第27話 北の大地に立つ

 あれは一体何だったんだろう、私の知っている柳流の武ではなかった。あれは技と呼べるのだろうか?あの二人は強いと言えるのだろうか。只、卑怯であり、汚いのは確かだと思う。だけど、それを言ってしまえばそもそも2対10なんて試合自体が卑怯や汚いとも言える。よく分からない。

 あの試合を見てから私の胸の奥にどす黒い炎のような熱い物が中々消えない。私はあの武器を持った格闘家達10人という圧倒的不利な状況を打破したあの武を習得したいのか、それとも圧倒的不利な状況を打破した武を打ち破りたいのかよく分からなかった。


 今は親戚一同集まって夕食のジンギスカン焼肉をつついている。気絶から回復した叔父ズも目の前に座って、顔を張らしながら口の中の傷に染みるのを痛そうにして食べている。元からそんなにイケてる顔じゃなかったけど、今は顔中蜂に刺されたようになっている。何だかちょっとスッとした。



 「悪かったな元からイケメンじゃなくて。後、叔父ズってなんだよ。お兄ちゃんと呼べと言ったろ。」

 


 むっ!?また心の声が口に出てたか。

 聡兄ちゃんが私に抗議の声を上げながら私が抜群の頃合いを見ながら焼いていたジンギスカンを自然にかっさらっていった。


 

 「ああ!それ私が焼いていたのにぃぃ~!」


 「ふん、芽依よ。隙だらけだな。武に生きるもの常に気を張り巡らしておけよ。」


 と聡兄ちゃんが偉そうに講釈を垂れているが隣に座る私のお母さんから自分の器に盛られたお肉を取られているのに気付いていない。この肉取り合戦に勝てばあの強さの一端を知ることができるだろうか?

 いや、それはないか。一番強者と見られる上座に座るお祖父ちゃんもお母さんからお肉を一杯掠め取られてるし、と言うかウチのお母さんどんだけ浅ましいのよ。


 「で、芽依は今日は本家と分家の交流試合を見学してたんでしょ。私らは隆志さんと札幌で夫婦水入らずでラブラブデートだったけど、芽依の方はどうだったの?何か面白いもの見れた?まっ私らは美味しいもの一杯食べ歩いてたけどね。」


 ムカつく!本来なら私もその二人と一緒に美味しいものを堪能してたはずなのに、けどまぁそれに勝る位の衝撃的なものも見れたし良しとしよう。


 「うん、色々衝撃的やった。」


 「芽依、おじいちゃんが一番衝撃的だっただろう。」


 「はぁ?親父何言ってんの!あれは向こうが高齢だから花を持たしてもらったんだろ。冥土の土産にってな。芽依、聡兄ちゃんだろ!何せ多人数組手で最後見事に決まったしな。」


 「はぁ~親父も兄貴も全然ダメだな。親父のは冥土の土産だし、兄貴も僕が相手の攻撃を殆ど防御してあげてたからだろ。芽依、健兄ちゃんが一番凄かっただろ。」


 「確かに一番衝撃やったのは健兄ちゃんかも、最後パンツまで脱いで高弟の攻撃を防いでたし...」


 そうなのだ、健兄ちゃんは高弟達の攻撃をことごとく胴着で防いだり絡めたりしていたのだが、段々防いでいくうちに胴着が減っていき、最後はパンツまで使って防いでいた。パンツ脱いでる間にどうにか出来るだろと思わなくもないが、何故か上手いこと防いでた。おかげで健兄ちゃんの暴れる子象をもろに見てしまったのだ。


 「あれは無い。一瞬反則負けにしようかと思ったぞ。」


 「あれは無いな。あそこまでするなら潔く討たれて死ね。兄として本家側に付いてお前を討ってやろうかと思ったわ。」


 「わははっははっははっはひひっっひひっっひひぃぃぃぃ死ぬぅぅぅ」


 お母さんが笑いすぎて死にそうになっていた。


 翌日、おじいちゃんに分家の強さを身に付けたいと申し出たところ、おじいちゃんと健兄ちゃんが教えてくれることになった。聡兄ちゃんは彼女とデートらしい。道場の裏の山に入りしばらく登ると、高い木々の枝に縄で吊るされた大小様々な20本の丸太があった。要はその丸太群の中に入り、20の丸太をブランコみたいに勢いを付けて揺らしそれを捌くと言うものらしい。当たり所が悪ければ骨折はおろか死んでもおかしくないような大きさの丸太もあった。

 まずは手本を見せるということでおじいちゃんがやってみることになった。私も丸太を揺らす方にまわり、一生懸命当てようと幾多の丸太を不規則に揺らしていくも、見事に捌かれている。たまに当たるのは小さな丸太ばかり、それも限りなくダメージを受けない所で受けている。結局、1度も有効打と言えるような直撃はなく捌ききった。

