入口で配布していた青いビニール袋に、ついさっき買ったグッズを詰め込んだ波部たちは、さっそく大ホールの中に入って席に着きました。


「すっげー広いホールだ。客席何個あんだよ」

「6000席以上だって」

「やば! つい半年前は半分くらいの席のホールでやってたのに!」

「有名になったからね。この前の新曲もトレンド上がってたし」

「‘ザネリ’」

「それ!」

「あれ名曲だよ、ほんとに。深夜ドラマの主題歌にはもったいないよ」

「歌詞も相変わらずいいよね。今回は特により闇深いところまで行ってるというか」

「どうやったらあんな歌詞書けんだろうね」

「人生何周してんだろって感じだよね」

「ほんとそれ! マジ末生まつきいろはヤバいわ~」

「ていうか今回のアルバムめっちゃ最高。わたし‘よいこ’が一番好き」

「あぁ~いいね。おれは‘夜が笑っている’がどストライクだった」

「それもめっちゃ好き! わかよさんのピアノの入りがすごい不気味で綺麗で」

「なんかえぐい音だよな。マジで夜が笑ってる声みたいだった」

「リズム隊もすごい曲の雰囲気うまく出してたし」

「ベースソロがさぁ、またいい味出してんのよなぁ……」


 波部はとうとうたまらなくなって、両手で顔を覆いました。

 バンドの楽曲に対する気持ちよりも――こうして久しぶりに彼女と楽しい時間を過ごせていることが、本当に何よりもうれしいのです。


「どうしたの?」


 青いビニール袋を整理しながら彼女が尋ねます。ビニール袋には、バンドのマークである‘五体のてるてる坊主を円にして作った太陽’が描かれていました。


「本日ハ、STELLAステラ-LIBERリベル Live Tour Ver.10‘序曲’ニオ越シイタダキ、誠ニアリガトウゴザイマス。開演ニ先立チマシテ、皆様ニオ願イ申シ上ゲマス――」


 このバンドのライブにお馴染みの、体温を限りなく失った機械人形みたいな声をそばで聞きながら、波部は彼女と目を合わせました。


「最近、元気してた? お互い忙しくてメールもしてなかったけど」

「え? うん。わたしは元気だった」

「よかった。FANSOファンゾの感染者数もどんどん増えてるからさ。もうこのマスクも飽きたよ~」

「冬真くんも仕事大変じゃない? ていうか今日スーツ着てるけど仕事だったの?」

「上司に呼び出されて土曜出勤。まぁおれが片付けなきゃいけない仕事だし、ライブまでに仕事終わったからまったく問題なし!」

「……無理しないでね」

「わかってる」


 波部は、ニッと笑いました。

 上司にどやされようと、周囲の風当たりがきつかろうと、どんなにつらくて大変だろうと、こうして自分を心配してくれる彼女がいるのなら、気持ちを強く持ち続けられると思ったのです。


 ――月並みでクサいけどさ。


 彼女の手を、そっと握ります。

 びっくりしたのか、跳ねたように震えた細い手は、おそるおそる波部の手を握り返しました。


「汐見ちゃんは、おれが守る。どんなことがあったって、おれは君から離れないから」

「…………」


 彼女は黙り込んで、そっとうつむきました。

 照れてるんだ、かわいいな。

 そう波部は思いました。




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