これが、記憶を望み通りに消した者の末路とでもいうのでしょうか。
人間らしさまでもが消し飛んでしまったこの男女は、切り株の上に倒れ込んだ波部を引っ張り起こすと、彼の腕と脚をそれぞれ持ち上げて、大きな千鳥足で歩き出し、出ていきました。
「
さっきのせいでまた老朽化の進んだ屋台に一人残ったキヲク消去人は、ぶつぶつと音無き声でつぶやきながら、切り株の上にある名刺を手に取りました。波部が最初に消してほしいと頼んだ記憶を消すのに必要な道具として、先んじて預かったものです。
そこに書かれた社名と部署名を、まるで念仏を唱えるようにぶつぶつ繰り返しながら、今にも崩れ落ちそうな古い木の扉のある戸口へと向かいます。その折に、切り株にかかった紫色の唾液を指ですくい、名刺に塗りつけました。
「――ヒダマ」
念仏の最後に、その名をぽつりとつぶやくと、屋台の奥まったところに埋もれている火消し壺から、ひょろろ、と火の玉が飛んできました。
その火の玉はキヲク消去人の周りをくるくる回ったあと、名刺の中に潜り込み、また出てきました。
すると名刺を燃え種にしてものすごく高い火柱が上がったと思うと、その青い先端から光のつぶを飛ばして、それは大きな、本当に大きな花火を打ち上げました。あまりにも明るくて、夜空一面の漆黒をまぶしい純白に染め上げたのです。
「ここからは人間の業による。命ふたつの織り成す事が、その後いかなる日々を創るか、誰も彼も、神も知らぬ。幸となるか、災となるか、それはひとえにオマエ次第――〝捨てた男〟よ」
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