5 吸血鬼②

 空気が張り詰める。


 ザーザーと振る雷雨は一層舞台を盛り上がらせ、一向に晴れる兆しは現れない。


「今、何と言ったんだ? 私の、娘を殺したのが君だと……言ったのか?」


「……まあ、はい。言いましたけど」


 一言呟いただけだ。

 それだけで、キング吸血鬼の顔色、冷静さと高揚感を劇的に変化させた。


 確かに、他人から『あなたの娘さんを殺害しましたー』なんて報告されたら、問答無用であの世へ送るという感情が出るのは当たり前だろうな。


「そうか……? フッ、嘘はよしたまえよ」


 と、思ったが鼻で笑われてしまった。


 カスミもそうだが、こんな状況で嘘を吐くなんて度胸が据わっているずがないというのに……。


「君のような微弱な魔力でどう娘を殺すと? 

 全く、危うく抑えていた殺意の沸点を突破しそうになったよ」


 キングは先ほどより小さな笑い声で俺が放った言葉を否定する。

 だがその目はもう笑ってなんておらず、かろうじて口が機能しているといった様子だった。


「全く…………嘘でも、よくはないだろうッ!」


 広げていた翼は萎んでいき、折り畳まれる。


 腕の血管が数本浮き出て、指が震えるほど力が入っているのが見て分かった。


 それに気付いた瞬間、キングの足がついていた木の床から大きな破裂音が響いた。


 俺の正面から恐ろしい顔持ちで向かってきていた。


「……感情の揺れが激しいな」


 結局殺意の沸点を越えた吸血鬼は、俺にその剛腕を振りかざしてくる。


 俺は咄嗟に腰にある剣を抜こうとするが、あまりに速い動きに大きく出遅れる。


 俺は思わず目を瞑ってしまった。

 剣に手をかけたまま、迫り来る爪の切り裂きを待ってしまった。


 だが、いつまで経ってもそよ衝撃はやってこない。

 恐る恐るまぶたを開けてみると……。


「――ッ!? ……どうして動けている?」


「ま、間に合いました……!」


 俺の横から出てきたカスミが抜刀し、到達するはずだった吸血鬼の手のひらを受け止めていた。


 カランという音がして、ポーションの瓶が床に転がるのが見える。

 どうやら解毒剤は効果あったらしい。


「ポーション……か。なるはど、持ち物は最初に処分しておくべきだったね。

 これは失態、妻に叱られてしまうよ」


「今からあなたを、斬ります!」


 ギリギリと鍔迫り合う二人、俺をあっという間に蚊帳の外にした。


 どこから力が出ているのか、不思議なカスミの細い腕。それに支えられるのは刃が黒色の湾曲刀。


「いいだろう……食事の前に軽い運動と行こうか」


 刀に手のひらをめり込ませるキング。

 痛みを感じていないのか、笑みを浮かべて余裕のある顔をしていた。


「レーヴァン君を先にと思ったが、まずは君で前菜にするとしようッ」


「ぐうっ……!」


 キングはそのまま刀を片手で掴み取り、カスミごと家の窓ガラスに向かって放り投げた。

 バリンとガラスは砕け、外に出る。


 なんという怪力だ、人間の血を大量に摂取した恩恵を得ているからか通常よりも格段に強くなっている。


 雷雨の中、カスミはぬかるんだ地面に体を預けて横たわるが、すぐに体勢を整えて刀を構えている。


 キングは俺を放ってカスミの後に続き、破壊された窓から出て地面に降り立つ。


「今がたとえ夕方であろうと、天すらも私たちの味方だ。

 陽は覆われ、影が君たちを喰らう。これ以上の舞台が存在するだろうか?」


「……その影、断ち切らせてもらいます。

 いざ尋常に、勝負……!」


「いいとも、帝国剣士。踊りは得意なんだ」


 二人の生物が相対し、緊迫感が走る中、一人家の玄関で突っ立っている俺。


 外で殺し合いが始まってしまったが、こうしている間にも毒は回り続けている。

 雨の中戦うこともよろしくない。


 カスミにもいずれ限界が来るだろう、早く吸血鬼を倒して王都で治療を受けなければまずい。


「これからどうしようか。……とはいえ俺には何もできやしない。

 まだ動けはするけど、無理に行動しても返って逆効果だな」


 ただこのままじっとしていても状況は変わらない。

 二つの選択肢、カスミを見捨てて夜を待つか。

 それとも無茶してでも勝ち筋を探すか……。


「……一人残らず奴らの餌食になったのか。

 もう少し早く来ていればな」


