ち込みとか使えばそれっぽくなるよ」
「……不妃。わたし、楽器なんて出来ないよ?」
自分には何の才能もない。努力すれば良いなんて人は言うかもしれないけれど、そもそも継続する力もない。それに、
「楽器とか持ってないし」
それが一番の問題だと言える。買うお金も無い。
楽器ってどうせ一万円以上するでしょ? わたしバイトとかしてないし、お年玉とかお母さんに全部渡して貯金してもらってるし。
「楽器がなければ歌えばいいじゃない」
「そんなパンがなければみたいなノリで言われても……ボーカルってこと? ていうかわたしって歌――」
「大して上手くないよね」
「はっきり言う!」
被せてまで言わなくてもいいのに! アレだけで判断されるってのもなんか尺!
上手くないけど! 上手くないけど!
「くふふ。良いリアクションありがと。ま、本当に歌ってみなきゃわかんないけどさ。良いんだよ、別に。音楽なんてそんな高尚な趣味でもないし。音鳴らしてみて、楽しー! って、感覚だけ味わえればいいんだよ。それが気の合う人と一緒だったら尚更楽しーって話で」
「気の合う人……そんなものかな」
「そんなもんだよ。わたしも素人だから安心して。ね?」
「ふうん」
ていうか気、合ってるのかな? 周りをさっぱり気にしない不妃といつも内心びくんびくんなわたしって正反対だと思うんだけど。クラスの立ち位置的にも。
言葉を交わしたのだって今日が最初。
不思議。
何でこの子がクラスの女子たちから無視されてやっかみを受けているんだろう? 凄い気楽に付き合える子だと思うな。わたしにとって気楽ってだけなのかな?
趣味?
でも、趣味の内容がおっさん臭いってだけでそんなことされるのも変。不妃が可愛いことに嫉妬して? 男子の人気がどうだと言うのだろう。高校生で彼氏が盗られたなんて話にまで発展するもんなのかな? そんな話聞いたことない。わたしが知らないだけ?
うーん。
わたしって、友達よっちゃんしかいないからわかんないんだよね。そのよっちゃんともそういう話はしない。噂話を耳にする機会とも無縁な存在。それがわたし。
よっちゃんみたいな派手なグループに属しているわけでもない。噂を耳にする機会なんて限られてくるどころか皆無と言っていいかも。
「で。どう?」
黙り込んだわたしにぐっと顔を近づけ、至近距離で覗き込む不妃。だから距離感!
わたしは――、
「やんない」
根暗らしく、膝を抱えてぽそっと言ってみた。少しわざとらしかったかもしれない。
「えー! さっきはあんなに目輝いてたのにーっ!」
ギターを頭上に掲げる不妃。落っことしそうでひやひや。
「だって……人前で歌うなんて恥ずかしいもん」
それに――。
ぎゅっと膝に顔を埋めた。
「わかってないなー。若いうちなんて恥かいてナンボよ? ミュージシャンじゃなくっても、これからの人生恥かいた経験多い人の方が絶対成功するよ? 一緒に恥かこうよ。赤信号二人で渡れば怖くないって言うでしょ? 言うかな?」
「言わないよ……言ってること、おっさん臭い上に詐欺師みたいだよ」
「むんむん。これは、アレだね。天の岩戸ってやつだね。北風と太陽かな? 押して駄目なら引いてみろってやつ? いよし」
そこでさらに顔をぐっと近づけてくる。もうキスでもされそうな距離。だんだん慣れてきたかも。自分がみんなから嫌われてるんじゃって自覚はないんだろうな。じゃなきゃこんなこと普通できないよ。
「わたしの家行こっか」
「いや、言ってること全部丸聞こえだから。わたし、そんな簡単に考え変えないよ?」
「なんにしても、あの自転車じゃ帰るの無理でしょ? 円さんの家ってどこだっけ?」
「海浜道(かいひんどう)公園の方」
「自転車押して帰るのには辛い距離じゃん。わたしの家こっから近いし、おとん家にいるから、車に自転車乗せて送ってってあげるよ。そもそも、なにしてたの?」
「う」
言いたくない。妹の友達が来たから気まずくって逃げてきたなんて。
「言い辛いこと? 大丈夫大丈夫。おねーさんが何でも聞いてあげるから」
最早ただの失礼な人だよ。
不妃の家は物凄い大豪邸を想像してたけれど、どこにでもある普通の一軒家だった。もちろんわたしの家よりは大きい。強いて言えば庭が大きくて、そこに大きなガレージ(?)があった。
