第41話 バズ(玉無し)

 「グギャギャアアアァァァァ!!」


 「...五月蝿い!!」


  ゴブリン兄弟かと思っていたら、どこに需要があるのかまさかのBLゴブリンであり、その片割れの攻めの方の玉無しゴブリン。

 遭遇したときは強者の威圧感がひしひしと伝わってきたけど、今は大きな声を出してもそこまで驚異に感じない。

 レベルが上がって驚異ではなくたったからなのか、若しくは玉を潰されて覇気を失ったからか。

 しかし私のレベルが上がったからと言って身体能力は依然として向こうの方が上だろうし、先程の繰り出されたパンチの威力から見ても一撃でも食らえば死ねる自信はある。

 なので十分強者であることには違いないだろう。

 先程のオカマゴブリンの猛攻を受けてあちこち痛いしフラフラするし体は満身創痍であるが、玉無しゴブリンの恋人こと竿なしゴブリンを葬ったのだからそんな理由で黙って帰してはくれないだろう。


 怒り狂いながら此方に向けて物凄い勢いで走ってくる。

 一瞬覚えたての魔法を使ってみようかと考えたが、私の遥か後方でスヤスヤと眠る二人のように気を失っては、起きたら三途の川でオカマのゴブリンとすぐ再会してしまうのはさすがに嫌だ。

 只、今までの動きを見る限りでは身体能力は凄まじいものがあるが、技術面で言えばずぶの素人だ。先程のうち下ろしのパンチもパワーとスピードは凄かったが、大振りな上に直線的で読みやすくフラフラの私でも対処できるはず。

 要は大型のゴリラとさほど変わらない...大型のゴリラ...十分強そうじゃないの!


 「ギャン!!」


 予想した通りの豪快なうち下ろし。あえて懐に入るように避け、地面に打ち付けられた玉無しゴブリンの腕を持って、相手の力を利用して投げる。


 「グギャッ!!」


 投げられたゴブリンは相当強く地面に叩き付けられた様で、呻きながらゆっくりと起き上がろうとしている。


 「ほら、こっちよ!玉無し!残った竿もちょんぎってあげるわ!」


 あずきちゃんたちが眠っている通路に駆けると同時に、此方に誘き寄せるために伝わるかは分からないが一応挑発する。


 「バウバウ!」


 大量に積まれたゴブリンのバリケードの上からあずきちゃんたちの卷属であるケルベロスことケル公がひょっこり顔を出した。


 「ケル公!来るわよ!準備はいい?ってあずきちゃんたち起きたのね」


 「芽依ちゃんおはよぉ~...むにゃむにゃ...」


 「黒川さんなんなのこれ?起きたら私だけビショビショで臭いし口の中しょっぱいし、しかも死骸に囲まれてるんだけど...これ...もしかしてゴブリン?って黒川さんあなた血だらけじゃない!!」


 「......詳しい話は後よ、今そいつらのボスみたいな奴と闘ってるんだけど、もうこっちに来るわ、そこで隠れてて!ケル公準備は準備はいい?」


 「バウ!」


 「グギャギャアアアァァァァ!!」


 「ひっ!!」


 「な何!?」


 「バヒュゥゥ~」


 「来るわよ!」


 怒り狂って鬼のような形相のゴブリンが凄い足音を立てて走ってやってくる。


「今よ!撃って!」


「バゥ!」


「ラジャー!ヘルフレイム!!」


「えっえっ!?SMEB セイグリットマジカルエナジーボム!!」


 チワワサイズのケル公の口からバスケットボール大の黒い火球が射出され、走ってきたゴブリンの足元に置いてある3本の冷却スプレーを見事に射止め、冷却スプレーが破裂し、散布された可燃性ガスによってバスケットボール大の黒い火球は通路一杯に広がり、2mを超えるゴブリンを飲み込んだ。


 「グガアアアァァァァァァ!!」


 ケル公は見事に打ち合わせ通りにやってくれたのだが、ケル公の攻撃に触発されたのか、私の合図が焦らせたのかあずきちゃんとサダチカが、釣られてゴブリンに魔法を放ってしまった。


 「...このコケシ...最高...スピ~~zzz」


 「...健太郎さん...あぁそこはダメです~...zzz」


 「バウゥゥ~...zzz」


 横目であずきちゃん達を伺うと、案の定また二人はおろかケル公までもMP切れで意識を失って寝ている。しかも絶対変な夢を見てるよね、このムッツリ共め。


 「グギャギャアアアァァァァ!!」


 ゴブリンが全身黒い炎に巻かれながら暴れまわっている。あと数分もしない内に息絶えそうではあるが、このまま激しく暴れまわり寝ているあずきちゃん達にその余波が及んだら大変な事態になりかねない。

 そしてその悪い予想は当たったようで、あずきちゃん達を視界に捉えたゴブリンが死なば諸ともと言わんばかりに、全身に炎を纏いつつあずきちゃん達が寝ている方へ突進してきた。

