第41話
田中浩介という人間がどれだけ俺の人生の救いになっていたかは、俺にしかわからないことだろう。
かつて両親を亡くし、両親が救おうとした人たちから恨まれ、住み慣れた家を奪われて失意のどん底にあった俺を救ってくれたのは間違いなく浩介だ。
でも、俺が浩介にしてやれることなんて何もなかった。
それどころか、うちの会社がつぶれたせいで浩介の父親が死んだなんて考えると、またしても罪の意識に襲われたりもした。
不幸は俺の中だけでは納まらず、周りも巻き込んで不幸にしていった。
それでもあいつは俺を見捨てなかった。
それなのに俺は、浩介にひどいことをした。
「あの……久しぶりだな」
「ああ。なんか最近お前の話をよく訊くよ。あの水前寺先輩と付き合ったんだって? やるじゃん」
浩介は、気まずそうにしながらも少し嬉しそうに言う。
そんな顔を見て、俺も少し緊張が解ける。
「ああ、人助けの成果だよ。たまにはいいこともないとな」
「お前、そうやっていつも人を助けようとしてばっかだな。だから早川みたいな女の術中にはまるんだよ」
「お前こそ、あいつにそそのかされたんだろ? 人の事言えないじゃんか」
「まあ、な。それに、お前に謝らないといけない」
俺はずっと、浩介と次に話すことがあったなら絶対に謝ろうと決めていたのに。
なぜか先に浩介が、頭を下げて俺に謝罪する。
「すまない。俺、お前が俺を庇うと、心の中でちょっと期待してた。だから、そんなお前にあわす顔がなくて。最低だ」
「謝るなら物を盗られた連中にだろ。それに……俺の方こそ。お前を庇ってやることで今までの恩を返したつもりになってた。親友だったら、怒ってぶん殴るくらいした方がよかったのに」
「そうだな。でも、俺のせいで随分とひどい学校生活を送らせてしまった。取り返しはつかないけど、償いたい」
「それならもういいって。俺はそのおかげで先輩と付き合えたんだ。だから今までの不幸も不遇も、あの人と出会うためのものだったと思ったらむしろよかったって思えるようになった。俺は……」
俺は、もう一度友人に戻りたい。
その言葉が、出そうで出ない。
そんな時、浩介が言う。
「なあ。俺はちゃんと自分のやったことを償う。その後の話だけど俺たち、もう一回友達に戻れないかな」
「……戻れるよ。俺も、戻りたい」
「はは、なんか元カレみたいだなお前」
「言うな。結構恥ずかしいんだよ」
「俺もだ。うん、でも、またお前と遊べるのか。うれしいよ」
浩介は。
昔とちっとも変わらない優しい奴だった。
色々あったけど、それでもこうしてまた、浩介と友人であれる日がくるなんて。
やっぱり今までの自分の不幸も、捨てたもんじゃない。
「じゃあ、今日は帰るわ。先輩とデート中だろ? 邪魔したら悪いし」
「そうだな。先輩とラブラブだからお前と遊ぶ暇はないかもな」
「はは、そうなったら俺も彼女探すからダブルデートしようぜ」
「それ、いいな。うん、楽しみにしてるよ」
「じゃあ」
「また」
浩介は、振り向きもせずにさっさと帰っていく。
あいつはきっと、自分のやったことを償って、その上でちゃんと戻ってくる。
だから少しの間だけど待とう。
また、浩介と笑って話せる日は来る。絶対に。
◇
「……遅い」
店に戻ると少し疲れた様子で。
先輩が出迎えてくれた。
「話が混んでまして。どうしたんですか?」
「早川さんの一方的な喋りにぐったり……あの子、遠慮がないというか」
「まあ、開き直ったんでしょ。帰りますか」
「ええ、そうしましょ」
今日は、先輩の家に帰ることにした。
まだ、先輩と付き合ってからの距離の縮め方というものに戸惑ってる現状で。
先輩も俺との距離の縮め方に迷ってる様子だけど。
先輩と知り合ってからはいいことばかりだ。
こうして浩介と和解できたし。
お店には新しいスタッフも入ったし。
何より、
「ねえ、今日は一緒にゲームしよ?」
「ええ、いいですよ。負けたら何か罰ゲームとかにします?」
「じゃあ、薫が負けたら今日は一緒に寝るのなしね」
「えー、それ辛いですよ」
「うん。だから絶対に勝ってね……」
「……」