「ほら、あそこでバンド練習するの。おとんのバイクが昔置いてあったんだけど、今は使ってないからさ。電源も引いてあるし。アンプとかドラムとかキーボードとか何でもあるよ? おとんが昔使ってたんだ。いいでしょ? ガレージで練習なんて。海外っぽくて」
「海外は知らないけど」
聞いてもいないのに喋ってくるなあ。
夏場は蒸し風呂みたいになりそうなガレージだった。九月。夏も過ぎたとはいえ、まだまだ暑いのに。他にやる場所ないのかな。って、やるって決まったわけじゃないけど。
「お邪魔します」
見た目以上に中は広かった。全体的に開放的な作りをしていて、日当たりも良いから明るい。わたしの家とはまるで真逆だ。性格って環境のせいも絶対あるよね。
わたしは不妃の部屋に通されるかと想像していたのだが、不妃はそのままわたしをリビングへと通した。そこにソファで寛いだ様子の不妃のおとん(?)がいた。
「おかえり。今日は知らん顔だな。俺、どっか行ってよか?」
「いいよー、そこにいて。おとーん、後で車出して。この子自転車壊れちゃって」
「はいよ。怪我ない?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
関西訛りはほとんど感じない。見た目はかなり若く、何より髪色が明るい。同級生のお父さんにはまずいないタイプ。色あせたメタリカのTシャツを着ていた。よくあるデザインだけど、この人は本当にバンドが好きで着ていそうだ。不妃のロック好きはこのお父さんの影響なんだろう。
それからリビングにあったおっきいテレビでストーンズのライブ映像とか見せられてわたしは柄にもなく興奮してしまう。我が家にはちっちゃいノートパソコンしかない上、わたしのスマホは軽く五世代は前のスマホで、ユーチューブなど見ようものなら、止まりっぱなしでまともに見ることができない。
横で寛ぐ不妃のお父さんが時折相槌を打つように曲やメンバーについて解説を入れてくれる――知ってる話もあったけれど、同じ趣味の気の合う人と話しているだけでわたしは結構楽しい。不妃もわたしも歌ったりなんかして、気づけば一九時を周っていた。
車を出す為、不妃のお父さんは一端自分の部屋に鍵を取りに行く。タイミングを見ていたのか、ひとしきり楽しみ満足した様子の不妃がぼそっと言った。
「それじゃ、明日の放課後そのままわたしの家直行で」
「……オーケーした覚えがないんだけど」
「いいじゃんいいじゃん。結構楽しかったでしょ? さっきみたいな感じで気持ちよさそーに歌ってくれてれば良いから!」
「べつにやってもいいけど。でも……」
「え!? いいの!? じゃあ、何が不満?」
「不満なんて」
正直言えば、わたしだってロックンローラーになりたいとか分相応な憧れを抱いているくらいだ。やれるんならやってみたい。けれど。
「あーそれともアレ? わたしの学校の扱いと関係ある? 一緒にいるとこ見られたら、円さんだって無視されちゃうかもしれないしね」
「ぐっ」
言い辛いことをはっきりと言われた。何も言えずに喉が詰まった。
そう。わたしはそれが怖い。
ロックンローラーが聞いて呆れる。わたしはなんだかんだと言いながら今の立ち位置が崩れることに恐怖を感じている。
踏み出すこと。日常が変わることはとても怖い。
変わりたい変わりたい今の退屈な日常から抜け出したい。そんな人はわたしだけじゃなくて、世界中のどこにでもいるだろう。自分が特別ってわけじゃない。結局わたしだって皆と一緒なのだ。
自分はどこか特別な才能があって、人と違った物が好きな変わり者って信じてて。
そんなちっぽけなプライドを抱えたまま、わたしは今日も明日も何の変化も無く、日々を生きて、モラトリアムを抱えたままの子供大人になっていくんだろう。
ロックンローラーになる為に生まれてきたって言っても、具体的に何か行動に移すわけでもない。
ただ心の中で、格好いい格好で、格好いい台詞を言ってるだけでずっと満足している。
そんな自分に満足してる。それが今の自分。
「いいよ? べつに。学校では話さなくても。学校じゃ赤の他人。でも学校が終わればバンドメンバー。そんなんでも、あっしとしては大助かりなんですよ」
どうしてそんなことを明るく話せるんだろう?
この子とわたしで何が違うんだろう?
