夜半住宅街親族宅にて
そうなんですか。大変ですねえそちらも……いや全然平気ですよ。俺耳そんないいわけじゃありませんし。寝るとばきっと深いんで。朝方の郵便配達とか気づいたこともないんですよね。大体夜中の三時半ぐらいにどんばんごんがしゃんって鳴ってるのはね、たまに起きてると聞くんですけどね。そうポストの音。ボロいんでね、すごい音するんですよ。
はい、そんじゃ確かに伺いました。いつもご苦労様です。はい。ありがとうございました、お気をつけて。
***
待っててくれたの? 別に先に食べててくれててよかったのにさ。いや、回覧板じゃないよ。たまに来るんだ、連絡係っていうか申し送りっていうかね。若いのにこんな時間まで働いてるんだからすごいよ。俺より下かとんとんぐらいじゃないかなあの人。分かんないよそんなん、あんまり人の年とか気にしないしさあ。聞けるもんでもないだろ他人の年なんかさ。身内の年だって大して知らないのにね。もうひとりの方も似たような年なのかもしれないけどあっちちょっとおっかないんだよな。髪色明るいしさ、愛想はあっちの方がいいんだけどね。ほら保守的なんだよね俺。怖いもんなヤンキーとか不良とかさ、ちょっと緊張するもん夜のコンビニとかドンキとか。俺足遅いし。この辺埋める山も沈める川もいっぱいあるじゃん。古い事件だといきなり車詰められてそのまま生き埋めとかさ、いやまあそういうやつじゃあどうすればいいかって言われたら分かんないしどうしようもないけどさ。外出なくたってヘリ落ちてくるし土砂崩れるし。諦めって大事だよ本当。そうね飯食いながらする話じゃないね。でもさあ、ここで俺が近況どうですとかみたいなこと言い出してもお前困らない? どうったってどうしようもないでしょこの辺はさ。話題と変化が基本的にないじゃん。氷点下の日が増えましたねとか▲▲線で鹿がぶち当たって終電が盛大に遅れたとかそんな鬱々とした話をして飯がうまいかって言われたらまた困るものね。
受験生だっけお前、あれまだだっけ今二年、じゃあ一番暇な時期だ。叔父さんたちと一緒に行ってくればよかったのに葬式。楽しいかどうかは知らないけど少なくとも従兄のカレーよかうまいもんは食えたよ。あそこらへん魚介もいいけど酒も──そうか未成年か。じゃあ何も楽しくないな。福神漬けいる? 米三合炊いたからいいよ好きなだけ食って。残ったら冷凍して明日昼雑なピラフにしよう。うまいよ、コンソメとバターで炒めるとなんでもおいしい。
別に気にしちゃないけどね、■■さん親族かっていったら確かにそうだけどもさ、大昔にひいばあちゃんの葬式で会ったかなあってぐらいの相手だからなあ、義理がないっちゃないんだよな。俺は毅然と面倒だって断ったんだよ父さんに。暇だよ十二月で大学二年生。できることは限られてるししたいことはそもそもあんまりないしね、酒うまいけども喪服着て読経聞いて写真ばしばし取られんの考えるとわざわざ行くことないものって考えてたらお前も行かないっていうからさ、じゃあ父さんたちからすれば未成年の面倒ぐらいは見ろよってなるだけのことだよな。俺の監視も兼ねてそうな気はするけどさ。うん、そうだねうっかりで馬鹿なことは昔からやる……夏休みだっけあれ、墓参りでさ、線香やれってご丁寧に火ぃ点いたの渡してもらったら手のひら根性焼きしたやつ。あれ痛かったなあ。近所に新しい墓石立っててさ、辞世の句か何か知らないけど家名ない代わりに一句掘り込んであるんだけどよく分からん句だったんだよね。そっちに気取られてさ、線香って言われてもそんなん反射的に手出すよ普通のアホはさ。バチなのこれ? 思っただけでもだめ? 判定きつくない仏さん。
ん、いいよカレーも取って。食べなさいよ高校生。食べ盛りだろ、俺済んだから。昔からこんなもんだよ。いいんだよ倒れないでちゃんと毎日元気なんだから。どのくらい食べようと俺の趣味だよ。従弟が実の親みたいなこと言うなよなあ。食う量少ないってこれで二十年ちょい生きてんだから収支はとれてんのよ。
