2 冒険者の仕事
――俺は元々学生だった。
この世の神秘である魔法を学ぶため、王都の魔法学園に進学した。
試験に受かったと聞いた時は泣いて喜んだのを覚えている。
だが、その嬉しさは束の間に過ぎなかった。
何故なら、知識と実力の両立ができないから。
基本の魔法ですら展開できない事に、学園に入ってから今さら気が付いてしまったんだ。
馬鹿にされ、無能とよばれ、この学園に相応しくないと、かつての友人に言い放たれた……。
俺の心はあまりに脆く、劣等感を抱く事に耐えかねてわずか4ヶ月で退学した。
このままそこに居れば頭がおかしくなると思ったからだ。
「――ユート、どうしてお前は無能なんだ」
俺の両親は、その事について怒りを露わにした。
せっかく合格した魔法学園を、自らの手で終わらせた事に理解ができないと叱った。
その結果、自立という形で俺をレーヴァン家から追放。
跡取りは優秀な兄だけでいい、無能で次男であるお前には、もはや希望はないと言うように。
ただ、悔しかった。
反抗もできない弱いままの自分が憎かった。
雨の降る王都を彷徨う中、通りすがる冒険者達を見て羨ましいと思った。
縛られる事なく自由に生き、自由に死ぬ事が許された職業だからだ。
「……ああ、俺もこんな風に生きられたらな」
「――なら、お前もなればいいじゃないか」
傘をささずいると、突然声がかけられた。
この巨漢の騎士との出会いが、俺の人生に大きな影響を及ぼしたのだ。
□□□□
「良くやったぞ、全然この依頼を受けてくれる奴がいなくて困っていたんだ」
「……何でギルマスが直々に確認するんですか?」
冒険者ギルドには、組合のトップだけが立ち入れるVIPな部屋がある。
それがマスタールーム。
本来であれば、国王や騎士団責任者、ギルドマスターから許可されたS級の冒険者と掃除のおばさんしか中には入れないらしい。
そんなマスタールームだが、普通に入れた。
今いるこの部屋こそがそうだ。
ギルドマスターと仲がいいからという補正が働いているのだろうか。
「よし、じゃあ次の依頼に――」
「ちょ、ちょっと待ってください。それはまた明日、いや明後日にしてもらえませんか?」
「ダメだ。……先月の最低活動基準を先送りにしてやったんだぞ? これ以上のサボりは俺でも放ってはおけん」
次の依頼の詳細が書かれた紙に、マチチョウは俺の名前を勝手に記入する。
冒険者はある程度の活動をし続けなければ、ギルドから除名されてしまう制度がある。
それを俺はマチチョウに先月、『今月の分を来月に回してくれ』と頼み込んだ。
そして、その来月がやってきてしまったのだ。
溜め込んだ依頼を一斉消化している訳である。
「せ、せめてあと一日だけ……」
「今回の依頼も“吸血鬼”の討伐だ」
俺の願いを無視し、ぴらぴらとその紙を見せてくるマチチョウ。
本当に今さらだけど、冒険者にならなければ良かったと思った。
こんな重労働だとは思わないじゃん……。
冒険者の主な仕事といえば、それは害するものを取り除く事だ。
中でも多いのが、【ダンジョン】の撤去。
ダンジョンとは、世界中に発生している自然災害の一種。
モンスターと呼ばれる害獣が生息している迷宮のような空間の事だ。
山や森、稀だと村の中心に現れるなんて事もある。
放置しておけば境界線を越え、ダンジョンの中からモンスターが溢れて出てきてしまう。
それを防ぐために、国は冒険者ギルドを発足しダンジョンに対抗できる者達を募った。
今では多くの冒険者がダンジョンの攻略に励み、世界の均衡を保っている。
が、俺はそんな危ない仕事はしていない。
俺がしているのは、残り物だ。
「吸血鬼……最近増えてきてますね」
吸血鬼とは人型の魔物だ。
人間の血を好み、度々村に現れては食事という名の蹂躙を企んでいる悪質な生き物。
人間並の知識があり、他者にとって最も友好的と思わせる容姿に擬態する特徴がある。
常に擬態して現れるので、吸血鬼かどうか見分けるのは難しい。
日中には絶対に現れないレアな魔物であるため、吸血鬼と会うのなら夜に行動を制限される。
俺が昨日討伐した吸血鬼は、クイーンと呼ばれている上位種。
その名の通り女王級の奴だった。
「昨日行ってもらった森とはまた違う森に、つがいで村を襲っている吸血鬼がいると通報が入ってな。
それをお前に任せたい」
「……最近そんなんばっかですね」
魔物討伐の依頼は、人気がない。
大抵の魔物はすでに体が腐っており、金に変わるものが限られている。
報酬が乏しくて冒険者たちにウケが悪い。
民衆に感謝はされるが、生活維持が難しい。
一方でダンジョンは宝そのものだ。
出現するモンスターの皮や肉、爪に至るまで大変良い質であるため商人たちに重宝される。
モンスターは無限にダンジョン内で発生するので、狩りには最適だった。
魔物とモンスターの違いで、これほどの差が出てしまう。
冒険者たちはどちらの依頼が最終的に得するかを想定して、ダンジョン撤去の方へ偏るのだ。
俺はその余り物の後片付けとして、マチチョウに冒険者にならないかと誘われた。
いいようにこき使われているようにしか思えないが……。
「採用試験をすっぽかして冒険者にしてやったんだ。その分、働いてもらわなきゃな」
「じゃあもっとランク上げてもらってもいいですか? 今まで相当な数の依頼をこなしてきたのに……」
通常、冒険者になる為には採用試験を突破しなければならないルールがある。
二年前に俺も当然やったが、力振るわずリタイア。
諦めて立ち去ろうとした時、俺が話した
その反則とも言える優遇処置がのちに響いてしまい、俺のランクは何年経っても上がらないようになってしまっているのだ。
「Eランクなんてみんなに舐められるし、貰える報酬だって少なすぎる……。このままじゃ、いつか俺飢え死んじゃいますよ?」
「仕方ねえんだ、そういう契約だろ? 続けていられるだけ感謝してくれ」
「そんなぁ……」
冒険者ランクは、ギルドへの貢献度と実力によって定められる昇級制度だ。
SからEまで存在し、高いほど実力が高い。
誰でも時間をかけて頑張れば、Bランクにはいずれなれると言われている。
Eは最底辺の駆け出し。
CからDは脱初心者。
Bは中堅、Aはトップクラス。
最高ランクのSは、揃って天才と言えば分かりやすいだろう。
何かとギルドから優遇される事が多い、なにせ最高戦力として認められているからな。
そして、俺は駆け出しレベルのEランク冒険者だ。
依頼を一つ達成させると簡単にDに上がれるのだが、ギルドマスターの権限により不動となっている。
……よく考えるとブラックなのでは?
「依頼の期限は2日。それ以上を過ぎると失敗と見なすから、なるべく早く森に向かう事だ。分かったな?」
「……はい、もう分かりましたよ……」
「目撃した場所の詳細や、吸血鬼の特徴はこの紙に全部記してある。残さず駆除して来い」
依頼受注の証明ハンコが押され、半ば強引にその紙を手渡された。
全然乗り気ではないが、失敗したり放り出したりすると無職に転職してしまう。
仕事のアテなんて他にあるわけもないので、俺はたとえ行きたくなくても行かなければならない。
「……ポーションでも買ってから向かおう。疲労緩和の効能、まだ売り残ってたかな」
怠さと面倒くさい気持ち、寝不足を引きづりながら、俺はマスタールームを後にした。
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