1 ルーキーではない

 人が最も活発に動き出す昼時。


 俺はひどい寝不足に見舞わられながらも、人混みの中をかき分けて歩く。


「今日は、やけに人が多いなっ……」


 労働者にとっての生きがい、休日という制度が発動する日だった。

 いつもよりも人が多く、露店の並ぶこの通りはとても混雑していた。


 強い日差しが国を照らし、まさに今日は絶好の洗濯日和だろう。

 俺にとっては、太陽さんなんて今すぐに消し去ってしまえばいいのにと思わせる天気だが。


 なんとか目的地である石造りの建物までたどり着いた。

 俺はその鉄扉をゆっくりと片手で開けようとする。


 ……が、扉はびくともしない。


 俺の筋力はまるで赤子のように発揮しなかった。

 何度も引いても変化はない。


 これを毎日繰り返しているような気がして、さらに怠さは増してしまった。


 俺は生まれつき運動は苦手、というかあまりにも身体能力に恵まれない体を持っていた。

 重い荷物は最低限しか持てず、剣を振るおうにも持ち上げようとして腕が折れそうになる。


 日々、その悲しさを痛感しながら生きているのだ。

 別に体が細いとかそういう問題ではない。

 ただ単に、力がないだけだ。


「はあ……めんどくさい」


 ここまでずっと日に当たり続けて、ようやく逃げられると思っていたのにこのザマだ。

 ダラダラと汗が垂れてきて鬱陶しい。


「このまま帰っちゃおっかな〜……なんて」


「あの、どうかしました?」


 ふと声がかけられた。


 振り返ってみると、俺の後ろには数人の冒険者らしき人達が並んでいた。

 どうやら、俺がもたもたとしているうちに待たせる形にしてしまったらしい。


「ああごめんなさい! お、お先にどうぞ……?」


「? ええ、ありがとう。行こう?」

「う、うん」


 冒険者達は俺が開けられなかった扉をいとも簡単に開けて、目の前を通り過ぎていった。


 そして、俺はそのチャンスを見逃さない。


 あと少しで閉まろうとしていた扉の隙間に流れるように体を入れた。


 ガタンと音がして、扉は完全に閉まる。


「ふう……今日もなんとかなったな」


 日常は命懸けなのだ。

 人は助け合いなんて言うし、これを惨めなんて誰にも言わせない。


 建物の中も、酒場があるせいか外と変わらず賑わっていた。

 並べられたテーブルは満席で埋まり、発生した熱気がこちらまで伝わってくる。


 今日も屈強な男達が昼から酒を楽しんでいた。

 俺はまだ十七歳。未成年なので、酒の味は分からない。

 とりあえず酒臭いのは嫌いの一言である。


 この場にいる全員に共通している事がある。

 それは、物々しい格好をした【冒険者】である事だった。


 冒険者は男女問わず、年齢問わずの夢のある人気職業だ。俺も、そのうちの一人である。


 生活に支障を来たす問題を解決する、言い換えれば、腕の立つ何でも屋みたいなものだ。


 依頼を受け、達成する事で報酬を得られる。

 夢や財、名誉を手に入れる事も可能だ。

 それこそが、人気たる由縁だろう。


 それゆえに、難しい職業でもある。

 時には危険も伴うため、命を捨てる覚悟のある荒くれ者か、一攫千金を狙う若者がその割合を占めている。


 それを支え、管理するのがこの冒険者ギルド。

 ギルドの運営側は冒険者側をサポートする組合だ。


 依頼の難易度を可視化してくれたり、怪我をした際の手当も担ってくれたりと色々支援する。

 

 そんな酒場と両立した冒険者ギルドだが、ギリギリ清潔感は保たれていた。

 少なくとも掃除はきちんとされているようだ。


 垂れてくる汗を拭い、俺は正面にある受付カウンターに向かう。


「冒険者ギルドへようこそ! 今日はどう言ったご用件でしょう?」


 明るい声で出迎えてくれる受付嬢。


 俺は提げていたポーチから、一枚の紙を取り出す。


「依頼を達成したので、それの報告を」


「はい、では確認しますね。えーっと……お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「……ユート・レーヴァン、冒険者ですよ」


「レーヴァンさん……申し訳ありませんが、冒険者カードを拝借しても?」


 ちなみに、このやり取りをするのはこれで五度目。


 冒険者登録をしてからずいぶん経つが、未だ顔を覚えてくれないらしい。

 一種のいじめかと思われたが、公平さを求めるギルドにとってそれはあり得ないとすぐに考えを止めた。


「はい……確かに冒険者のレーヴァンさんですね。

 少々お待ちください」


 冒険者カードを受け取ると、受付嬢は奥の部屋へ行ってしまった。


「はあ、また待つ羽目になるのか」


 いくら俺に覇気がないからって、毎度毎度確認をするのはやめてほしい。


「おう若いの! その面、さては新入りだな? なら俺が直々に指導してやるよ!」


 そもそも、あの受付嬢は何度も俺の顔を見ているはずだ。

 ギルドマスターとも面識はあるし、依頼はしっかり全部こなしている。

 もう認知されたと思ってたけど……。


「おい、聞いてんのか?」


「もう少し人との接触を増やした方がいいか? 友達が少ないのもそのせいかもしれない」

 

 でもそれは仕方なくないか? 