じゃあ俺風呂洗ってくるよ。ゆっくり食べててくれていいからさ。そうだね、お前食べ終わったら台所にカレーの皿だけ水漬けといてくれな。二人だと食洗機回す量も出ないからさ、風呂済んだら洗っとくよ。いいよテレビなりスマホなり見てて。お客さんだもの。くつろいでなよ従兄に任せて。年上だもの。長生きだもの数年分はさあ。
***
続編な、それ右の上三。そうそこ。何か知らないけど判型変わっちゃったから続編だけど隣りに置けないんだよ。本当なら作者別で並べたいんだけどさ俺の趣味としては、けどそれやると広い棚に小さい本は入るけど大きい本が狭い棚に入んないのよ。じゃあしょうがないからサイズでそれっぽく並べてんの。第一希望が叶わないともう妥協を重ねてどうでもよくなるでしょう。そういうやつだよその本棚は。だからそのシリーズの最新刊はこっち側の端にある。最低だろ。
そういやお前この部屋上がってくる前に運転切ってきた? 浴室の明かりも切ってきてくれたんならいいや。灯油代地味にかかるんだよなやっぱり。けどここみたいな寒冷地で暖房費ケチったら死ぬしかないしさ。寒いと人間死ぬんだよな忘れがちだけど。んで鍵は掛けてきた? チェーンは。あー……まあいいよ。寝る前ちゃんと掛けような。一応この辺もそこそこ物騒ではあるんだよ。いや本当に。
夏だったかなあ、早朝に近所の婆さんが朝飯の支度しようって階段降りてったら台所から物音がして、侵入者かってこっそり覗きに行ったら熊ってことがあってさあ。大騒ぎになったの。ニュース見たろ六時台の、あれうちの近所だったんだよね。夏だからってのと命も金も今更惜しくないってんで裏口丸ごと網戸で寝たら熊。とりあえず婆さん玄関から逃げて大捕り物で助かって人死に出なくてよかったねってやつ。網戸ぐらいならそりゃ熊がばーんってやったらばりーってなるよな。戸締りって本当大事よ。いやまあ熊も猪もその気になったら玄関ドアぐらい破れるって言われたらそうかもしんないけどさ。けどあいつらも入りやすいほうに行くと思うんだよ。言うじゃん昔からさ、プロの空き巣には一般家庭のセキュリティ強度なんか似たり寄ったりだから、じゃあ手間掛けさせてやる気を挫けば向こうから諦めてくれるみたいなやつ。程度問題なんだよ結局はさ。だけど一応ほら、被害者側の言い訳と、ええと──面目が立つような痕跡は残しておいた方が違うじゃない世間の目がさ。やることやっておけばあとは運のせいにして同情してもらえる。憎まれるよかマシだよ大体は。きっとね、その辺のやり口が上手くないと随分生き難くなるんじゃないかな。
ん、次それ行くの? 結構大長編だぞそれ。今日一息で読み切るにはもう厳しい時間だぞ。そりゃあまだ十時回ったあたりだから眠かないだろうけども……そうだなあ明日日曜だしなあ。父さんたち帰ってくるの夜だっけ。じゃあ別に俺たち寝潰れてたって怒られやしないね。うん、一応年上としてはさあ成長期の高校生に夜更かしを勧めるわけにはいかないけどもね。土曜夜ったらなあ、そのためだけに平日のつまんない毎日こらえて学生やってるみたいなとこあるもんな。俺? 俺はねえやる気とか反抗心とかあんまりなくってただ怠けたいってだけのやつ。そうクズだねえ。しかも地味なタイプのクズだからさ、害もないけど益もないみたいな感じでゆらゆらやってる。お前そういうの嫌か。そうだねえ芸風みたいなとこあるよな親族連中。一つなんだ、こだわるっつうか執着してそれ以外が優先順位で地べたを舐めてるような連中ばっかりでさ。あんまりいいもんでもないね俺らも。
ここの土地もさ、きっとあんまりよくはないんだろうなって気はするね。積雪量はいいよ少ない方だよ。平均気温はいい勝負できるけど膝まで埋まったりはしないだろ。そんで過疎いわけでもないけど密集してるわけでもないみたいな中途半端な人の量だってさ、これも通勤ラッシュとかそういうのとは無縁だって見方もできる。うん、俺の父さんの移住理由それだね。一応大学時代の研究がどうとかも言ってたけどさ、そこも加えてとどめがこの二つでこんなとこ選んだよ。お前の父さんも巻き込んでさ。そこは本当に悪いことしたね、自分のことに巻き添え作って安心するのは行儀がよくないもんな。
