その冒険者、夜行性につき〜最強と最弱の両立〜

ない

第一章 吸血鬼と針の獣

プロローグ

 満月の見える、風の気持ち良い夜だった。


 暗い森の奥。

 俺はある人物に会う為に、舗装が崩れた道の真ん中を歩く。


 周囲には誰もいない、皆がベッドで眠る時間帯だからだろう。


 森には高い虫のさざめきだけが鳴り響く。


 俺は贈り物の剣を握り、新調したブーツでザッザッと地面を踏みつける。


 やがて、葉の間から漏れた月明かりに照らされた、一人の少女の姿がみえてきた。


 目立つ黒いドレスを着ており、燃える炎のような紅の長髪を吹いた風になびかせる。


 可憐な容姿をした、妖艶なオーラの少女だ。


 俺の存在に気づいたその少女は、実に不思議そうな顔をした。


「……誰? どうしてここに……」


 俺はさらに歩を進め、少女と同じ月明かりの下に出る。

 

 今の俺の状況は、まさにだ。


 選択を間違えれば、大事な自分の命が奪われてしまうだろう。


「今夜は、月が綺麗だな」


「……そうね、絶好の散歩日和だわ。

 あなたのような不審者が目の前にいなければ、もっと美しく見えるでしょうね」


 少女は優しく微笑んでいるように見えるが、俺は知っている。

 その裏には俺には到底理解できないような憎悪、殺気に溢れているだろう。


 外面では平気そうな顔をしているが、心臓の方はバクバクとうるさい。


「不審者とは手厳しいな。

 あなただって……俺とそんなに変わらないでしょうに」


 目に見える挑発を受けた少女は、実に不愉快そうに顔を歪めた。


「あら、あたしを知っているのね?

 道理でその薄汚い剣を提げているわけね、?」


 自分の正体を看破されたと知って、少女は不敵に笑い出す。


 彼女が喋り尽くすまでは、何もアクションを起こしてはいけない。

 隙を見せるまで……待つ。


「剣にブーツに、胸の盾のシンボルマーク。大方冒険者ってところかしら?

 何にしても、あたしの前に一人でお迎えなんてなかなか度胸があるわね」


 彼女の紅い瞳は真っ直ぐと俺を見ていた。


 俺の考えを読もうとしているその様は、寒気すら感じるものだった。


「それで? 何しに来たのかしら。

 あたしはこの先の村にしか興味はないわ。

 今なら……跪いて懇願すれば見逃してあげるかもしれないわよ?」


「その必要はないでしょう。

 どうせそんな願いは通らないし、下げた僕の頭を踏みつけるのがあなた方の性癖のはずですが?」


 静寂が訪れる。


 少女は笑みを消し、冷たい目を向ける。


 月は曇り空によって半分が覆われ、少女のいる世界を黒く染めていく。


「……あなたは本当に物知りね、

 それを分かっていてもなお、あたしの目の前に現れる動機は?

 ひょっとして、自殺志願者か何かなのかしら」


 突如として気配を変えた少女。


 影の世界に大きな翼を広げて、空気を揺らすように魔力を放ってくる。


 その膨大な魔力は周囲の虫の音を黙らせ、空間を我が物としようとしていた。



「そうなら早く言ってちょうだいよ……、

 ――引き抜いたあなたの血をワインと混ぜて、村のご馳走たちと一緒に並べてあげるのに!」



 本性をさらけ出した化け物が吠えたと同時に、俺は地を強く蹴っていた。


 彼女のいる影の世界に自ら入り込み、剣を構えて振りかざす。


 彼女はきっと俺の速さに反応できない。

 俺を完全に弱い獲物として見ているからだ。


 そして、俺は彼女の肩から右斜めに斬りかかった。


「――は?」


 化け物はそんな間抜けのような声を絞り出す。


 剣は無事に化け物を切り裂き、文字通り一刀両断した。


 理解できないと驚いた顔をした化け物。

 姿を徐々に醜い見た目へと変貌させ、切り口から黒い血を流す。



「……甘く見たな、上位吸血鬼クイーン

 ようやく大きな隙を見せてくれた……魔力の無駄な放出なんて、斬ってくださいと言っているようなものだ」


 剣に付いた血を振り払い、俺は跪いた無様な化け物を見下ろす。


 依頼通りの見た目、詳細と一致している。


 黒い大きな翼に、白く尖った2本の長い牙。

 細長い爪と、コウモリのような見た目。


「どんな姿をして欺こうと……臭いがダダ漏れだ。

 近頃、違う付近の村で一滴の血のない死体が発見されたらしいが、これはお前の仕業で間違いないな?」


『お、お前は……一体……』


 先程とは違う汚らしい声色で俺に聞いてくる。


 もう少しで死ぬな。


 俺の特殊な太刀で斬られて、長くなんて持つはずないだろう。


「お前の言う通り、俺は働き者の冒険者だよ。

 ……まあ、夜にしか働けないのがたまきずだがな」


 化け物の問いに答えた後、討伐の達成を確認した。


 俺は近くの手頃な岩を椅子にして、化け物を尻目に深くため息を吐く。


 夜勤は辛い、寝る時間なんてほとんどない。

 久々に、ギルドのふかふかベッドで夢を見ていたい気分だ。


「……後処理、めんどくさいなぁ」


 俺はそんな独り言を吐きつつ、いつの間にか晴れていた空を見上げた。


 月の周りには多くの星々が輝き、より幻想的になって世界を見下ろしていた。


 

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