第二話 腐りかけに味の深さが出る

「いらっしゃいませー」


 小太りにメガネの男性客が来店。これは初見だな。人入りの少ないコンビニあるあるかも知れないが、3ヶ月も働けば常連客の容姿はある程度インプットされる。


「あっ、お客じゃないです。先日強盗に入らせていただいた坂田です」


 聞いた事の無い丁寧な自供、もし店長がこの場にいれば間違いなくクビだったろうな。しかし、深々とハゲ散らかした頭を下げている所を見ると、きっと根は真面目なのだろう。そして多分バカだ。


「えー、とりあえず店長に坂田さんの事紹介しとくから履歴書代わりに簡単なプロフィールだけ教えて」


「はい、坂田道夫さかたみちお35歳です。5年前までパティシエをしていました。彼女とは昨日に音楽性の違いで別れました」


「ほー、35歳なんだ。はい、じゃあとりあえず更衣室で着替えてきて」


 俺と同い年である事、彼女との別れ、パティシエ、つっこむと長くなりそうだったので敢えてスルーをかまして仕事に就かせる事にした。品出し、レジ打ち、掃除、廃棄処分、ゴミ出し。坂田は予想をことごとく裏切るかの様に仕事の覚えが早かった。これは、とんだ拾い物かも知れない。1時間もすれば教える事もなくなったのでレジに2人で並んで入ってみる事にした。


「あのー、田中さん?」


「ちょっと黙って。今いい所だから」


 俺は今、猛烈に感動している。側から見れば同じ制服を着た小太りでハゲのおっさんと隣に並んでいるだけの光景。しかしこれは、俺からしたら5年間も待ち望んだいた光景。所詮バイト仲間、されどバイト仲間。視線の先は違えど同じ時間を共有するというのはこんなにも感慨深いものだったのか。


 坂田よ、お前に腹部を刺された事は水に流そう。と不意に坂田の方に目を見やるとレジ横のあんまんをホフホフと頬張っていた。


「はっ?」


「ホフホフ……いや、違うんホフよ。スチーマーにぎゅうぎゅう詰めだから全体が温まっていないし、見栄えも悪いんですよ。後、廃棄処分の見切りが早すぎます。なんせ、食材の多くは腐りかけに味の深さが出る。バナナなんて少し黒ずんでからの方が香りも甘みも強くなるんですよ」


 坂田はあんまんの最後のひと口をひょいと口に放り込むと廃棄処分したバナナと牛乳を持ってレジ奥の調理場へと消えていった。


 5分後、「ほら、これ飲んでみて下さい」と坂田から得意げに差し出されたのは即席のバナナオレだった。俺はそのバナナオレを恐る恐る口へと含んだ。滑らかな口当たりとは対照的にズドンと来る豪快なバナナの香りが口から鼻へと突き抜ける。喉を通る頃には、脳が、身体が、「もう一口、もう一口」と至福のアンコールを求めていたのだった。


「これは……うまい」


「そうでしょ。まぁ賞味期限前なら使いようがあるんで食材関係は任せて下さい」


 そう語る汗ばんだ坂田の背中が少しだけ大きく見えた。坂田道夫、殺人エロガッパだと侮るなかれ。奴にはこのコンビニのを変えてもらおう。



「腐りかけに味の深さが出る」か。皮肉にもゾンビな俺には響いたよ。

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