別にさ、分かりやすく治安最悪倫理の治外法権みたいなわけじゃないもんな。小中高諸々荒れてるとか偏ってるとかそういうのは表立ってはないだろ。国立大学もあるしさ、私立だってそこそこある。偏差値とかそういうのもあれなんだろ確か。駅だってそこそこ大きいのはあるし、道だってばーっと舗装されたのがあるわけでさ。そうねお前の言うとおりだ、城あるから一通と通禁ちょこちょこあるの意外と面倒くさいよな。まあとにかく、こうやってちょっとはいい感じのことも言えるわけだ。お前高校どこだっけ。あー、坂登らない方か。四校じゃん進学校枠でさ。頑張ったんだねいつの間にか。えらい。
けどさ、こうやってちょいちょい見た分にはいい感じの地方都市で済むわけじゃん。でもそれ言われると怒るだろお前……ほらそういう顔。いや笑ったのはなんだ、そういう表情の作り方は叔父さんそっくりだなって思っただけ。悪かったよ。まあそうやってお前も怒るわけよ、だってゲーセンも映画館もみんななくなっちゃったもんな。今頃の時間なら駅前真っ暗だもの。電車だって十一時には軒並み終電上がりだ。夏ならまだ駅前広場に暇な連中は集まってるかもしれないけど、この季節じゃ仲良くお喋りどころか普通に低体温症で死ぬしさあ。俺たちだってこうやってだらっだらいい年した野郎二人がお部屋で漫画読んでるわけだよ。
違う違う、それが嫌だって言いたいんじゃなくてさ、それしか選べないのが嫌だよなって言いたいわけよ俺は。選択肢から選んだのならともかくさ、選択肢すら与えられないってのはむごい話だと思うんだ。選ぶべき選択肢がないならさ、現状がどう誤っていても抵抗すらできないわけだからね。そこそこにキツいと思うんだよな。死ぬのはしょうがないとして、死に方すら選べないって考えたらだいぶ嫌じゃん。いや変な宗教とかそういうんじゃないよ、生き方の選択肢がないってことはさ、死に方も選べないのとほぼイコールじゃん。熊に会わないと進めない道しか目の前に存在していないなら、どうしたって熊にどつかれて死ぬ的な話。微妙に嫌だろそういうのさ。
まあ、それで反抗する気も企む気もないあたり俺もどうしようもないんだよ。ここまでの文句を言う資格がそもそもない。俺は……そうだな、幸せな方だろうなきっと。こうやって本読んでうわごとだらだら喋ってんのが好きだよ。安いんだ俺は。それでいいからこの土地向きだし、じゃあこれまでの論からするとろくなもんじゃない。
ん、寝る? 居間の客間に布団あるから、寒かったら言いなよ。適当に追加分出すから。一応タオルケットと薄い毛布に毛布と軽い掛布団は出してあるから大丈夫だとは思うけどな。漫画持ってく? いいよ別に明日帰った後に片づければいいだけだし。いいよ半分持つよ、この量抱えて階段落ちられた方がはるかに面倒臭いしさ、
聞き違いじゃないんだよ。
意外と聞こえるもんだなあ、窓閉めといたからいけるかと思ったんだけど。しかし俺これ聞こえるのに新聞配達聞こえないのなんでだろうな、あいつらやっぱいいバイクとか運転技術とかそういうやつあったりすんのかね。
うん、まあびっくりしたよな。そう合ってる。悲鳴だよな。しかも結構いけないときに出る悲鳴。俺この間一人暮らしの友達のとこ泊まってさ、アパートだったんだけど二つ隣りが
窓開けるんじゃないよ。
大声をね、今ほら十一時ったら深夜だからさ。声通るのよ夜だし、防音性能も大分劣化してんの。もう築二桁だからこの家。
見殺しとかそういうんじゃないよ。スマホ掴んだのは分かるけど、呼んでも無駄だしできればやめてほしいんだ。説明するからさ、そんな目で見るなよ。ちゃんと理由はあるから。そんでちょっと怒鳴るのを待って。俺声量で勝てない。
