第一話 終わりの始まり

 


 俺は今、床に転がりながら「痛いー痛いー」と血の滲む腹部を抑えている。

 

 深夜のコンビニバイト中、目出し帽に黒のジャージ姿というまさしく強盗犯な奴にナイフで腹部を刺されたからだ。衝動的に刺された腹部を抑えながらのたうち回ってはいるが、本当は痛くもなんともなかった。


 そんな事より、モップがけをしたばかりの床に広がる自分の血を見て「あーあ、店長と交代の時間までのんびりしようとしてたのにまた掃除かよ」なんて悠長な事を考えていた。次第にその俺の怒りは傍らでレジの金を掻き集める強盗犯へと向けられた。


「おい、どうしてくれるんだよ?」


 平然と立ち上がる俺を見て強盗犯は分かりやすく腰を抜かした。尻餅をつきながらも右手でぎゅっと握ったナイフの切っ先を俺に向け、「動くな刺すぞ」と脅している。


「いやいや、もうすでに刺してきたじゃん」と冷静にツッコミを入れられる辺り、俺は痛くもない凶器に恐怖を感じなくなっていた。


「それで、どうするの? 人刺して、金盗んで逃げた所で捕まるよ? その行動に理解が出来ない」


「金だ。金がいるんだよ。彼女が病気なんだ、明日までに手術代の10万を振り込まないと死んでしまうんだよ!」


 目出し帽の中に映る強盗犯の目はとても綺麗で嘘をついているとは思えなかった。しかし、早急に生死を問う手術の代金が10万円な訳がないし、興味本位で強盗犯の話を聞く事にした。


 その彼女とは、半年前にマッチングアプリで知り合い結婚を意識した仲だという。彼女の両親とも電話で話した事があり、二人の仲を応援してくれているらしい。しかし、ロシアのスパイとして働く彼女は朝から晩まで毎日20時間労働の上、ありとあらゆる病気とアレルギー持ちで実際にはまだ会った事がないとの事。


 全く意味の分からない話をツラツラと話す強盗犯に俺は怒りを通り越して同情してしまった。


 また、スパイ活動中の彼女が中国に捕まった時には身代金として5万円を(中国さん)という名義に振り込んで助けた事もあると自慢されたが、なんとも嬉しそうに話す強盗犯が今度は哀れに見えて来た。と同時に自分の人生を投げ打ってまで詐欺紛いの彼女に価値を見い出している所がどこか羨ましくも感じてしまった。


「まぁ、あれだ。なんかわからないけど、俺も生きてるし10万やるからその分ここで働けよ」


「えー、ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 そんなこんなで彼女持ち?の強盗犯がバイト仲間に加わった。コイツの初仕事はもちろんモップがけからだ。

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