 

 「こっちよ玉無し!!」


 ダメだ、此方の挑発が全く聞かない。


 「こっちだって言ってんでしょうがぁぁ!マッハパンチィィ!!」


 火だるまのゴブリンの横っ面にパンチを繰り出すも、半狂乱で決死の突撃を決めたゴブリンは止まってくれない。


 まただ、またあの時みたいに私の攻撃では敵は止まってくれない。


 数ヶ月前にあずきちゃん達が襲われて、そこでも五里という巨漢の男の突進を止めることが出来なかった事がフラッシュバックされる。

 あの時は健兄ちゃんが来てくれたから何とか助かったが、今回は誰も助けてはくれない。私が此処で止めなければ彼女達は死んでしまうかもしれない。

 何が足りない?実力は勿論だとしても、パンチの重さ?思いの強さ?覚悟?


 それが何だとしてもやることに変わりはない、ここでこいつを死んでも止める。


 「グラビディ!」


 急いであずきちゃんの前に立ちはだかり、頭の中でイメージして浮かんできた魔法を自分に向けて唱えるも、その瞬間に意識が遠退いていく感覚に襲われる。これはヤバイと感じつつも、ここで止められなければ末路は同じなのだと覚悟を決める。


 「グラビディ!ふぐぁっ!!」


 「グラビディ!グラビディ!!ふぐぐぁぁぁ!!」


 魔法を唱える度に背中にしまっていたナイフサイズの聖剣で自分の太ももを突き刺して、MP切れで気が遠くなっていくのを強制的に覚醒させる。

 

 「グギャァァ!!」


 「マッハパンチ!!」


 邪魔だと言わんばかりに火だるまのゴブリンがショルダータックルを放ってくる。私は向かってくる大きな肩に向けて渾身のマッハパンチを繰り出した。


 「グアァァァ!!」


 よし!止まった!


 止まったどころかゴブリンの肩が爆砕した。どうやら私に足りてないのは体重だったようだ。

 悲痛の叫びを上げるゴブリンに重くて痛い足を一歩踏み出し近づいて、ゴブリンの腹にボディーを叩き込んで壁まで吹き飛ばす。このまま静観すれば炎にまみれたゴブリンは息耐えるかもしれないが、私はもう油断せず侮らず躊躇せず最後の一抹の命さえも殺しきると決めたのだ。さらに一歩二歩と重い足を進め、壁にもたれ掛かって身体中に黒い炎によって身を焦がしているゴブリンに正対する。


 「ガギャァァァァァァァァ!!!」


 それは最後の気力を振り絞るための気合いの咆哮か、それともいつまでも消えぬ炎に焼かれての断末魔の叫びか、何れにせよ今までで一番大きな声と共に炎を纏った拳を繰り出してきた。

 私はそれを半身になって避け、繰り出されたゴブリンの腕を脇で固めてゴブリンが後ろに吹き飛ばされないように捕まえる。黒い炎がメチャクチャ熱いけどそこは我慢する。


 「マッハァァパンチィィ!!」


 無駄無駄無駄ぁぁ!!と叫びたくなるようなマッハパンチの連打をゴブリンのゼロ距離にある頭部に浴びせるも、数百kgの体重を乗せて繰り出されるマッハパンチは、数発でゴブリンの頭部の原型を留めることなく爆砕した。


 《ピコーン!ネームドモンスター『バズ』の討伐を確認しました。スキル『鑑定』を賦与します。》


 炎にまみれてもしぶとく暴れまわっていたゴブリンも、流石に頭部が吹き飛べば死ぬようで、頭の中で鳴ったアラームと天の声でそれを確認した。


 「.........フンッ」


 「.........フンフンフンフンッ!」


 スキル獲得のアラームが鳴り終わり、次にレベルアップのアラームが頭の中で鳴り続けているが、私はそれどころではなかった。

 MP切れで意識を保つのが限界であるのはもちろんなのだが、それよりもゴブリンの腕を掴んだ左腕と、攻撃した右拳に少しだけ黒い炎が燃え移っているのだが、これが腕を振ったりしていても中々消えてくれないのだ。


 「ちょっこれどうやったら消えるのよぉぉ!」


 ダメだ!意識が遠のく......




 「ワンワンワン!!」


 「う、う~ん、ここは?」


 「ん?あれ?また知らない天井...ってゴブリンは!?」


 ネームドモンスターの『バズ』との激闘後、暫くして二人と一匹が目を覚ました。

 目の前に写るは先程の大型のゴブリンらしき頭部のない焼死体と血の水溜まりの中にうつ伏せで横たわる両腕が無い黒川芽以。


 「!?芽以ちゃん!?千佳ちゃん!芽以ちゃんが!芽以ちゃんが!ああああぁぁぁ!!」


 「そ、そんな.........黒川さん.........死んでる......」


 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

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