 俺だって冒険者同士の知り合いくらいは欲しいけど、受ける依頼はいつだって……。



「聞いてんのかって聞いてんだよガキッ! いい加減シカトするのをやめやがれ!」


「……え? 俺?」


 先程から聞こえてくる大声は、どうやら俺に向けられていたものだったらしい。


 後ろには、俺の背丈の倍くらいある大男がいた。

 店のジョッキを持ち、全身を若干錆びついたアーマーに着込んでいる。

 この男も、格好からして冒険者だろう。


 ……酒臭いな、酔っ払いが俺になんの用だ?


 あまりにも暑いのでついぼーっとしてしまっていた。

 ギルドにもそろそろ冷暖房の魔道具を付けた方がいい。


「俺をありがたい指導を無視しようとは、いい度胸じゃねえかよぉ? 

 先輩の助言は大人しく聞いておくべきだぜ」


 俺を高くから見下ろしながら、顔を赤くして大男は笑みを浮かべる。


 こういった絡みは少なくない。


 少しベテランだからと言って、マウントを取るのはもはやギルドでの茶飯事だ。


「ギルドにそんな武器も持たねえ軽装…………舐めてんのか? ここはお子様が来るような場所じゃねえんだよ!」


 表情がコロコロと変わる大男は、誰もが注目する中でさらに目線を集めるように怒鳴る。


 きっと、これをする理由は知名度を上げるためだろう。


 どんな形だとしても、存在を認知してもらえさえすれば寄ってくる奴は多い。

 内容は様々だが、冒険者というのは他人を利用したがるからな。

 パーティーが足らない時に、丁度いい奴はいないかと探す手間が省けるとかだな。


 そして俺はその引き立て役、標的にめでたく選ばれてしまったわけだ。


「……はあ、めんどくさいな」


 さて、どう対処したものか。


 下手に刺激すると、こういった輩はすぐにプッツンと怒りの臨界点を超えてしまうのだ。


 最悪、胸ぐらを掴まれてグーパンなんて事も普通にあり得る。

 ギルドには荒くれ者が多いと聞いたが、近年はちょっと増えた気がする。


「少し気分が優れないんだ。その、ありがたい指導はまた今度にしてくれないか?」


「ああ!? クソガキが、誰がお前に指導? お前みたいなヒョロい奴に教えることなんざなんにもねぇよ! 大人しく家に帰ってママに泣きついてなッ!」


 ……話を聞いてないなこりゃ。


 この大男は自分の発言に対しての記憶がすでに欠落している。


 これだから酔っ払いは嫌いなんだ、意識がはっきりしていないから言葉が通じない。


 ちなみに、このやり取りをするのもこれで実に三度目になる。


「ったく……いいか? 今から冒険者登録なんかしても遅いんだよ。今じゃ中堅の方が圧倒的に多いからな、どうせ落ちぶれるだけだからやめとけ。お前なんかに、美味い依頼を横取りされたりしたら、殺しちまうかもしれねえな」


 大男はジョッキを口に持っていき、酒をごくごくと飲み干した。


「引き返すなら、今のうちだ。

 冒険者になった洗礼として……他の奴らにリンチにされるなんて不幸もあるらしいからなあ?」


「…………」


 忠告なのか脅しなのかは明白であった。

 

 これ以上関わると本当に面倒な目に遭いそうだ。

 割と本気に言っているようにも聞こえるからな。


 それに、俺はもう冒険者登録なんてとっくの昔に済ませてある。

 適当にあしらって、隙を見て逃げ出そう……。


「なんとか言ったらどうだぁ?

 今すぐ登録費を差し出せば、まあ見逃してやらんことも――」


「おい、何をしている」


 全速力でダッシュする体勢を取ろうとして、低いダンディーな声に止められた。


 カウンターの方を見ると、そこには大男よりも背の高い巨漢が佇んでいた。


「フレッド、あれほど騒ぎを起こすなと忠告してあったはずだが?」


「ギ、ギルドマスター……!」


 この巨漢は、このアスタフェイ王国支部の冒険者ギルド総取締り役、【ギルドマスター】のマチチョウ。


 鍛え上げられた筋肉、髪の毛一つないスキンヘッド。少しキツそうな黒いギルドの制服を着ている。


 普通に歩いているだけでも他人を萎縮させるような威圧感があり、かなりの有名人である。


 元王国騎士団の一員で、実力と統率力を認められた人物。

 騎士団を引退した後にギルドのマスターに就任したエリートだ。

 

 この人のおかげで、俺は今も冒険者としてやっていけていると言っても過言ではない。


「見せ物はしまいだ、みんな散ってくれ!

 こんな蒸し暑い日にあんまり密集するもんじゃねえだろう?」


 マチチョウの声に、冒険者達は各々の用事に意識を再び傾ける。


 俺はようやく集中した目線から解放され、気が楽になった。


 俺をからかっていた大男も、納得いかないような顔をしながらもテーブル席に戻っていった。


「はあ…………おいユート。いい加減に的にされんのはよしてくれないか? 流石にワザととしか言いようがないんだが」


 マチチョウはギチギチに着た制服を筋肉で動かして、嫌そうな顔をして俺に言ってくる。


「俺だって勘弁ですよ。ただギルドに来ただけなのに、ルーキーと間違えられるなんて……」


 冒険者じゃないと面と向かって言われたのは少しショックだったな。


「まあいい、とりあえず報告を済ませてくれ。

 話は……マスタールームでするとしよう」


「……いちいちめんどくさいので、受付の人に顔を覚えてもらえるように言ってくれます?」


 ひどい疲労感に襲われながらも、カウンターの奥にある部屋に招待された。


 重い足取りで、俺はマチチョウの後ろについていった。

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