生きてきた家? 辿ってきた道? でもたった十五年そこらでそこまで明確な違いなんて出るものなのか。
友だちはいない者同士。重なり合う部分はどこかしら必ず有るんじゃないか。
「嫌だ」
わたしの、そのはっきりとした答えを聞いて、彼女は諦めたように顔を伏せる。
それを見て。その姿を見て。やっぱり、わたしは……。
「んー、ま。でもさ? 今日は楽しかったよ、円さん。またよかったら家に」
「他人じゃないよ。バンドメンバーなら友達で仲間で家族みたいなものだよ。よく言うでしょ? 無視なんてするわけない……それと、わたしのことは円でいいから、不妃」
わたしのその言葉に不妃は驚いたように顔を上げ、ぽかんと口を開ける。
そして、今日一番の笑顔を見せた。
わたしはほんの少しだけロックンローラーに近づけた気がした。
「結局どこに行くつもりだったの?」
藤堂おとんが運転する車中。不妃は助手席から、後ろに座るわたしに尋ねてきた。
「……妹の友だちが来てて。わたしの家、壁が薄いから声がずっと聞こえるの。気まずくってさ。妹、よく友だち家に連れて来るんだけど、そういうのわたし気になっちゃう質だから。いっつも目的もなく自転車で」
「ふらふらしてんの?」
「うん」
「どんぐらい?」
「妹、友だち多いから。わたしと違って。週三くらいで。いつも三時間くらい」
「辛!」
もう色々隠すのは止めにしよう。せめて不妃には。
そう思って包み隠さずに言うことにする。
「妹さんってどんな人?」
「わたしと違って出来る子。背はちっちゃいんだけど、それ以外はもう敵わないよ」
十九時も過ぎると結構暗い。見慣れた近所の住宅街が近づいてくる。流石に遅くなり過ぎたな。連絡もしていないし、お母さんに怒られるかもしれない。
「――イイね! 円イイよ!」
「は? なにが?」
視線を窓から移すと、シートベルトが無かったらそのまま後ろへ飛び込んできたんじゃないかってくらいに身を乗り出す不妃がいた。
「その妹さんへのコンプレックス! それでいて不幸体質で友だちがいない! 将来何か成し遂げそうなロッカーっぽいよね。正に今、私、何にも持ってない! って感じ? 分かるかな、この感覚。芸人とかでもいるでしょ? そういう話聞いたことない?」
「不幸体質って、自転車で転けただけじゃん……友だちいないに関しては不妃に言われる筋合いないんだけど」
基本失礼な子だな。もしかしたらこの辺が無視されている要因の一つだったりして。
やがて家に到着する。前輪がひん曲がった自転車を車から下ろし、玄関の前で別れを告げた。
「また明日」
「学校で」
ばいばい、と手を振り走って行く車を見送った。
「……何かを成し遂げそうか。ふふっ」
不妃が何気なく放ったその言葉はわたしの中のちっぽけな自尊心を満たしていった。
「お姉ちゃん、遅い!!」
お母さんじゃなくて、妹に怒られた。
樹莉亜(じゅりあ)は家の中からわたしの帰宅を察知したのか、引き戸を開くと既に玄関に仁王立ちで腕組をしてわたしを待っていた。
小さな体に小さな顔、くりくりした大きな瞳、最近切り過ぎのか元の髪型を再現しようと、無理くりおさげにしている。頬がどこか赤くて、子供っぽいけど、わたしに対する発言以外は基本的に大人っぽい喋り方をする。
「どこ行ってたの! 寧々に聞いたら知らないって言ってた!」
何故この子はわたしの動向をわたしの友だちにいちいち訊いてるんだろう。そういうのはお母さんの役目じゃないのか。
「……友だちの家」
「嘘! お姉ちゃん寧々以外友だちいないでしょ!」
「酷いー。転んで自転車壊れて動けなくなってたから、学校の友だちに家まで送ってもらってたの。本当の話」
「自転車壊れちゃったの!? 怪我は!?」
「ないよー。それより、お腹空いたー。あーでも、汗かいたしお風呂先にしよう。ね? お風呂もう沸いてる?」
「もう! お母さん片付けるの大変になるでしょ! 先にご飯食べてからにして!」
「わかったよう」
「自転車は私がお母さんに話して明日自転車屋さん持ってくから! 駄目だよ! いつも一人でふらふらどっか行っちゃ! わかった!?」
……あなたのせいなんですけど。
何故この子はこんなにもわたしに多干渉なんだろう。日を追うごとに酷くなってる気がするけど、あんまり思い当たる節がない。最近は意識して、なるべく距離を取ってるんだけどな。
樹莉亜はどすんどすん音を立てて階段を上がって行った。
一体何に怒ってるんだろう、あの子。
ボリュームを絞ってストーンズのレコードを掛けてそのまま布団に入って明日の夢想をする。
ああ、言った手前、学校ではお喋りしなければならない。わたしへの扱いも変わるんだろう。
急に不安になった。
後悔に苛まれわたしは眠りにつく。
言わなければよかった。
「――お姉ちゃんなにやってんの?」
「……あ、ごめん。起こしちゃった?」
「何で私の布団に入ってくるの」
明日のことで不安になり、結局眠れなくなったわたしは、樹莉亜が寝入っているのを確認して、樹莉亜の布団に潜り込んだ。樹莉亜がすーすー寝息を立てて眠っている姿に、小学校時代、まだ姉妹中が今程ぎくしゃくしてなかった頃を思い出した。
まあ、わたしが一方的にコンプレックス抱いておかしくなっただけなんだけど。
「懐かしくなって。嫌だった?」
適当に誤魔化す。
「手」
「あ、ごめん」
気づいたら握っていた。癖。
「もう謝んないで。ほら、寝るよ」
樹莉亜はそのまま手を離さずに眠る。いいのかな。いいのかな。
なんだかんだ言って妹に依存しているわたしがいる。自分より出来る者が身内にいることはコンプレックスにもなり得るが、それと同時に大きな安心感をもたらす。
この子がいるから、わたしは大丈夫だっていう。
そうした妙な罪悪感と、未だわたしの中にある妹への庇護欲からどうしても樹莉亜への接し方はぎこちなくなる。
くっついたり、離れたり。
そうして長かった今日一日は終わり、明日がやってくる。
わたしは、何故藤堂不妃が学校で斯様な扱いを受けているのか、未だ原因を知らずにいる。
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