第154話 僕らの『がっしゅく!』三日目(4) at 1995/7/29
「……はい、ありがとうございました。……ええ、明日帰る予定で。……はい、そうですね!」
すっかり顔馴染みになった感のある観光協会のお姉さんに何度も頭を下げ、そろり、とガラス戸を引き締めた。瞬間、今までお手本のような笑顔を浮かべていたロコの表情が素に戻る。
「あー、疲れる……。あたし、そういうの苦手だわ」
「ん? そういうの、って?」
「知らない人に、愛想ふりまくっての。なんか嫌じゃない?」
「べ、別に……? っていうか、昨日もお世話になったしさ」
「へぇ……あっそ」
そっけなくそう言い捨てて、ロコはさっさとバス停のある方向へと歩いていってしまう。
あの純美子への告白事件以来、ロコと二人きりになるのはひさしぶりだった。
どうにも気まずい思いがつきまとう僕なのだが、ロコの方はどうなのだろう?
そういえば、純美子から真実を打ち明けられた月曜日、ロコも純美子と話をしようとしていたんだっけ。でも、僕と純美子の話が終わった後も、結局純美子とは話をしなかったらしい。
なぜなのか、ロコに聞いてみたい……気もするのだけれど、聞いてはいけない気もする。
「えっと……。次のバス、あと一〇分後には来るみたいだよ、ロコ?」
観光協会から一番近い『文学の森公園前』バス停には、僕ら以外の待ち人はいなかった。だから余計に、なにか話さないと、という切迫感から僕はそんな他愛もない話題を口に出した。
「……」
「こ、このへんは大きなスーパーがないからさ。隣の
「……」
「もうちょっと先まで行けば富士吉田市で駅もあるから、もしいいのが見つからなければそっちまで足を延ばせばいいってさ。そっちも三〇分で着くんだ。あ、忍野からだと一〇分か――」
「……うるさい。ちょっとは黙ってなさいよ、馬鹿ケンタ」
つん、と鼻先をとがらせたロコは、むすり、と唇を引き締め、正面を向いたままで言った。とりつく島もない、とはまさにこのことだろう。なにかした覚えはないが、妙にそっけない。
言われてはじめのうちは黙っていたけど――なんだかいわれのない塩対応に腹が立ってきた。
「……なんだよそれ? 感じ悪くないか?」
「そんなのあたしの勝手。感じ悪くて結構よ」
「へーへー。そりゃあ悪うござんしたねー」
「……はぁ? なにそれ? 馬鹿にしてんの? ケンタのくせに!」
次第に口調が荒くなり、エキサイトしはじめてきたその矢先だった。
みーっ。
『――
「……ふんっ!」
「……ふんっ!」
すんでのところで水を差された僕たちは、互いにそっぽを向きながらバス乗降口で整理券を引き抜き、ステップを上がって車内の奥へと進んだ。そして、最後尾の長いすの、両端に座る。
(なんだよまったく、ロコの奴! せっかくの合宿旅行の思い出が台無しだよ! もうっ!)
イライラと膝を揺らし、ふと反対側を見ると――なんとタイミングよく目が合ってしまった。
「……ふんっ!」
「……ふんっ!」
(どうせなら、スミちゃんとペアになりたかったのになぁ……。ついてないよ、まったく……)
僕は、むすり、と顔をしかめたまま、車窓を流れる景色をぼんやりと眺めるのだった。
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