「汐見ちゃん!」


 改札の前に立っている彼女を、波部は一目で見つけました。

 黒いロンググローブをしている小柄な女性が、ぱっと振り向きます。


「冬真くん」


 染めたての明るい茶色の髪が、さざ波のように揺れて、波部の瞳に映りこみました。


「髪、きれいだね。また染めたんだ」

「昨日の夜、染めたばかりで……変じゃないかな?」

「ぜんぜん! すごく似合ってるよ!」


 彼女は、恥ずかしそうに笑いました。

 その時の目尻の下がり方が、とても清楚で、控えめで、何よりとてもかわいらしく見えて、波部はゆるんだ口元を隠します。

 彼女にマスクをさせるFANSOファンゾウイルスに、ひどい憎しみを抱いた瞬間でした。


「ずっと外で待ってたの? 今日カンカン照りだし暑かったでしょ、大丈夫?」

「わたし夏には強いから。それに屋内って冷房効きすぎてる時あるし、それだとすごく寒くて……それに晴れた天気って気持ちいいでしょ? ちょっとした日光浴もかねて、って思ってさ」


 そういう彼女は、まるで真冬に降りつもる雪がそのまま人間になったかのような、真っ白な肌をしていました。

 今日みたいな真夏の強い陽射しを受けて、初めて人間らしい色味がようやく現れてくる、ふしぎな肌色です。それをうっすらと隠すように、黒いロンググローブが半袖のきわまで覆っています。

 波部は無意識のうちに、その腕にうっとりしていました。出会った時から日が経つにつれ、彼女の白肌はますます磨きがかっているように感じたのです。


「もうすぐグッズ販売の時間だし、売り場行こ。早く並ばないと売り切れちゃうかもだし」

「あぁ……場所どこだっけ。大ホールの入り口?」

「見て冬真くん、もう行列できてる!」

「ほんとだ。最近ステリベも人気になったからなぁ」


 大ホールのあるガラス棟の隙間から、長蛇の列が伸びているのが見えます。

 波部は先に走り出した彼女を追いかけて、列の後ろに並びました。


「なに買うの?」

「キーホルダーとリストバンドは事前販売で買ったから……あとは時計! ポチろうと思ったら既に売り切れちゃってて」

「てるてる坊主が五人集まってるやつだよね。おれは六時になった時点で即ポチったよ。現物はやく届かんかな~」

「えーっ! ずるいよ自分だけ……」

「こういうのはスタートダッシュが肝心なんだよ。まぁいじけないで、幸いまだ売り切れてないみたいだ。おれグッズ買うとき一緒に時計買っとこうか?」

「いいの?」

「いいって。ついでに他にも欲しいグッズ見つけたら言ってよ、それも買うから。一緒に頼んだ方が早いでしょ」

「ありがと、お金わたすね」

「いいよ。奢ってあげる」

「えっダメだよ!」

「いいから。せっかく久しぶりに会えたんだから、これくらいやらせて」


 波部は、彼女の申し訳なさそうな顔に優しく笑いかけました。前もって金を多めにおろしておいてよかったな、と思いながら。




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