第32話 五里さんゴリラにジョブチェンジ

 ~須田千佳子side~


 秘技・白鳥の湖をまともに食らった私は中条先輩に捕まってしまい、首元にナイフを突き付けられている。


 「千佳ちゃんを離せ!この悪党!!」


 「うるせぇチビ!!どけ!!」


 「きゃぁ~」


 「あずき!!」


 「手間取らせやがってこの野郎、おいそこの暴力女!このギガパイ女を刺されたくなければ武器を捨てろ!!」

 

 ギ、ギガパイ......かつての交際相手に携帯の割引プランみたいな名前で呼ばれて少しショックではあるが、あずきが捕まった私を助けようとして中条先輩に蹴られて吹き飛ばされてしまった。


 「......」


 「早く武器を捨てろ!ほんとに刺すぞ!!」


 「......」


 「早くしろ!!」


 「分かったわよ!捨てるわよ!」


 そう言って黒川さんは両手に持っていた鉄パイプと警棒を捨ててしまった。黒川さんは私が苦労して一人倒してい間に、黒川さんを囲んでいた男共を全員倒してしまっている。凄い!凄すぎる!でもだからこそ私が捕まれてしまっては元も子もない、せっかくもうすぐ皆で帰れるところだったのに。ごめんなさい黒川さん..


 「おい、お前アイツ縛ってこい!」


 「あぁ?嫌だよ!おっかなすぎるし、あんな人間凶器みたいな奴に近づきたくねぇよ!俺がそのギガパイを押さえとくからお前が縛ってこいよ!」


 「今そんなこと言ってる場合かボケ!早く行け!」


 「嫌だって言ってんだろうが!お前が」


 「何してるの?私を縛るんじゃないの?二人とも来ないなら私が行ってあげるわ。」


 「待て!動くな!」


 「何でよ、あなた達が来ないから私が行ってあげるって言ってるんでしょ」


 「だから動くな!!こいつを刺すぞ」


 「ついでにもう一つ言ってあげると、私達を嵌めようとしたその女がどうなろうと私が気にすると思うの?」


 そう言いながら黒川さんはゆっくりこちらに近付いてくる。制服のあちこちが破けていて、長い髪を揺らしながら、全身に返り血を浴びて少し怒気を含んだその姿は.....鬼だ。


 その鬼が目の前まで来た。


 「ほら来てあげたわよって須田さんあなたホントに大きいわね!しかも乳首が立ってるじゃない!!」


 「「「なっ!?」」」


 鬼は鬼でも鬼畜の方だった。


 でも黒川さんのその一言で男達の視線は一瞬私の胸に注がれた。そしてその一瞬の隙を黒川さんが見逃すはずもなく、中条先輩の下を向いた片方の眼球に容赦なく人差し指と中指で貫いた。痛がる間も与えずにもう片方の手でナイフを持っていた手を押さえて、そのまま捻って簡単に倒して、首が折れるんじゃないかと思うような鋭いローキックを倒れた中条先輩の顔面に容赦なく打ち込んだ。


 解放された私は直ぐに倒れているあずきの元に走り無事を確認する。

 良かった、気は失っているようだが怪我は無さそうだ。

 私は気を失っているあずきを抱き抱えて、カリメロみたいなショートボブを掻き分けて頬を撫でる。なぜこんな大好きな人を苛めたり貶めるようなことを繰り返してきたんだろうか?それでもこの子はまだ私の名前を呼んでくれる、私が捕まったときも必死で助けようと自分より体格の勝る相手に向かっていってくれた。自分が情けなくて情けなくて涙が止まらない。


 「うっうっあっあずきごめんね、私のせいでごめんね.........ぁ......あぁぁ......ちょっちょっあずきさん?それ吸っちゃダメだか......ぁあぁん...」


