第2話 前世の記憶を洗い出します。
「おお……! たった一人で、ウチの校舎がこんなにも綺麗に……!?」
「これが……"超一流"と呼ばれる、清掃用務員の実力なのか……!?」
それは私がまだ、クーリア・ジェニスターとして転生する前の話。
当時二十八歳だった私は、日本という国で清掃用務員をしていた。
「この程度、清掃用務員として当然のことでございます」
当時の私は清掃界でも名の知れた、超一流の清掃用務員だった。
日本全国を駆け回り、ありとあらゆる場所をお掃除していた。
老夫婦の家、マンションやアパート、テーマパーク、介護施設、国会議事堂、ヤクザの組事務所等々――
私にお掃除できない場所など、どこにもなかった。
「ありがとうございます! これで生徒達もより一層、過ごしやすくなりました!」
「まだ全てのお掃除が終わったわけではありません。私が昼食をとった後、残りのお掃除も終わらせます」
その日、私はとある高校の清掃業務をしていた。
校舎内のお掃除を午前中に終わらせ、残るは校舎外の壁や窓のお掃除だけだった。
「それでは、是非校舎内の食堂で昼食を――」
「いえ、それには及びません。食堂はお掃除が終わったばかり。今私が食事をとって、下手に汚したくはありません」
「なんというストイックさ……! これが、超一流の清掃用務員というものなのか……!?」
私に校舎のお掃除を依頼した高校の校長と教頭に昼食へと誘われたが、私にも清掃用務員としての誇りがある。
折角お掃除した場所を、私自身の手で汚すことはしたくない。
こうやって一人で清掃業務をしている時、私は決まった場所で昼食をとるようにしている。
校長と教頭の元を後にした私は、その場所へと一人で向かった。
「……ふぅ。やはり、ここが一番落ち着く……」
私がやってきた場所――それは、用務室。
次亜塩素酸ナトリウムを始めとする、様々な薬剤の匂いが入り混じるこの空間こそ、私にとっての聖域だった。
「さて、お昼ごはんにしましょうか」
私は適当な椅子に腰かけ、用意しておいたおにぎりを右手で頬張る。
「モグモグ……。さて、今日は何か面白い情報はあるでしょうか?」
そして左手でスマホをいじり、趣味に関する情報を調べる。
「おお……! このヴィクトリアンはいいですね……! おお!? こっちのクラシカルも捨てがたい……!」
清掃用務員として全国を駆け回る、そんな私の些細な趣味――それは、メイドのコスプレ。
特に私が好むのは、ヴィクトリアンやクラシカルを始めとした、ロングスカートの伝統的なタイプだ。
オフの時はメイドのコスプレを楽しみ、撮影会などにも出席していた。
「……ふあぁ。いけませんね。なんだか眠く――」
ただ、その日は色々とマズかった。
連日の疲れから眠気に襲われ、気が付くと私は地面に崩れるように眠りに落ちようとした――
――ガチャン!
――そしてその時、あの事態は起こってしまった。
私が倒れたことで隣にあった棚が崩れ、二つの溶剤が落ちて、同時に私の体に降り注がれてしまった。
――塩素系漂白剤と酸性洗剤。
清掃用務員の私なら、溶剤のことなど匂いで分かる。
そして、その二つの溶剤が私の体に大量にかかり、混ざり合ってしまったことが何を意味するのかも、瞬時に理解できた。
「ゴホッ……!? し、しまった……!? "混ぜるな、危険"が……混ざってしまった……!?」
塩素系漂白剤に含まれる次亜塩素酸ナトリウムに、酸性物質が混じり合って反応することで発生する有毒ガス――
その危険性を私は十分に理解していたはずなのに、愚かにも自らの体に両方振りかけてしまった。
全ては清掃用務員として超一流を自負していた、私の慢心――
疲労で眠気に襲われていたせいもあったのだろう、私の体はすぐに動かせなくなってしまった。
「ハァ……ハァ……。わ、私は死ぬのですね……」
すでに有毒ガスは用務室に充満し、私の体を蝕んでいる。
地面に伏せながら、私は自らの死を悟り、ただその時を待つしかなかった。
清掃用務員として、あまりに愚かで未熟な失敗――
それに後悔しながらも、私は近くに落ちていたスマホの画面を見て、こう呟いた――
「生まれ変わったら……本物のメイドさんになりたい……」
――それが前世の私が遺した、最期の言葉。
そんな願いを遺して、私はそのまま息を引き取った――
■
「――全て思い出しました。思えば、何とも愚かな最期だったものです」
――それがこの私、クーリア・ジェニスターの前世の記憶。
どういうことかは分からないが、どうやら私はこの世界に転生したらしい。
現在の私は二十五歳。
<アサシン>のスキルと<メイド>のスキルを併せ持つ、ファインズ公爵家の従者。
まさか私にこんな過去があったとは――
「……考えていても仕方ありません。ここは早速、やるべきことをやりましょう」
前世の記憶に少し戸惑った私だが、こんな時でも脳内はクリーンでなければいけない。
それが、<清掃用務員>――"お掃除を司る者"の心得だ。
こうしてファインズ公爵家に仕えながら、前世の記憶が蘇った私のやることなど、当然一つしかない――
「まずは"報連相"です。ココラルお嬢様に、このことを報告しましょう」
――そう、"報連相"だ。
たとえ前世の記憶が蘇ったところで、私の主がココラルお嬢様であることは変わらない。
何かあった時は、すぐ上司に相談する。
<清掃用務員>としての嗜みだ。
「報告は簡潔に、だけども分かりやすく――」
私はお嬢様への報告内容を考えながら、用務室を後にした――
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