ツンデレな彼女 水前寺瑞希
第40話
「先輩、この部屋とかどうですか?」
「そうね、でも一人一部屋もいる?」
「いるでしょ。ほら、着替えとか」
「別に、薫に見られても問題ない、けど……」
「……」
こんな恥ずかしい会話を、彼女と二人で暮らす物件探しのために訪れた仲介業者の窓口でやっているこの俺、藍沢薫は幸せの絶頂にいる。
先輩と付き合って最初の週末。
仲の良さは増すばかり。本格的に同棲する家を探している。
「ていうか、先輩って呼ぶのやめてよ。私、彼女なんだけど」
「なんかこの方がしっくりきて。それに先輩には変わりないんだし」
「じゃあ私はカオリンって呼ぶからね」
「じゃあ俺も。マッキー」
「ミッキー!」
先輩が大きな声で反撃したところで今日の物件探しは終わり。
注目を集めてしまい、恥ずかしさのあまり先輩が店を飛び出してしまった。
「……さいあく」
「ムキになるからですよ。それより、せっかくの休みだし何か食べに行きます?」
「今日は店長のオムライス食べたいかな。ほら、客として店に行ったことないし」
「もしかして、俺が早川とお店にきたこと、まだ根に持ってます?」
「知らない」
「……」
しっかり根に持っていたようだ。
でも、たまにはいいかなと。
結局休みだというのに、いつものようにバイト先へ。
そして中に入ると、
「いらっさーい、カップル様ごらいてーん」
野太い声で歓迎された。
「あら、二人ともどうしたの?」
「いえ、今日は店長のオムライス食べたくて」
「なあんだそうなの。じゃあ、新しいアルバイトちゃん紹介しちゃおっかな」
「アルバイト?」
店長は以前から、俺たちの休みの日に入れるアルバイトを探してると言っていた。
でも、そう都合のいい人材がいないということで滞っていたようだけど、どうやらそんな便利な人がいたらしい。
「カモン、ピンキー」
店長の呼び声に応じるように奥から出てきたのは、見たことのあるコギャル。
いや、見たことがあるなんて言い方はあまりによそよそしい。
「早川!?」
「こんにちは藍沢君。それに先輩も。私、ここでお世話になることになりました」
「え、なんで?」
「まあ、二人の邪魔ばっかりしたし。謝って済むようなことでもないし、せめて二人の為にできることって何かなって。そしたら店長が声をかけてくれて」
「店長が?」
どうやら店長は早川のことを気にかけていたようで。
あの日、学校を早退したこいつを捕まえて話をして、勝手にここのバイトに採用したということだそうで。
「そゆこと。だから二人とバイトが被ることはないかもだけど、同じスタッフとして彼女のこれからをちゃんと見てあげてねん」
「……ええ、わかりました」
俺も先輩も、すべてを水に流せたわけではない。
でも、いつまでもそれを引きずっているわけにもいかないし。
償おうという早川の気持ちは、真っすぐ受け取ろうと思う。
「じゃあ、オムライス二つください」
「はーい。ピンキー、サラダ準備してー」
「了解です、ボス」
「ボスって……それにピンキーってなんですか?」
「桜ってピンクってかんじだからよー。いいコードネームでしょ?」
「……」
この店は一体どんな闇の組織だよ。
嬉しそうに語る店長と、張り切る早川を見て呆れながら笑った。
先輩も、「私、ピンキーじゃなくてよかった……」なんて言いながら安心していたので、「すっかり染まってますね」と言ってからかいながら、一緒に席に着く。
やがて運ばれてきた店長手作りオムライスは、ついこの前に食べたばかりだというのに、あの時より数段上手く感じだのは気のせいなのだろう。
味なんか何も変わっていない。
でも、
「おいしいね、薫」
といって満足そうに笑う先輩の顔を見ながら食べるものは、多分何を食べても最高においしく感じてしまうだろう。
それくらい先輩は、可愛い。
惚気させてもらうけど、本当に可愛い。
「なによ、私の顔に何かついてる?」
「ええ、可愛い顔がついてます」
「も、もう! ご飯の時にまでからかわないで」
「本音ですよ。先輩、かわいい」
「……恥ずかしいよ、もう」
こうやってからかって、顔を赤くする先輩もいい。
怒っててもかわいいし、泣き顔もきれいだし。
ほんと、この人以外の人間なんて目に入らないよ。
「そういえば薫。田中君と話はできそうなの?」
ようやく紅潮した頬が元に戻った頃、水を飲みながら先輩が聞いてくる。
「まあ、学校に来てるのはいつも見てますし。話しかけて応じてもらえるかは微妙ですが」
「イチャイチャしてるとこ失礼します。そのことなんですけど」
早川が、会話に割って入るように、俺たちの横に立ちながら言う。
「田中君の罪は、私が被ろうと思ってます」
「そ、そこまでしなくても」
「いいえ。そそのかしたのは私だし、やっぱり悪いのは私です。先生にもちゃんと謝罪して、停学処分くらいは受けるつもりです」
「……でも、あいつはそんなのも嫌がるだろ」
「ですね。でも、そもそも私と田中君は仲良しってわけでもないし。それで二人が仲直りできるならそれでいいです」
そう言うと、空いているグラスに水を入れながら早川が。
先輩の方を向く。
「先輩、楽しそうですね」
「そ、そうかな」
「ええ、とても。幸せって顔に書いてます。悔しいですが」
「……うん。幸せよ、私は」
「ならよかった。楽しそうな先輩を見てると、私も幸せです。でも、やっぱり破局しないかなって、そんなことは思ってますけど」
「あなたに応援してなんて、そんな残酷なことは言わないわ。でも、別れる予定はないから、ごめんね」
「あはは、そっちの方が残酷かも。でも、ありがとうございます。こうして話してくれるだけで私も嬉しいです」
そう話すと早川は、どこかに電話をかけ始める。
そして何かを話した後、店長に「ちょっと人を迎えに行ってきます」と言って、店を出て行った。
「なんか、自由だな」
「ええ、ほんとに。でも、頑張ってほしいわね」
オムライスを食べ終えて、店長に飲み物をもらおうとカウンター越しに話をしているところで早川が。
人を連れて戻ってきた。
「「あ……」」
目が合ったそいつと、俺は口をそろえて驚いた。
田中。
田中浩介だ。
「浩介……お前」
「藍沢……そういうことか」
毎日その姿は学校で見ていた。
でも、あの日からずっと一言も話していなかったかつての親友の姿を間近にみると、心が痛む。
「さてと、先輩は私とお茶しませんか?」
早川は、俺の席に勝手に座って先輩に話しかける。
「あのね早川さん、私はあなたのことをまだ全面的に許したわけじゃないのよ」
「でも、こういう時は男同士で話した方がいいでしょ。私たちは邪魔ですよ」
「……そうね。薫、私はここで待ってるから二人で話してきたら?」
先輩に言われて、俺は静かに頷く。
浩介もまた、黙って店を出て行くのでその後を追う。
そして、店を出たところでようやく。
浩介に話しかけることができた。
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