事務所内に、ものすごい音が響きました。
全身が震え上がるほどの大きな音に、波部は顔をひどく歪めます。何があったのかとおもむろに目を開けた瞬間、床に倒れ込んだ市本と、恐ろしい力を拳に入れたままそれを見下ろす、藤田の姿が飛び込んできました。
それまで所々から漏れていた悲鳴は、いつしかすべて、消え去っていました。
「お前、ふざけんなよ。黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。お前こそ自分の担当のくせに知らんぷりすんじゃねぇよ」
それは、地獄の底から這いつくばってきたかのように、おぞましく震えた声でした。
冷たい汗が、波部の全身から噴き出します。
「新入社員の時から思ってたんだ。お前は自分のペースを乱されるのが嫌いで、自分の仕事のやり方に絶対的な自信を持ってた。上司にそれを指摘されても改めるどころか、ずっと陰口を叩いて、根拠の無い悪口を周りに言いふらしてたよな。前の所長はそれで異動になった……。学生時代は最高のエリートだったか知らねぇがな、社会人としては最低だな」
「藤田くん、もうそこら辺に……」
「お前と同期だなんて本ッ当ありえねぇよ!!」
床にへばりついてしゃくりあげる市本を、藤田は周りの制止を振り切って粗雑に蹴り続けました。何度も。何度も。
それは藤田の、元来の横暴で短気な性格が露呈した瞬間でした。
「自分の失敗を人のせいにして、人に責任をなすりつけて、都合が悪くなったら自分は悪くないの一点張り。相手が間違ってると決めつけて、散々罵倒してやれば自分が勝てると思ってる。自分が一番正しいと思ってる」
数人の制止する声を突き破って、ものすごい怒鳴り声が事務所に響き渡ります。
波部は、まるで自分が怒られているような錯覚に陥りました。
記憶を消してくれと頼んだ、例のミスを犯してこっぴどく怒鳴られた時と、まったく同じ感覚だったのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます