4 吸血鬼①
「初対面の相手ほど危険なものなどないだろうに」
扉が開けっ放しになり、膝をついた俺に容赦なく強い雨風が当たる。
雷雲が空を覆い、辺りは影に染まる。
それは本来あるはずの夕陽の暖色を断ち切っていた。
村長と思われていた雄の吸血鬼は、腕と翼を広げて高らかに笑っている。
「これほど簡単に上手くいってしまうとは! やはり人間は我々の食事に過ぎないというわけかな?」
態度は一変、その声が示すのは俺たちへの見下した煽りだった。
吸血鬼め、流石は知能ある魔物の中で一番悪質と言われるだけはある。
まさか家に、それも村の中に堂々と入ってきていたとは思わなかった。
「……っ! あなたが吸血鬼、だったんですか?
じゃあこの、痺れは……」
「いかにも。私が吸血鬼、
特上のカラカキアサガオの毒茶は……お気に召したかね」
キング……昨日の少女と同等の強さを誇る、通常より手強い吸血鬼か。
となれば、つがいの片割れはコイツ。
もう一体別にいる、おそらくクイーンだろう。
それに、カラカキアサガオときたか。
この地域には生えていない、主に北国に多く見られる有毒植物だ。その葉には強烈な毒があり、摂取しすぎると死に至る危険な花。
「……やり口がきたないな」
「狩りというのは確実に、だろう? おかげで新鮮な、それも冒険者という栄養素が高いディナーが手に入った……」
いつの間にか、吸血鬼の素朴な服装は黒いタキシードへとチェンジしていた。
全体的に黒く、暗い中でも特に目立っている。
そのイケオジな姿も擬態によるものだ。
タキシードを着たように見せるただの飾り、その裏面にはコウモリのような体が隠されているだろう。
無駄にイケメンでなのが少しムカつく。
「……ディナー? 私たちはそんなものになった覚えはありません。……吸血鬼、いつから村に」
「いつから? それこそ、村長という人間が依頼とやらを出した1ヶ月前からさ。
今ではここは私たちのレストラン、料理を出してくれる者がもういないのが残念だがね」
吸血鬼はテーブルにあったティーポットの先をそのまま口につけ、ダラダラと茶を垂れ流す。
目が血走っており、魔物特有の殺人衝動を限界まで抑えているのが分かる。
ゴブリンなどの人型では珍しい、こちらから何もしなくても襲いかかってくる魔物。
「――みぃんなこんな葉っぱに騙されてしまうのだから、たまらなくおもしろく、やめられない」
ニタリとした表情は伸びた犬歯を剥き出しにする。
その男は、絵に描いたような吸血鬼だった。
すでに手遅れだったようだ、村の人たちは俺たちと同じようにやられたらしい。
人間並の知識とはいえ、罠を仕掛ける奴は初めて見たな。
吸血鬼が人の血を主食としているのには二つの理由がある。
一つ目は他動物、人間の血を取り込む事により、それを体内で新たな魔力に変換できるからだ。
多く摂取すればするほど強力な上位種に生まれ変われる。
二つ目だが、完全な趣味とのことだ。
別に血でなくても問題なく生活ができるにも関わらず、人間を襲うのは血を吸う快感を味わうためだけらしい。
そのためなら、どんな手を使おうとも仕留めようとしてくる。
吸血鬼とは、快楽に溺れた生き物なのである。
『おしえて魔物図鑑』、第四章参照だ。
以下の理由があり、卑しく狡猾だと言われている。
「……特徴一致、タキシードの悪辣なコウモリだな」
「……では、私の依頼にのっている吸血鬼がクイーンでしょうか」
俺は脳内で依頼の用紙にあった姿と照らし合わせ、コイツが標的だと再認識した。
今すぐにでも村人たちの仇を討ちたいが、問題が重なってしまってまあ困った。
麻痺毒、
そして、雨のせいで正確に知る事のできない時間帯。
突破するには相当の胆力、賭けが必要だ。
下手に動けば死ぬと覚悟したほうがいい……。
「カスミ君。その状態でまだ、『必ず悪を討ち倒してみせます』と宣言できるかな?」
ティーポットをぶら下げ、挑発するような声色で話しかけてくるキング。
どうやらもう勝ちを確信しているらしく、余裕の表情をしている。
「レーヴァン君。その状態でまだ、『恐れるほど強敵ではない』と断言できるかな?」
俺たちの発言を思い返し、戦闘意欲を削ごうとしてくる。
有利になった状況ほど調子に乗るのも無理はないな。
さて、どうしたものか。
「そうだ、死ぬ前に少し話でもしよう、冒険者たち。このまま終わるのもつまらないからねぇ。
どうやって血を吸われるか聞きたい? それとも、人間の血がどんな味がするのかが気になるのかな?」
突然そんな提案をしてきた。
血に尋常ならぬ執着があるキングは、背を前に曲げて見下しながら話しかけてくる。
これは、思いがけないチャンスだ。
俺はまだ万全な状態ではない。
最優先するべきは、できるだけ長く時間稼ぎをする事だろう。
毒はまだ大丈夫だ。完全に体に回るまで一日……少し動きづらくなるが、目の前の吸血鬼を屠るだけの猶予はある。
カスミがどう対応してくれるのかも大切になってくる。
状況が整うまで、毒を食らった状態で戦ってもらうことになるかもしれない。
雌、もう一体いるとされる吸血鬼のクイーンが確認できない事に懸念に残るが、いないだけ好都合だ。
「……カラカキアサガオは寒い地方に咲く花、だよな? お前は、いや、お前たちは共和国から来たのか?」
「よく知っているではないか。そう、私たち家族は新たな殺戮を求めてこのアスタフェイ王国の地へやってきた」
よし来た!
