第28話 如月 あずきという小動物

 『自分探しの旅に出ます。』そんな内容の置き手紙が有ったそうだ。健兄ちゃんの調べた話では、旅に出る直前に彼女を友達に寝取られたらしい。何とも気の毒だがそれは自分探しと言うよりも傷心旅行じゃないのだろうか。ともあれポルトガルに着いて、そこから横断して帰るからと連絡もあったらしいのだが、何とも壮大な自分探しの旅である。

 途中でモロッコを通るからその辺で新しい自分を見つけるのではないだろうか。

 どんな姿で帰ってきても、私は拒絶しない、目も逸らさない、いきなり声を掛けられても叫ばない。出来るかな~でも心構えは大事だよね。おじいちゃん達にも徹底しておこう、おばあちゃん以外はみんな無神経な所あるからな~。聡兄ちゃんが帰ってきて名前がエリザベスとか名乗ってたら、家族にビックリされてまた傷付いて自分探しの旅に出て、今度は中国の山奥で仙人になるとか言いかねないかね。


 「しかしまぁみんな元気そうで良かったよ。」


 聡兄ちゃんは蒸発しちゃったけど、聡兄ちゃんはこの中でも一番しぶとそうだし多少の危険もヒョイヒョイっと乗り越えるだろう。只、今回の蒸発の切っ掛けになったように女には騙されそうやな。

 元々私が入る予定だった部屋は少し手狭なので、聡介の部屋と取り替えなさいとおじいちゃん含め皆が言ってくれたので、お言葉に甘えて部屋を交換してもらった。聡兄ちゃんは荷物も殆ど無いのだが、猿のぬいぐるみが付いたストラップや筋トレグッズ、伸縮式の警棒や小型のGPS何かも出てきた。

 探偵でもしてたのかなと思いながらも作業を進めていくとあっという間に部屋の移動作業はほぼ終わったのだが、机の中からエロ本と一冊の古いノートが出てきた。

 私は琵琶湖より懐が深い女だ、聡兄ちゃんも男の子なのねと、こういう本があっても私は見て見ぬ振りすることが出きる寛容な女なのだ。でも、私の叔父にあたる聡兄ちゃんという人間がどういう性癖かは知っておくことは必要だと思う。


 「聡兄ちゃんって結構マニアックなのね。これじゃ一概に振った彼女が悪いとも言い切れないわね。」


 聡兄ちゃんはもう分別のあるいい大人だ。この本に載ってることを海外で行い捕まったりしないと信じたい。


 もう一冊の古いノートも軽い気持ちでパラパラと見たのだが、別の意味で危なかった。

 1ページ目にタイトルに『僕が生かされた意味』と書かれた詩のような文が書かれていた。恐らく中学生位の時期に書かれたのではと、筆跡や文字の風化具合等から読み取れる。


 「ふふっ聡兄ちゃんもこんなこと考えたりする時期があったんだ。私もあったかもな~」


 2ページ目をめくるとまた同じタイトルで『僕が生かされた意味』となっていて、内容は1ページ目とは違う内容だった。3ページ目も同じタイトルに違う内容、4ページ目も5ページ目も.........このノート一冊丸々同じタイトルに違う内容だった。


 「どんだけ模索してんのよ!いい加減諦めなさいよ!!」


 思わず突っ込んでしまったが、こんな事ばかり考えてたらそりゃ自分探しの旅に出ても不思議ではないなと納得して、エロ本と一緒に人目に付かないところに封印しておいた。

 ホント馬鹿な聡兄ちゃん、生かされた意味を知りたきゃ私に聞けばいいのに、聡兄ちゃんの生かされている意味はね、それは強くなるためよ。そして私の生かされている意味は、強くなった聡兄ちゃんを踏み台にして更に私が強くなって最強に近付くためよ。ホントにそんな事も知らずに今頃ポルトガルまで行って日本に向かって歩いているなんて......ちょっと笑えるわね。

 でもまぁその旅も聡兄ちゃんを更に強くさせるだろうし、そう思うとまんざら無駄ではないのかな。


 こうしてこの日は片付けや掃除に費やして終わった。

 今はまだ入学前なので朝から晩まで分家の兄弟子達と裏山で修行し、整骨院が暇なときはおじいちゃんも指導をしてくれたり、学業の合間に健兄ちゃんが露出しに来たりと入学式まで充実した日々を送って過ごした。


 入学式当日、ここ北海道はまだ雪が残り、桜も蕾すら付けてないがよく晴れた気持ちのよい天気だった。式は前半の方は目を瞑って聞いていたのだが、後半は完全に意識がなく熟睡してしまった。言い訳させてもらえば北国特有の外は寒いけど中は暖かいという睡魔が襲ってきやすい環境にまだ馴れていないのだ。

 そしてその様子をビデオに納めたおばあちゃんは、編集して音楽まで付けて夕食時に流して、涎が出てる様を皆に見られてしまった。更におばあちゃんはお母さんにまでそのデータを送ってしまっていた。なんてハイテクで気の効くおばあちゃんなのだろうか。その夜、遠くの地にいるお母さんからお叱りを受けたのは言うまでもない。


 「おはよう如月さん。」


 「おっおはよう黒川さん!」


 次の日に学校へ行くと下駄箱に見知った顔を見つけたので声を掛けた。昨日式の最中にも関わらず隣で寝ている私の頭を、ずっと肩で支えてくれていた小さくて可愛い女の子こと如月 小豆きさらぎ あずきちゃん。名前まで可愛い。私と同じクラスでしかも前の席で、肩を貸してくれた縁で友達になったのだ。私の肩ぐらいまでの身長しかなく、ショートボブがカリメロみたいでよく似合っていて超可愛い。


 「あっありがとう黒川さん、面と向かって言われると照れるね。」


 ん?また心の声が漏れてたか。

 

 初めてのホームルームが始まり、恒例の自己紹介となるが、高校生1年生は初めての顔が多いからなのか、皆少し緊張しているようで無難な自己紹介が殆どだった。私は真面目と書いて『めい』と呼んでも過言ではない女なので、生い立ちから語っていたら途中で止められた。


 「黒川さんは部活は何に入るか決めた?」


 「そうだな~恐らく中学校と同じ空手部かな~」


 「えっ黒川さん!この学校空手部ないよ!」


 「何!?」

 

 これは予想外だな。この世に空手部のない高校があるとは......どうしよう......


 「あっでも格闘技研究会ってのはあるよ、部じゃないけど。」


 「研究会か......如月さんは何処に入るの?」


 「私は......」


 「あずきは帰宅部でしょ。まさかあんなミスしてまたソフトボール部に入るとか言わないわよね!」


 何やら棘のある言葉が私の後ろの方から割り込んできた。


 「千佳ちゃん......」


 後ろから声を掛けてきた女性は須田 千佳子すだ ちかこという名前だったと思うけど、どうやら如月さんと同中のようだけど、あまり仲が良くないのかな。


 「須田さんだっけ、如月さんが何の部活に入ろうと自由でしょ。」


 「あなた......昨日の入学式でイビキかいて半目で寝てた子ね。そうね自由だったわね、悪かったわねあずき。でも私だったらあれだけのミスしたなら絶対に入らないわね!」


 「千佳ちゃん......」


 いきなり会話に割り込んできて、言いたいだけ言って去っていった。須田 千佳子、何て奴だ!私はイビキは分からないけど、半目では寝てない!ちゃんと目瞑ってたもん!ビデオで確認したもん!!名誉毀損で訴えてやろうか!


 「ごめんね黒川さん、変な空気になっちゃったね......私高校では部活は止めとこうかな。」


 如月さんが下唇を噛んで涙目でプルプル震えてる。やだ何この可愛い生き物!こんな可愛い如月さんを泣かすわ、私にイビキを掻いたと濡れ衣を着せるわでとんでもない野郎だな須田千佳子め。


 「如月さん.........私イビキ掻いてないよね?」


 「えっ!?......ふふっどうだろう、時々『ふごっ!』って言ってビクついてたけどね。」


 如月さんが笑顔になってくれた、良かった。

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