第3話 お嬢様に洗いざらい報告します。
「ココラルお嬢様。失礼いたします」
「クーリア! ワタクシの恋路の邪魔をする女達を、始末する準備ができたのですか!?」
ココラルお嬢様の部屋に入ると、開口一番先程までの話が飛んできた。
そちらの件についても重要だが、まずは報告しなければいけないことがある。
私は簡潔に、そして分かりやすく、ココラルお嬢様に報告した――
「先にご報告があります。私は前世の記憶を取り戻しました。前世の私は、<清掃用務員>だったのです」
「……セイソウヨウムイン? あなたは何を言ってるのですわ?」
――ココラルお嬢様は、『訳が分からない』といった表情だ。
これは失態。内容を簡潔にし過ぎたのかもしれない。
ここはもう少し詳しく、『私がどんな<清掃用務員>だったか』も、説明した方がよかっただろうか?
「そんな訳の分からない話など、どうでもいいですわ! そんなことより、ワタクシの命令を先にするのですわ!」
やはり初手がマズかった。
ココラルお嬢様は私の話を聞かずに、『邪魔者を始末する』要件を先に満たすように言ってきた。
――しかし、<清掃用務員>としての記憶が蘇った私は、そんなことをしたくない。
<清掃用務員>とは、人々の生活を守る者。
人々が暮らす環境を、清潔にして長持ちさせることだ。
人に害をなすような真似は、私の<清掃用務員>としての誇りが許さない。
――こうなったら、やることは限られてくる。
「ココラルお嬢様。私は人に害をなす、<アサシン>としての仕事をやりたくありません」
まずは"連絡"だ。
"報連相"の"報告"が伝わらなかったとはいえ、私の気持ちはしっかり"連絡"する必要がある。
そして次に――
「ですので、今一度お嬢様のご命令を考え直してはいただけませんか?」
――"相談"だ。
困った時は上司に"相談"する。これぞ"報連相"の流れ。
これができてこそ、<清掃用務員>というものだ。
「バ……バカにしてるのですわ!? ワタクシの命令に逆らうなど、どの口が言うのですわ!?」
――しかし、ココラルお嬢様はかえってご立腹のようだ。
おかしい。私の"報連相"に問題があったのだろうか?
いや、問題があったからこそ、ココラルお嬢様はお怒りなのだろう。
私の"報連相"スキルも、まだまだのようだ。
「お願いします、ココラルお嬢様。今一度このクーリアの意見に、耳を傾けてください」
私は姿勢を正し、ココラルお嬢様に頭を下げた。
私に不備があった以上、謝罪もまた当然のことだ。
それでも私に<清掃用務員>として譲れないものがある以上、ここはお互いに意見をすり合わせるべきだ。
これが業務を円滑に進める秘訣。
これもまた、<清掃用務員>としての嗜みだ。
「耳を傾けるも何もありませんわ! あなたはワタクシの命令にだけ、従っていればいいのですわ!」
――それでも、ココラルお嬢様はご立腹のままだ。
意見をすり合わせることもしてくれず、ただご自身の意見だけを押し通そうとしてくる。
これではいけない。
どうにかして、お嬢様に話を聞いてもらう手立てはないものか――
「ワタクシの命令が聞けないなら、あなたから始末しますわよ!?」
――ゴオォウゥ!
「ッ!? こ、これは……!?」
私が考えていると、ココラルお嬢様の足元から"何か"が染み出すのが見えた。
それは黒い、影のような"汚れ"――
<清掃用務員>としての力を取り戻したからだろうか、今の私にはそれが"汚れ"だとハッキリ分かる。
この"汚れ"――
もしかすると――
「……出過ぎた真似をして、申し訳ございませんでした。私は再び、業務に戻ります」
ココラルお嬢様の様子を見て、私は何かを理解した。
お嬢様に礼をして部屋を出た後、私は頭の中をクリーンにして考えた。
「ココラルお嬢様の足元から溢れていた"汚れ"……。もしや、あれがココラルお嬢様を豹変させた元凶では……?」
おそらく私の読みは当たっている。
現世の私は<アサシン>のスキルで『人の命の流れを見る』能力を持ち、<メイド>のスキルで『家事の流れを見る』能力を持っている。
それと同じように、私が前世の記憶を取り戻して<清掃用務員>のスキルを覚醒させたことで、『あらゆる汚れを見る』能力も備わったのだろう。
長年<清掃用務員>として働いてきた私の経験が、私の仮説を確信させた。
「ココラルお嬢様に"汚れ"が見つかった以上、放置しておくわけにはいかない……!」
私は心の底で燃えていた。
『そこに汚れがあるならば、お掃除せずにはいられない』――
<清掃用務員>とは、そういう生き物だ。
私がまずやるべきこと――
それは、ココラルお嬢様の"汚れ"をお掃除すること。
あの"汚れ"を落とすことができれば、お嬢様も話を聞いてくれるかもしれない。
「やることが決まった以上、のんびりはしてられません」
私の足は、自然とある場所へと向かっていた。
あらゆる"汚れ"に対応できる道具の揃った、愛しの用務室へと――
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