第4話 お掃除の準備をします。

「ココラルお嬢様に染みついている"汚れ"……。私の手で、なんとしてもお掃除しなくては……!」


 一人用務室に入った私は、ココラルお嬢様の"汚れ"を落とすための準備を始めた。

 先程はお嬢様から溢れ出す汚れに驚いて、しっかりと"汚れ"の成分を見ることができなかった。

 これは<清掃用務員>として大きな失態だが、相手が"汚れ"ならば相応の準備はできる。


「……そういえば、先程は自然と"汚れ"が見えましたね」


 ここで私は一つ閃く。

 私に"汚れ"が見えたのは、<清掃用務員>のスキルが覚醒したことによるものなのは分かる。

 かれこれ二十五年はこの世界で生きてきたのだ。この世界の道理は分かっている。


 今私が生きている世界では、個人が持つ職業スキルによって、それに応じたものを"視る能力"が備わっている。

 <アサシン>なら、『命の流れ』。

 <メイド>なら、『家事の流れ』。

 そして<清掃用務員>なら先程のように、『様々な汚れ』。


 ただこれらの"視る能力"は、個人の職業レベルに左右される。

 これまでの私は<アサシン>としても、<メイド>としても"一流"だったため、それらを高いレベルで見極めることができた。


 ――だが、<清掃用務員>としての私のレベルは、"超一流"だ。


 <アサシン>や<メイド>よりもさらに上を行く<清掃用務員>のレベルならば、もしかすると――




「……<用務眼ヨウムアイ>」


 私は頭の中で整理整頓された情報を元に、<清掃用務員>のスキルを発動させた。

 すると――


「おお……! み、見える……! この用務室にある、ありとあらゆる溶剤等の原料が……!」


 私の読みは正しかった。

 <用務眼ヨウムアイ>を通して私の目には、用務室にある液体洗剤から粉洗剤にいたる、ありとあらゆる洗剤の原料がハッキリと映っていた。


 この世界ではそう言った呼称はないが、私にはよく分かる。

 次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸水、重曹、クエン酸、セスキ炭酸ソーダ、アルカリ電解水、植物性石鹸等々――

 原材料だけでなく、それらの酸性やアルカリ性を決めるphペーハー値まで、私にはしっかり分析できた。


「……これなら問題ありません。ココラルお嬢様の"汚れ"は、必ずやこのクーリア・ジェニスターが落としてみせます!」


 私は自信に満ち溢れていた。

 よく見ればこの用務室には、私が望む道具がこれでもかと揃っている。

 洗剤や消毒液の類だけではない。

 道具にしても、<清掃用務員>の命とも言えるモップを始め、ホウキにチリトリ、雑巾にバケツ、霧吹きにハタキ――

 必要なものは十分だ。

 前世の記憶を取り戻した今だからこそ分かる――




 ――この用務室はまさに"宝物庫"。

 目の前に広がるのは、宝の山だ。




「これらの道具を持っていけば、ココラルお嬢様の"汚れ"がどんなものであっても対応できる……!」


 私は嬉々として準備を始めた。

 まずはメイド服のロングスカートをパタパタとさせ、中にあるものを外に出す。


 <メイド>スキル――<収納下衣タンスカート>。


 このスキルはロングスカートの中に、様々な道具を収納しておける能力だ。

 最近はココラルお嬢様のワガママな身の振りで周囲の危険が増していたため、<アサシン>としての道具を収納していた。

 ナイフ、弓矢、剣、手甲、ロープ等々――

 だが<清掃用務員>として覚醒した私に、これらの道具はもう必要ない。


「とりあえず、ゴミ袋にまとめておきましょう」


 私は<アサシン>としての道具をゴミ袋にまとめ、とりあえず部屋の隅に置いておいた。

 あとで分別して処分する必要があるが、今優先すべきはココラルお嬢様のお掃除だ。

 <清掃用務員>として、ただお掃除をすればいいのではない。

 お掃除にも、優先順位が必要なのだ。


「さてさて。今度は清掃道具を<収納下衣タンスカート>に収納しましょう」


 全ての道具を出し終えた私は、今度はお掃除に必要な道具を見繕っていく。


「とりあえず、モップは外せませんね。後は――」


 そうして見繕った清掃道具を、私は次々に<収納下衣タンスカート>へと収納していく。

 モップ、ハタキ、雑巾――これらはお掃除において、私の中でも特に重要な道具だ。


 清掃力戦闘力――モップ。

 高所清掃力戦闘力――ハタキ。

 水拭き清掃力戦闘力――雑巾。


 この三つの道具は、まさに『清掃三種の神器クリーンアップ・トリオ』と言っても、過言ではないだろう。

 これらがあれば、地空海全てのお掃除に対応できる。


「それと、洗剤や消毒液も忘れないようにしないと――」


 他に必要なものとして、私は各種洗剤と消毒液を見繕い、霧吹きの中に詰め込んでいく。

 霧吹きはまさに、『清掃界の名リボルバー拳銃シングルアクションアーミー』と言える一品だ。

 あらゆる弾丸液体を射出する必要がある<清掃用務員>にとって、霧吹きほど信頼できる遠距離武器はない。

 重曹水やクエン酸水を始めとする多種多様な溶剤を作り上げ、霧吹きの中へと詰め込む。

 そしてそれら全てを、収納下衣タンスカートへと収納していく。


「――よし。後はバケツも収納下衣タンスカートに入れれば――できました」


 容量的には限界だが、なんとか準備できるだけの道具を収納下衣タンスカートに入れることができた。

 私はメモを取りながら、準備に不備がないかを確認する。

 即席のチェックリストによる確認――これもまた、<清掃用務員>の必須スキルだ。




「――問題なし。間違いなく、全て揃いました」


 抜かりはない。二度チェックもオッケー。

 ココラルお嬢様に染みついた汚れがどんなものであろうと、これだけの道具が揃っていれば、必ずや綺麗にすることができる。


「……久しぶりに、燃え滾ってきました」


 私の<清掃用務員>としてのスキルが、主であるココラルお嬢様を救う可能性がある。

 久しぶりの本格的な清掃業務ミッションに、私の胸は否応なく高鳴る。


 ――しかして、冷静に対処しなければいけない。

 清掃業務ミッションには混ぜ合わせると危険な材料もある。

 <清掃用務員>とは、『人々の生活を守る』のと同時に、『命の危険が伴う』職業なのだ。


 ――もう、前世のような失敗はしない。

 そのためにも、私は脳内を冷静に、かつクリーンな状態にして、この清掃業務ミッションに挑もう。

 同じ失敗を二度もしない。

 それもまた、<清掃用務員>に求められるスキルだ。


「待っていてください、ココラルお嬢様。必ずやこのクーリア・ジェニスターめが、あなた様の"汚れ"を落としてみせます!」


 私は一人用務室で決意を新たにした後、ココラルお嬢様の部屋へと向かった。




 主を綺麗にする救うため、私は再びこの現世にて、<清掃魂セイソウル>を咆哮させる――

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