第4話 狼たちの戯れ

 「オラァ!!かかってこいや!お前はビビって後ろで待機かコラァ!!」


 何をしてるのかと言うと、この後狼男3匹×2と狼マザーを倒すよりも、狼マザー先に倒せれば他の6匹は逃げてくれるんじゃないだろうか、と楽観的思考から一生懸命財布やパスポート等を狼マザーに向けて投げては挑発してるのが、癇癪を起こした女子のよな振る舞いに狼男達は嘲笑しているかのようだ。


 まぁ狙いはそれだけではないのだが、とにかく俺は狼男3匹×2+狼マザーと戦う体力も力もない。戦場に特化した柳流古武術だが、それは人間を想定しているのであって力もスピードも圧倒的に負けている相手では分が悪すぎる。

 全力で動けるのは精々後一戦ってところだろう。その為にはこれを狼マザーに何としてでも食らわしたいのだ。効くかどうかは賭けではあるのだが、効かなければそれまでだ、大人しく全力で足掻いて胃の中にダイブしてやろうじゃないか。効いたとしてもおれ自身も無傷ではいられないだろうが、死なばもろともだ。


 『君の生きている意味は何?』


 あぁ久し振りに頭を陥没させて血まみれの友人の幻影が狼マザーの隣に見える。この旅の間はてんで見なかったのに、昔は陰湿な問いを何回も問われて責め続けられてるようで嫌で嫌で気が狂いそうになったこともあったが、この瞬間はそうでもない。

 迎えに来てくれたのか、応援してくれてるのか何にせよ見知った顔が居てくれるだけで不甲斐ない格好だけは見せられないからな、精一杯やるよ。それでダメだったら君が死んだ意味も、俺が生き残った意味も全てはこのファンタジック生物の糧となるためだったんだろうよ。

 さぁ見ててくれよ。

 リュックの中は殆ど投げつくして狼マザーのイライラは少しは溜まっただろうか?残るは衣類と携帯食料と土産の数個の缶詰めだけだ。一つはポケットに突っ込み残り缶詰めは衣類で包み、バーナーの火で衣類に点火させ、そのままリュックの中に突っ込んだ。徐々にリュックまで燃え広がりだす、そろそろか...


 「くらえ!シュールストレミングボムじゃ~!!」


 燃えて火だるまになっているリュックを、狼マザーに避けられても足元に落ちるように大きく山なりに投げた。


俺がお前達に一番大きく負けているもの、それは力でもスピードでもない、それは嗅覚だ。犬の嗅覚は人間の一万倍と聞くし、この薄暗い中で生活しているんだったら、より嗅覚が発達していてもおかしくはないだろう。今回はそれが仇となれ。


 ヨーロッパを横断中に酒の席で意気投合したオッサンが奢ってくれたら代わりに良い物をやると言って受け取った世界一臭いと言われるシュールストレミングと言うニシンの発酵さした缶詰。服に付けば3年は臭いがとれないとか、飛行機の持ち込みが禁止されてるとか、タクシーで少し開けたら運転手が気絶して開けた奴が捕まったとか大袈裟とも思えるような話を聞かされて、何て物を出してくるんだと思ったがここに来て役立つとは。もし生きて帰れたらあのオッサンにお酒と大量のシュールストレミング缶をプレゼントしに行こう。

 この缶詰は缶詰に詰められても発酵し続けるらしい。こんな物を持ちながら中東の暑い中を横断して、いつ背中で爆発するんじゃないだろうかと気が気じゃなかったが、炎に包まれて更にリュックで高温で蒸せられてパンパンに内圧が高まった缶詰ならば狼マザーがそのリュックを貫手で貫いた瞬間に爆発するに違いない。


 ヒョイッ


 「!?」


 避けるなよ!!そこはリーダーらしくグサッと振り払えよ!!何のために財布やらパスポートやら投げてストレス与えてたと思ってんだよ。だけどまぁあれだけ熱したんだから床に落ちた衝撃でも爆発してくれるはず。


 ボトッ


 「「「............ワフ?」」」


 「......」


 ほんと上手くいかねぇな!コンチキショー!!

 

 狼男達もポイと投げた燃えたリュックの行く末を目で追っていたため、首だけ捻って後ろを向いている。鉈を右手に調理用ナイフを左手に持ち真っ正面の狼男に突進する。攻撃に気づいた正面の狼男が振り向き様に貫手を放って来る。身を低くして掻い潜りタックルをしようとするも、膝蹴りで敢えなく阻止されおまけに鼻も折られてしまう。だがおかげで足を取ることに成功する。膝蹴りされた膝をナイフと鉈を持ったまま抱え込み、そのまま勢いをつけて回転する。無理矢理転がされてうつ伏せになる狼男のアキレス腱をナイフで力一杯ぶっ指して断裂させる。


 「グァァァ!!!!」


 左右から残りの狼男2匹が一瞬で間合いを詰めてくる。左狼男は貫手を繰り出し、右狼男は右薙ぎ。咄嗟に右に避け貫手は左肩に浅く刺さり、右の薙ぎを鉈で防ぐも勢いは殺せず壁に激突するまで吹き飛ばされる。


 「グハッ!!」


 何とか倒れるのを堪えたが鉈がポッキリ折れて刃が無くなっていた。視線を上げると狼男達が仕留めに来たのか、空かさず此方に走り込んでくる。足に力が入らなくて右によろめいて倒れそうになるのを右の狼男が好機とばかりに俺の首を刈るかのような左切り上げの攻撃がくる。そこで足を踏ん張り攻撃に逆らわないように右に飛ぶ、当然攻撃は受けるが致命傷にはならないはず、と高を括り攻撃を受けるもそこそこ深い裂傷を胸に負いながら、大きく吹き飛ばされる。それこそ待機の狼男達を越えて狼マザーの足下まで吹き飛ばされる。

 意識が飛びそうになるのを何とか堪えて目を開けると、一際大きくダークグレーで覆われた足が見える。片手で俺の頭を掴み軽々と持ち上げる。俺を丸ごと飲み込みそうな口が目の前に来る。先程の食べられた狼男のように心臓を抉り出すのだろうか。回りにはおやつを配られる前の子供のように狼男達も集まってきた。



 「グアルルルァァァァァァ!!!!」


 唾を俺の顔に一杯飛ばしながらとてつもない大声量でほえた。


 「や、やぁ狼マザー……口臭いよ君……」

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