こんな恥ずかしいことを平気で言うような先輩が、俺の彼女になってくれたのだ。
いいことづくめだ。
こんな毎日が続くことをただ祈るばかりである。
◇
「ねえ、水前寺先輩の彼氏ってあなたなんでしょ?」
ある朝の教室で。
知らない女子が数人、そんなことを聞くために俺のところにやってきた。
「……そう、ですけど」
「キャーッ! やっぱりそうなんだ! ねえどうやって先輩と付き合ったの?」
どうやら彼女たちは先輩のファンのようだ。
いや、先輩のファンなんてこの学校には無数にいる。
だからその代表というか、ほんの一部の熱烈なやつが彼女たちだろう。
でも、どうやって付き合ったか、か……。
「いや、別に。なんとなく相談に乗ってたらというか、まあ」
これまでの先輩との軌跡をのんべんだらりと語る気力は俺にはなかった。
もちろん全力で惚気てやりたいなんて願望もありはしたが、まずそもそもこういうノリの女子が苦手で。
しかもどうしてこんな質問をされているのかと、冷静に分析してしまうと余計に語る気がなくなってしまう。
「えー、なんかもっとこう、きっかけとかないの?」
「……別に」
まあ、きっかけといえば先輩が自分で仕込んだ画鋲をばらまいたという自作自演から始まったのだけど。
そんな彼女の名誉を傷つけるようなことを赤裸々に話すつもりはないし。
やっぱり無難にやり過ごそう。
ていうかなんで今、女子に囲まれてんだろう、俺。
「ねえねえ、キスとかしたの?」
「ねえ、先輩ってどういう人なの?」
「藍沢君、教えてよ」
いつもなら始業のベルに対して、まだ鳴らないでくれとか思っていたけど。
今日ばかりは早く授業が始まってほしいと。
そんな柄にもないことを考えさせられるくらい鬱屈な朝の時間だった。
◇
「……ってことがありましてね」
「へえ、薫ってモテちゃうんだねやっぱり」
「なんでそうなるの。話聞いてました?」
「知らなーい」
昼休み。
いつものように先輩と屋上でランチ。
このひと時が俺の学校での唯一の楽しみでもあるのだけど。
また余計なことを喋ってしまったようだ。
「薫って、よくみたら案外イケメンだから女子から人気でたらすごいかもね」
「よくみてようやく案外のレベルならそれはイケメンとは言いませんよ。それに、先輩は俺のことがタイプだから付き合ってくれたんですか?」
「え、そうじゃないけど……でも、かっこいいって思ってるよ?」
「そ、それはどうも……」
一応こんな俺のことでもかっこいいと思ってくれてる辺り、やっぱり先輩は俺に恋してくれてるんだなとは実感できる。
恋は盲目。
そう、見えてないんだろうきっと。
まあ、素直に嬉しいからいいけど。
「でも、目立つのは嫌ですよ。多分早川か浩介のおかげで、俺が窃盗犯じゃないって話も広まってきてるみたいだし、正直うんざりしてますよ」
「なによそれ。薫は自分が窃盗犯としてみんなに嫌われたままの方がよかったって言いたいの?」
「こんなことになるくらいなら。それに、先輩がいるから他に何もいらないし」
「も、もう……そういう不意打ちなしだよぅ……」
照れる先輩を見て、「よし勝った」と心の中でガッツポーズ。
こういうやりとりも飽きないなあ。いつまでもできてしまう。
ほんと、先輩がいたら何もいらないよ。むしろ邪魔なくらいだ。
「とりあえず、俺はしばらく休み時間の度に教室から逃げまくるんで」
「ほんと、そんなんじゃ社会出てから苦労するわよ」
「それはその時考えます。でも、今は先輩のことだけを考えたい」
「……恥ずかしいからなしだよ、そういうの」
照れる先輩の手を握る。
するとまた、先輩の顔が赤くなる。
そんな幸せなひと時を過ごした俺の元に、放課後ある電話がかかってくる。
店長から。
急いで二人で来てほしいと。
どうせまた団体客が来ててんやわんやになってるのだろうと、二人で急いで店に向かうと。
店はまだオープン前だった。
そして中に入るとそこには。
一人の男性が座って待っていた。
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