何て言やいいかな……たまにあることなんだよ。この辺だとさ。この辺りの地区の連中はみんな知ってる。さっき飯の前に俺玄関先で話してたろ、そう連絡係の若いのにちょっと業の深そうな人。あの人たちが来たらこういうことが必ず起きる。夏でも冬でも関係なく、時間だってまちまちだけどね。夕方連絡係の人が来て、夜になると悲鳴が聞こえて、俺たちはそれを聞こえなかったように過ごす。ここの家だと窓開けないで玄関から外に出なければいいだけだから楽な方だよ。位置によったら窓の外も見たらいけないし、何なら覗き込まれるから、カーテンだってちゃんと下ろしておかないといけない。
位置って何の位置だってお前そういう──そういうね、カマトトぶったこというのはいけないよ。分かってんだろさすがにさ。
幽霊屋敷があるからだよ。
この家まだ位置的には恵まれてるけどね、ここら一帯そんなんだってのは父さん調べ切らなかったらしくてさ。立地的には便利なのは分かるだろここ。市内だし、コンビニそこそこ近いし、ちょっと歩けばショッピングモールだってある。値段もねえやっぱり破格ではあったんだろうね同条件のとことはさ。訳あり物件の一軒でそんなに差があんのかよって思うけどさ、まあ例の幽霊屋敷だもの。地元の人間は皆知ってるから教えてくれなかったし、父さんはその程度じゃ聞く耳も持たなかったろうしなあ。叔父さんには違う区域勧めたのは良心だったのかなって気もするけどきっとろくでもない理由だろうから聞かない方がいいね。勝手に思っておいた方がきっとマシだ。
怖いかったらそりゃ怖いんだろうねこの状況。普通ないもんなこういうの。でもまあ、慣れたっつうか……そう難しいことでもないんだ。起きることが分かってて、するべきことも教えられているならそう困るもんでもないだろう。そうしないと生活できないのなら、頑張ってしくじらないようにするってだけのことだよ。意外と変わんないもんだよ、結局赤信号のときに横断歩道を渡らないみたいな話だ。信号が赤なのに渡ったら死ぬけどね。大体のことはそうじゃない? やるなって言われたことをやるから危ない目に遭うのであってさあ、ちゃんと話を聞いて言いつけを守っておけば存外どうにかなるもんだよ。分かるだろ?
じゃあ──あ、はい。いいよ分かったよ。そんな怖いもんか。じゃあ布団持ってこないといけないな、漫画下ろす必要なくなったけど結局荷物がしんどくなった……分かったよ。どうせ火の元とチェーンやんなきゃいけないからさ、降りるのは別にいいよ。その辺のスペース適当に確保してよ、下敷きにすると面倒だから。うん。ちょっと本棚しまってから降りるか。
ん、怖がってた割に意外と聞きたがるね。そうだなあ最近多くなってはいる、気はするなあ。前は年一ぐらいだったのにさ、ここんとこ毎月みたいなとこあるからそこはちょっとね。まあ連絡員さん来てくれてるからいいんだけどさ。そこそこ顔馴染みだよな月一で会ってたら。
あれかな、年間定期買えなくなったとかそういうやつだったら嫌だよな。いや上手く言えないけどさあ俺にだって。年一で済んでたものの頻度が高くなるってのはさ、基本的には理由がありそうじゃん。年額揃えるのがきつくなったとかさ。いや何が年額なのかは分かんないけど。年一で済んでた部屋掃除が毎月掃除しなきゃならなくなったらそれは汚れ方がひどくなったか、一回の掃除の清掃率が落ちたかのどっちかじゃん。分かんねっていうなよ俺だって分かんないもの。分からないのに無理やり喋ってるからひっどいうわごとになるんだよ。
けどさ、何かやだねそれ。絶対ろくなことにならないやつじゃん。
聞こえた? そうだね、俺も聞こえたもん、見てこの鳥肌。長袖フリース暖房完備でこれだよ。これは知らないっていうかさ。今だよな。俺も聞いた。勢いがすごかったものちょっと。どうすっかなあ、チェーン掛けてないだろ。熊もなあ。
階段駆け上ってきた足音はねえ、知らないんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます