ぜんぶぜんぶ掌の上

なえか

ぜんぶぜんぶ掌の上





「生き霊の仕業ですね」

「生き霊……ですか?」

彼の口から発せられたその言葉は現在自分たちがいるお洒落なカフェにはあまりにも不釣合いであった。

最初に気づいたのはベランダで感じた人の気配だろうか。私が住んでいるのはマンションの3階。生きている人間が侵入できる場所じゃない。だとすると幽霊だ。その日から自分の周りで人の気配がするようになった気がする。帰宅した直後のドアの外に誰か立っている気がしてドアスコープを覗くけど誰もいない、一人で帰る夜道誰かついてきている足音がして振り向くけどやはり誰もいない。もしかして私は幽霊に取り憑かれているのだろうか。そのことをカフェで友人に相談した数日後友人から紹介されたのが彼だった。

彼は所謂見える人らしい。その力は強いらしいが大っぴらに商売にすることはせず人からの紹介のみでそのような相談を請け負っているとのことだ。

カフェの席で私を待っている彼を初めて見たとき霊能力者だと信じられなかった。端正な顔立ちに清潔感のある服装、霊能力者というよりモデルと言われたほうがしっくりくるだろう。チラリと見えた手首の数珠も霊能力の道具というよりお洒落なアクセサリーにしか見えない。壮年のお坊さんみたいな人を想像していたので最初確認のために彼に声をかけるときは勇気がいった。

そして挨拶もそこそこに彼は私の肩口を見て断言したのだ。

「以前付き合っていた男性がいたんですよね。おそらく彼が生き霊を飛ばしています」

「そんな!彼とはお互い仕事が忙しくなって自然消滅みたいな形で別れたのに」

「人の思いや執着というのは側からみたらわからないものです」

「では彼と連絡を取って……」

「彼と話し合っても無駄かもしれません。生き霊の厄介なところは飛ばしている本人も無自覚なときがあるからです。むしろコンタクトしたことによって彼の執着が強まってしまう可能性があります」

「そんな……じゃあどうすれば」

ガチャン!という大きな音がした。見ると傍に飾られていた花瓶が床に落ちていた。

「お客様大丈夫ですか!」

店員が慌ててやってくる。大きな花瓶だ風や何かの拍子で勝手に倒れるような物ではない。

「彼は怒っているようです。男と二人きりで長時間話しているのが気に入らないのでしょう」

「これも彼の仕業なんですか」

「ええ、ポルターガイストです。あなたは彼からもらったプレゼントをまだ持っていますね」

「どうしてそれを!」

思わず手首のブレスレットに触れる。確かにこれは彼からもらったものだった。デザインが気に入っていたので彼と別れた後も普段使いしていたのだ。

「そこから彼の強烈な念を感じます。それをすぐに処分しましょう」

「で、でも……」

「次は花瓶では済まないかもしれませんよ」

ゾッとした。そんなものを私はいつも身につけていたなんて。

手首から外されテーブルの上に置かれたブレスレットを彼は丁寧に持参した小さな布袋に入れた。

「これは僕がお焚き上げをして処分しておきます。これを媒介として彼は生き霊を飛ばしているのでこれさえなければもう大丈夫です」

私はホッと胸を撫で下ろしたが彼がまだ深刻な顔をして言う。

「しかし……あなたはどうやら引き寄せやすい体質のようだ」

「え!」

「元彼さんの生き霊だけでなくそこらへんの浮遊霊も憑いてきている。うーんここ数日あなたの近くで電車の人身事故が起きていませんでしたか?」

「あ……!確か3日前くらいに乗ろうとしてた電車が人身事故で遅れてました」

「そうでしょう。電車に轢かれ霊となった者があなたにまとわりついているのが見えます」

「ひっ……!」

震える私の手を彼は両手で握り宣言する。

「ご安心を!僕が守ってさしあげますから」



チョロい。チョロすぎるだろ。

バイト先の居酒屋で常連だった君。一目惚れだった。まずは君のことをよく知ろうと住んでいるアパートを調べ一人暮らしだとわかった。女性の一人暮らしは危険だ。不埒な輩が君に近づかないよう毎日見守っていたとき君は「妙な気配がする」と友人に相談するじゃないか。

「夜ベランダに人の気配がしたの」

確かにあの晩君が安らかに眠れているか確認のためにベランダに立っていたのは俺だけれど危険なストーカーに間違われるのは本意ではない。

これは安心させるために君と接触する段階に移るべきだろうかと考えていたときだ。

「ひょっとして幽霊かも……」

思わず俺は心の中でずっこけてしまった。そこは普通人間の侵入者を疑うべきではないのか。若い女性なのだからもっと現実味のある危険を考えて欲しい。

しかし俺に良い考えが閃いた。この勘違いを利用してやろうと。

彼女の友人が通っているバーテンダーに金を握らせて俺を霊能力者として紹介させるだけであとはもうトントン拍子だった。君の友人もチョロいね。

あらかじめ簡単な細工をしておいた花瓶を落としたときの君の驚愕の表情を見て俺は成功を確信した。ついでにあの目障りな元彼の置き土産も始末できて都合が良い。別れてからも君の手首で存在を主張していて本当に鬱陶しかったよ。持って帰ったらさっさと粉々に砕いて埋めよう。

こんなにあっさり俺の嘘に引っかかる君に心配になる。だからこそ俺が堂々と近くで守ってやらなければ。


「あのう……」

潤んだ目で君は俺の袖を引っ張っている。

「どうしました?」

「おっ……お手洗いに行きたいんです!でも怖いから一緒に行ってもらえませんか?」

あああああ可愛い!

「かまいませんよ」

悶える心を必死に抑え俺は努めて紳士な態度で答える。笑う君も良いけれど怖がる君もゾクゾクするくらい可愛い。

次の計画ももう進んでいる。現在住んでいるアパートが霊道になっていて霊がうじゃうじゃいるこのままでは霊障が出て君に危害が及んでしまうと引っ越しを勧め、完全に霊を祓うまでに時間がかかるそれまでは僕がすぐ駆けつけられる距離にいたほうがいいでしょうと理由をつけ俺のマンションに引っ越しさせるんだ。君とご近所さんになれる!もちろんゴールは同棲だけどね。ああこの方法を選んで良かった。

すぐに頼れる霊能力者から頼れる彼氏になってみせるからね。その日が楽しみだ!


終わり



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