「藤田さん、今日全体的に手すきなので何かあったら言ってください」

カミがここにいる……」

「大げさです」

「いやぁ最近ずっと忙しくてさ、誰かが現れるのを待ってたんだよ……とりあえず郵送頼んでいい?」

「わかりました」


 目の前に積み上がった請求書と角封筒の山を腕に抱えて、波部は自席に戻りました。この時期は、会社が抱えている顧客の締め日と重なって大忙しです。顧客との打ち合わせや見積書の作成、トラックの手配、請求書の発行やその郵送、その他諸々の付帯作業の数々――それはそれはもうわんさかあります。


 ――あ……。


 ふとビルの窓から空を見上げると、今にも泣き出してしまいそうな曇り空と目が合いました。天気予報では、確か一日中晴れだと言っていたのですが。


「…………」


 波部は、なんだか今の自分の気持ちに似ているな、と思いました。決して泣きたいわけでも、それほど悲しいわけでも無いのに、何となくそう感じたのです。

「悪ぃ伝票忘れてた」と送り状を持ってきた藤田は、湿っぽい曇り空を見てうんざりしました。


「おいおい天気予報じゃ降水確率0%とか言ってなかったか? 最近の予報ホント当たんないな」

「天気なんてそういうものですよ。明日晴れだと言われてわくわくした遠足が、当日に土砂降りの雨で中止になったりとか……普通によくありますよ」

「あーまぁたしかに。クラス全員で一個ずつてるてる坊主作って学校の窓んとこに飾ったりしたな」

「あんなの、役に立たないのにね」


 波部は手慣れた様子で、Excelの表に請求書番号を打ちながら話します。

 すると、先程から電話していた隣の女性が、物憂げな顔で席を立ちました。


「所長……お電話です」


 オフィスの奥で書類を見ていた中村所長は、険しい表情で受話器を取りました。その様子に藤田がため息をつきます。


「またか。しつこいな電話」

「何ですか?」

「昨日から聞いたこともない会社から電話がかかってくるんだ。見積書はまだかとか、打ち合わせで今どっかの会議室にいるとか……ウチと同じ物流会社らしいが、間違い電話も大概にして欲しいよな」

「ふうん……」


 波部も一緒になって中村所長を見ました。

 受話器越しに怒られているのでしょうか、中村所長はこれまで波部が見たことがないくらいに焦っていました。


「ですから弊所もただいま確認中でして……!」


 大変だなぁと思いながらPCに目を戻した、その時です。


ホーラ、、、コーポ、、、レーション、、、、、様という取引先は初めて聞いたものでして――」


 波部は、みるみる顔色を失いました。




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