事務所内に、ものすごい音が響きました。

 全身が震え上がるほどの大きな音に、波部は顔をひどく歪めます。何があったのかとおもむろに目を開けた瞬間、床に倒れ込んだ市本と、恐ろしい力を拳に入れたままそれを見下ろす、藤田の姿が飛び込んできました。

 それまで所々から漏れていた悲鳴は、いつしかすべて、消え去っていました。


「お前、ふざけんなよ。黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。お前こそ自分の担当のくせに知らんぷりすんじゃねぇよ」


 それは、地獄の底から這いつくばってきたかのように、おぞましく震えた声でした。

 冷たい汗が、波部の全身から噴き出します。


「新入社員の時から思ってたんだ。お前は自分のペースを乱されるのが嫌いで、自分の仕事のやり方に絶対的な自信を持ってた。上司にそれを指摘されても改めるどころか、ずっと陰口を叩いて、根拠の無い悪口を周りに言いふらしてたよな。前の所長はそれで異動になった……。学生時代は最高のエリートだったか知らねぇがな、社会人としては最低だな」

「藤田くん、もうそこら辺に……」

「お前と同期だなんて本ッ当ありえねぇよ!!」


 床にへばりついてしゃくりあげる市本を、藤田は周りの制止を振り切って粗雑に蹴り続けました。何度も。何度も。

 それは藤田の、元来の横暴で短気な性格が露呈した瞬間でした。


「自分の失敗を人のせいにして、人に責任をなすりつけて、都合が悪くなったら自分は悪くないの一点張り。相手が間違ってると決めつけて、散々罵倒してやれば自分が勝てると思ってる。自分が一番正しいと思ってる」


 数人の制止する声を突き破って、ものすごい怒鳴り声が事務所に響き渡ります。

 波部は、まるで自分が怒られているような錯覚に陥りました。

 記憶を消してくれと頼んだ、例のミスを犯してこっぴどく怒鳴られた時と、まったく同じ感覚だったのです。




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