 次は健兄ちゃんだが、健兄ちゃんも中々当たらず見事に捌いている胴着で...健兄ちゃんは露出狂なのだろうか。

 「芽依は5本位からで良かろう。避けてもいいし、いなしてもいいし、何ならぶつかってもいい、取り敢えず5分間耐えきれ。」


 「5本なんて少なすぎるわ!10本にして頂戴!!」


 比較的小振りな丸太を選んでくれているのだろうが、小振りと言っても直径20cm位はありそうで、それらが縦横無尽に往来する。真っ直ぐ来るのもあれば、回りながら来るのもあり、流石に10本を避けきるのは至難の業だった。


 「ぐっ!?」


 左右から同時に来る丸太を後ろに飛んで避けた所に、回転しながら飛んでくる丸太に左側方からぶつかって大きく吹き飛ばされた。


 「芽依!大丈夫か!!」


 「大丈夫よおじいちゃん!!」


 心配するおじいちゃんに手を上げて答える。


 「お前それ全然大丈夫じゃないだろ!!折れてるじゃないか!!」


 落ちる重力と回転する遠心力を乗せた丸太をもろに受けた左手は、前腕の途中からぷらんぷらんしていた。


 「やだ!何やこれ!痛ったぁぁぁぁぁぁ~~!!」


 幸いにもおじいちゃんは整骨院の先生でもあるので、その場で整復し固定して帰路についた。案の定、3人とも正座させられておじいちゃんはおばあちゃんに、健兄ちゃんはお母さんに、私はお父さんにめっちゃ怒られた。

 そじてその後は、例年通り買い物したり、食べ歩いたりして終わった。


 そこから次の年もその次の年も、おじいちゃんちに里帰りすることはなかった。お父さんの会社の都合で日程が合わないと言っていたが、私はまた里帰りして怪我するんじゃないかと危惧して避けているのではと睨んでいる。

 こうして2年間おじいちゃんの家がある北海道へは訪れる事が出来なかったが、それでもあの日見た試合の異常な情景は、依然として胸に燻り続けた。

 そんなこんなで時は過ぎ、高校受験で人並みに勉強に追いやられていて本家の道場にも通えない日々が続いた最中に、お父さんのフィリピンへの転勤の話をされた。そこで私は日本から出たくないと泣き付き、おじいちゃんの家に居候して北海道の高校に通うと言い張り、渋々お父さんを了承させた。別に私は泣くほど日本に居たいわけではないが、やはり娘の涙には父親は弱いというのは本当らしい。


 高校受験も無事に終わり、両親もフィリピンに旅立ち、私も北海道の千歳の地に降り立った。おじいちゃんの家はこの千歳市のやや北の方にあるのだが、この町の特徴として一番に挙げられるのが、自衛隊の基地が沢山あるということだ。そもそも北海道だけで50近く基地があるのだが、その内の3つがこの市内にあるのだ。だから自衛隊員だけでも1万人以上いる。さらにこの町には千歳空港もあり、千歳空港職員も数千人いて、10万人ほどの町に2割位は自衛隊員か空港職員で、関係者となると6割位いくとかいかないとか。

 なので町中には坊主頭のマッチョが多かったり、隊列を組んでる人達がいたりするのだが、そんな中でも一際大きい白髪の男が駅のロータリーでキョロキョロしていた。


 「おじいちゃん!!」


 「おぁ芽依!!久ぶりだのう!!元気にしとったか?腕は大丈夫か?」


 「おじいちゃん何年前の話をしてるんよ!この通り完全に治ったし、元気だよ!みんなも元気?」


 「うっう~ん元気だと思うがな...まぁ取り敢えず荷物積んで家に向かうぞ。」


 何やら濁したような返事だった。車の中で問い詰めてもはっきり答えてくれなかった。何かあったんだろうか?おばあちゃん生きてるよね...聡兄ちゃん彼女と駆け落ち...健兄ちゃん公然猥褻で逮捕......色々な想像が頭を巡る。


 「ほれ、着いたぞ。」


 「う、うん」


 不安と緊張で扉を開けるのが怖い。

 扉の前で立ち止まっていると、家の中から扉が開かれた。


 「あぁ芽依ちゃん!よう来たね、疲れたでしょ。さぁ中に入って。」


 おばあちゃんが出迎えてくれた。良かった、おばあちゃんは元気そうだ。荷物を置いて居間に行こうとしたときに2階から健兄ちゃんが降りてきた。


 「おっ芽依、そっか今日からこっちに住むんだったな、腕は調子いいのか?」


 「う、うん、もう治ったで。」


 良かった、健兄ちゃんは逮捕されてないみたいだ。執行猶予中かもしれないが...


 「聡兄ちゃんは?......」


 「兄貴は......」


 健兄ちゃんが気まずそうな顔をして口をつぐんだ。やっぱり何かあったんだ。


 「アイツは自分探しの旅に出よった。」


 「え!?.........プッ!!何やそれ。」


 自分探し.........モロッコに性転換手術でもしに行ったんかな?

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