 急にあずきが私の胸に吸い付いてきて、思わず変な声が出た。


 「スダチカあなた一体何をしているの?」


 黒川さんがゴミを見るかの様な目で私を見下ろしてきた。


 「え?いや、これは!」


 言い訳しようとしたその時、五里が治療しにいくと入った奥の部屋の扉が吹き飛んだ。


 「お前らぁぁ随分とぉぉぉ舐めた真似じてぇぇころじてやるぅぅ!!」


 折れた腕を鉄パイプ3本とガムテープで補強された五里が出てきた。目の焦点が合っておらず口から涎が垂れている。何だか相当ヤバい状態になっている。


 「五里さんアイツらヤバいっすよ!特に髪の長いのに殆どやらてしまっグペッ!?」


 中条先輩の隣にいた最後のヒャッハーが五里に向かっていくも、その五里の折れて鉄パイプで補強された腕が脳天に降り下ろされた。薬物を大量摂取し過ぎて敵も味方も痛みさえも分からない状態になっているみたいで、まるで狂戦士バーサーカーだ。


 「そう言えばこんなのも居たわね......どうやら人間を止めてゴリラにでもジョブチェンジしたのかしら、五里だけに。」


 え?シャレ?こんなときに?しかも何かこっちを横目で見てる。何?私に何か言って欲しかったの?何を求めてるのか全然分からない!あずきも謎だけど、黒川さんも冷酷非常な強さといい岩城○一の暗号といい相当謎だわ!

 取り敢えず.........両手で大きくマルと返事しといたど......

 あっ頷いた!あれで良かったんだ......分からない......


 「スダチカ!アイツは何をしでかすか分からないからあずきを連れて離れて!!」


 「分かったわ!黒川さん気を付けてね!」


 黒川さんは落ちている鉄パイプを拾い、五里と向かい合う。

 あずきは私の胸から全然離れないので、そのまま抱え込んでへやの隅に移動するも後方で凄まじい戦闘の音がする、黒川さん...

 急いで部屋の隅に行き振り替えると、黒川さんが五里の降り下ろした拳を間一髪で避けて、五里の側頭部に鉄パイプで殴り付けている。


 「やった!って効いてない!?」


 「ゴォォラァァァ!!」


 「ぐっ!?」


 「黒川さん!!」


 黒川さんが五里の攻撃を受けて大きく吹き飛ばされる。五里がこちらを見た。走ってこちらに向かってくる。逃げなきゃ!あずきを抱えては追い付かれてしまう!あずきを置いて?そんなの出来るわけない!あずきは...あずきは...


 あずきを一旦置いて前方に落ちてる角材を拾い、横に駆け出す。


 あずきは私が守る!!


 「こっ来い!このクソゴリラ!!」


 「グゾアバァァァァァ!!!!」


 「止まれぇぇ!!」


 黒川さんがいつの間にか起きて五里の後頭部に見事な蹴りが入るが、それでもハイになりすぎてリミッターが外れてる五里の意識を刈り取ることはできず、再び吹き飛ばされる。


 「止まれって言ってるだろがぁぁ!!」


 吹き飛ばされても血だらけになっても再び起き上がり五里の顔面に蹴りを入れるも止まらない。


 「ス、スダチカ逃げて!!」


 どんどん五里が近付いてくる。怖い、足が震える、今すぐ逃げたい。でも逃げたらあずきが狙われるかもしれない。自分が立ち向かったところで無駄だろうけど、もう死んでもあずきを見捨てない!


 黒川さんが私の目の前で何度も五里にパンチとキックの応酬を加えるも、五里も吠えて倒れるのを堪え、黒川さんを吹き飛ばす。

 そしてついに五里が私の目の前まで来た。

 近くで見ると本当に大きい、あちこち血だらけではあるがその凶悪な笑みと焦点のあってない視線が恐ろしくて足が震える。


 「ゴラアァァァァァ!!」


 「うおぉぉぉぉ!!」


 私も恐怖を吹き飛ばすために吠えるも、圧倒的巨漢の圧倒的暴力を目の前に震えて思考が止まる。

 五里の鉄パイプを纏った拳が私に降り下ろされる。なぜかゆっくりに見える五里の降り下ろされる拳、その間に色々な思い出が頭を駆け巡る。そうかこれは走馬灯と言うやつか、私は死ぬのか、ちゃんと謝りたかったな......あずき......ごめんなさい。

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