そうやって思い出話をしていてくれ。
そうだな、あと……2時間くらいは無理ですか?
キングはティーポットを抱きしめた。
ここまで来た旅路を思い出すかのように、少しオーバーな仕草を披露してくれる。
「この国は喜びであふれていた! 村は数多く、森も豊か、絶えず生まれる
――理解不能だ。
魔物は魔物、会話はできても共存は叶わないという事を改めて知れた気がする。
俺とカスミは二人して何とも言えない顔をした。
「だが……そんな幸福だった私たちにも悲劇が訪れてしまったんだ。つい先日、娘が不幸にも命を落としまった」
キングは声のトーンを少し下げ、幸せそうな顔から悲しむような顔に転じさせる。
娘が死んだという話はどうやら事実だったらしい。
……自分の子には慈しむのか。
コイツの命の価値観はどうなっているんだ? 泣き喚く小さな命をいくつも食らってきただろうに。
「娘は可憐で、美食家でもあった。より質の良い血を求める子だったが、それもあって強く、より美しく育ってくれた……」
「……知ったことか」
「………………」
呆れる、つい言葉に出てしまったじゃないか。
雨に打たれていることなんてもう気にしないほどに、目の前の吸血鬼の語りにひどく嫌悪した。
「親愛なるサレンの最後を看取れなくて、残念だったよ。
……私はあの吐き気のする魔力を放っていた男を決して許しはしないだろう。見つけ次第八つ裂きにして、娘の代わりに味を嗜んでやる所存だ」
……結局食欲しかないじゃん。
吸血鬼の娘にも多少は同情してしまう。
こんな親は親とは言えない、愛のない肉食獣に過ぎない。
「……とはいえ、あの男には手は出せないさ。
まだ十分な血を補給できていない、今戦えば娘のように一太刀で終わるからね。
そのために、君たちを待っていたのだよ」
話してくれとは思ったが、ずっと血に関することだったな。
今までどれくらい多くの人間を襲ったのかだけがよく分かる。
人の形をしていても、在り方だけは全く別物なのだろう。
「娘を殺された怒りはその場でグッと堪えてね。
引き返して、結局はこの村の人間たちに贈ってあげたのだ」
「……この虐殺のほとんどが気分、感情のものであったと? あなたはそう言うんですか……!」
「その通りだよカスミ君。
世界は私たちを歓迎こそしてくれはしないが、自由という名の権利を寄越した――」
キングは翼を一回り大きく広げ、後ろを振り向き家の中を歩き回る。
と、そこで俺はカスミにそっと耳打ちをされた。
キングには聞こえない小声で伝えられる。
(……レーヴァンさん、隙を見てこの解毒剤を飲んでください)
カスミは手持ちのポーチから、青い小瓶を取り出して渡してくる。
(おお! 用意周到だな」
(これはあくまで市販のポーションです。……せいぜい毒を抑え込む程度ですが、戦えるくらいには回復できるはずです)
そんな貴重価値が上がった解毒のポーションをカスミはよりにもよって俺に託してくる。
それはダメだ、好機ともいえる状況を無駄にまでして俺が飲む必要性は全くもってない。
(それはカスミが使ってくれ、その方が有利に事が進む)
(私はただのBランク冒険者です。キングと知った今、渡り合えるかどうかは分かりません)
それだけでも十分だ、俺が使うより全然マシだろう。
俺は小瓶を弱く押し返して拒否を示す。が、カスミはその行動に焦り、驚いた。
(私はBランクですよ!? こんな依頼だって渋々受けたわけで、冒険者としての任務も初めて……)
(……Bランクがどうしたんだ?)
かなりのベテランだと思うんだけど。
帝国では基準が違うのだろうか。
(大丈夫大丈夫、俺だってEランクだし。
絶対カスミが使った方が良い……どうしたんだ?)
(い、Eランク……!? じょ、冗談はよしてください、なら何故この依頼に……)
(って今はそんな事はどうでもいい。
早く飲まないとポーションの存在を知られるぞっ)
飲むタイミングも見計らなければいけないため、決して油断ならない。
知られてしまえば真っ先に襲ってくるだろうしな。
ならば、もっと何か、
「そういえば……その娘って昨日斬った奴に似てるような」
「――今なんと言ったか?」
無意識に呟いてみると、ペラペラと喋っていたキングの意識がこちらに向いた。
俺が願った展開は突如として叶ってしまった。
「おっと、口が滑った」
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