 村の外を見て、俺はそんな感想を口にした。


 確かに不自然ではあった。

 近くの森に出ると言っていたが、あまりにも近すぎて危険ではないのかと思っていた。

 依頼を出す前に、まずは村を捨ててでもすぐ避難するべきだからな。


 死体などは見当たらないが、誰もいないことが残念な事態を証明していた。


 誰も………………。



「――あの門番は誰だ?」



 こんな状況である中で警備をしていたあの人の存在が引っかかった。

 笑顔で俺をこの村に迎え入れた長身の男……。


「アイツが上位種吸血鬼クイーンだったのか? 

 でも性別が違うし、まさか別のキングなのか……」

 

「あら、察しがいいじゃない」


 そんな言葉が後ろからかけられた。


 俺はコートのフードを強く引っ張られ、突如として浮遊感が訪れた。

 体は宙を舞い、雨風に打たれる。


「ゴホッ!?」


 受け身を取ろうとしたが、体の反応が遅れてしまい背中から落ちる。

 カスミと同じような形で、水溜りの上へと叩きつけられた。


 痛みを感じながら顎を引き、俺を投げた犯人の方を見る。

 そこには黒いドレスを見にまとった若い女性がいた。昨日のあの吸血鬼と酷似した外見、キングが言っていた妻とはおそらく彼女だろう。


「や、やっぱり門番の……!」


「もっと前に気づいてさえいれば、逃げおおせたかもしれないのにねぇ。ダーリンったら、お喋りが長いといつも注意しているのに……」


 クイーンらしき吸血鬼はこちらへ悠然として歩いてくる。

 人間を見下したような目はどいつもこいつも変わらない、夫婦たる所以はそれか?


 今時の上位種は性別すら擬態できるのか? 

 言葉遣いすらも巧みに隠せるとは驚きだ。


「血抜きもまだなんて聞いてないわ、天候魔法がどれだけ大変か分かっているのかしら」


「天候魔法……それは、この雷雨のことか?」


「そうよ、素敵でしょう? 

 忌々しい陽射しなんて、昼間から閉ざすに限るというものよ」


 クイーンは不敵な笑みを浮かべて言った。


 吸血鬼には雄と雌がいるが、雌はより知能が高いと言われている。

 魔法の知恵を得られるほどの理解力を有しているからだ。

 厄介さは二割増しされ雄よりも討伐が困難となる、まさにクイーン。

 天候を操るほどの魔法なんて、一体どこで学んでくるのやら。


「あの小娘はダーリンにあげるけど……この子はあんまりおいしそうじゃないわね。もっと健康で鍛えてある男だと思っていたのに」


 失礼な事を言ってくるが、まあ事実だし反論はしない。

 ここ二日間くらい寝ていないしな、このまま見逃してくれると助かるけど……そんな様子はさらさら無いらしい。


 この状況全てがコイツら吸血鬼の罠だったとは、それも二人とも上位種ときた。

 面倒極まりない。


「残念だけど、あなたで我慢するしかないわね。血をもらえさえすれば問題ないもの」


「……数滴くらいならあげるけど?」


「何を言っているの、全部よ全部。

 一滴残らず飲み干してあげる……」


 和平成立ならず。


 クイーンは舌なめずりをしながらジリジリとこちらへ歩み寄ってくる。


 俺はなんとか踏ん張り、体を起こして再度剣に手をかける。

 金属音を立ててその剣身をあらわにした。


「あと数十分で星が見える頃合いか? 

 それまで、俺が生きていられるかどうか……」


「あはは! そんな粗末な剣で私が斬れるとでも?

 大人しくしていれば、優しく殺してあげるわよ」


 高笑いをしながら、背中から細身の翼を広げる。

 その強者の威圧に俺は少しばかり怖気付いてしまう。


「我が下に集いし猛る灯火よ、

 その威をもって地を焼き払え、『ブレイズ』」

 

 それは、魔法の詠唱だった。


 クイーンは片手を俺に向け、手のひらに魔力の流れを発生させた。

 暗い中、荒ぶる真っ赤な猛火の塊が辺りを照らす。


 詠唱により、精度が練り上げられた炎。

 雨に晒されているにも関わらずもろともしない強靭さ。


 そして、それに意識を集中した次の瞬間、俺の目の前は不快な紅色に支配された。


「私は、ダーリンみたいに踊ってやらないわ……さっさと肉塊になりなさい」

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