第39話
♥
「早川さん。あらためまして、水前寺瑞希です」
「……先輩は、あんな奴のどこがいいんですか?」
「ふふっ、いきなり厳しい質問ね。でも、わかんない。もしかしたら困ってるところを優しくされたから、コロッと騙されただけなのかも」
「そ、それじゃ」
「でもね。彼は常に相手の事を考えて、必死に悩んでくれる、そんな人。だからきっと、助けられたのが私でなくても、彼のそういう姿を見て私は、好きになったと思うわ」
あの時たまたま私が助けられたという事実は残るけど。
でもあれが私でなくても、きっと私はそんな彼を好きになった。
誰かのために犠牲になれる。
それは褒められた生き方じゃないし、治してほしいところでもあるけど。
でも、そんな人を私は初めてみた。
みんな、自分の為に必死で、誰かを蹴落としてでも自分が幸せになりたいってひとばかりで。
それが普通で、生き物として正しい在り方なのかとも思ってるけど。
でも、一人くらい彼みたいな人がいてもいいのかなって。
それに、一人くらい彼みたいなのを好きになるバカがいてもいいのかなって。
「先輩はそれでも、あいつが男だから好きになったんでしょ。私が同じことしても、好きになんて絶対ならない」
「そうかもね。でも、わかんないわよそんなの。周りに誰もいない私が、あなたみたいな可愛い女の子に優しくされたら案外コロッとおとされてたかもしれないじゃない?」
「そんなの、今だから言えるんですよ」
「でも、あなたはその可能性を自分から否定した。努力することをやめた。結局、好きだとか言っててもその程度だったってことじゃないの?」
「そ、そんなこと」
「薫は、こんな嘘つきな私を懸命に助けてくれた。それに、私を傷つけた人たちのことまで救おうと、懸命だった。泥だらけに汚れた手でも掴もうと必死だった。そんな人が側にいて、惚れないわけないでしょ?」
「……そんなの、偽善ですよ」
「私も彼も、そんなことわかってる。だけど、そうあろうと頑張る志をバカにする資格は誰にもない。私はそんな彼を支えたい。たとえ薫が女の子だったとしても、私はあの人に恋したと思うわ」
言いながら、そんな話がどこまで本当なのかとも思ったりもする。
女の子に恋するなんて、やっぱり私にはできないかもしれないと。
でも、早川さんではなく他の誰でもなく、薫を選んだ理由は、やっぱり性別なんて単純なものではないと、それは伝えたかった。
「……結局、彼のことが好きなんですね」
「そ、そうね。私は、薫が大好き。でも、恋人は一人だけど、大好きな人はもっといっぱい欲しいって思うわ。バイト先の店長さんとか、私大好きだもの」
「……あのオカマのことですか」
「オカマとかそんなの関係ないわよ。いい人はいい人。いつかあなたのそういうところを理解してくれる人だって、ちゃんと人と向き合うようになれたら現れるわ。私はそう思う」
「……」
「それに、私はあなたに好きと言われて嬉しいわ。こんな私を好きでいてくれるだなんて、嬉しいわよ。何も迷惑とも思わないし、仲良くなりたいとも思ったりする。でも、薫を傷つけたことは許せない。取り返しのつかないことになるところだったってことは、ちゃんと反省して」
「……はい、わかってます」
「あなたがちゃんと罪を認めて、その上で私のことをまだ好きでいてくれるのなら、私はちゃんと向き合うわ。でも今はしない。まだあなたのことを許してないから。それでいいかしら」
「……はい」
私は結構ひどいことを言ってる。
多分向き合っても、彼女の気持ちに応える日は来ないとわかってる。
それなのに、期待させるようなことを平気で彼女に伝えてる。
彼女は真剣なのに、私は……
「先輩、ありがとうございます。私みたいなのに気を遣ってくださって」
「え、いや、別に私は」
「いいんです。わかってましたから、最初から。私が先輩に選ばれる日なんて来ないって。でも、だからって八つ当たりしたらダメですよね。ほんと、私はバカなことしたなって。先輩と仲良くなるチャンスを自分から断ち切っちゃったんだから」
「早川さん……」
「でも、やっぱり私が好きになった先輩は素敵な人ですね。ちゃんと償いを果たしたら私、今度こそ先輩に告白します。なので、覚悟しておいてくださいね」
「ええ、待ってる」
答えると、早川さんは清々しい表情でそのまま屋上を去っていく。
彼女がしたことは許されることではない。
でも、人を好きになるということが、どれだけ難しいことなのかと、彼女に教わった気がする。
そこには性別とか、年齢とか、そんなものじゃなく。
もっと、強い何かがあるんだって。
ほんと、恋って不思議な感情だな。
♠
今回の件で、色々と迷惑をかけたり被害に遭ったりもしたが。
それでも得るものもあったのは確かだ。
先輩と二人で過ごす昼休み。
いつものように屋上で。
「先輩、今度こそ浩介と話してみます。今ならちゃんと、向き合えるかなって」
「そっか。うん、頑張ってね」
「先輩は、早川の気持ちを知ってどう思いました? 俺は正直、可哀そうだなって」
「そうね。どうしても男女という性別がある以上、そこに抗えない現実があるものね。でも、それを言い訳にして何をしてもいいってことにはならない。その辺をあの子がわかってくれたならそれでいいかなって」
「さすがですね。なんか、先輩らしいです」
「私らしいって?」
「優しいとことか」
「優しくないよ。私、嘘つきだし」
先輩も、早川のことで随分傷ついたみたいだ。
これまで大衆からの好意を受け続けてきた彼女も、特定の人から熱烈に言い寄られたことはなかったようで、しかもそれを断らなければならなかったという現実に心を痛めている様子。
やっぱり、優しいよ。
「でも、結局あいつに課せられる罪なんてないんだし、ケロッとした顔でまたやってきますよ」
「それはそれで面倒だけど。でも、ちょっと安心したかな」
「安心? なにがです」
「彼女、かわいいから。本当に薫を好きだったら困るなって」
「そんなことですか。俺は先輩一筋です。たとえ先輩より美人が現れても……いや、そんな人いないけど」
「私を過大評価しすぎじゃないの?」
「いいえ、過小評価してるくらいです。先輩は俺にとって唯一の人です」
「……ねえ、薫。ちょっとそこに座らない?」
帰り道の途中にある公園のベンチを先輩が指さす。
「ええ、いいですけど」
疲れたのかなと、二人でそこに腰かけると、先輩は俺の手をそっと握ってくる。
「薫はさ、私のことツンデレだって」
「まあ、そうでしょうね」
「でも、ほんとはヤンデレかもよ? 重いし、図々しいし、めんどくさいかも」
「まあ、それはそれでありかな。先輩のお尻ならいくら敷かれてもいいかなって」
「それに、親もいないし友達いないし」
「俺もですよ。なんなら俺の方がひどいくらいです」
「……ちょっと薫の好みの容姿だったってだけで、知れば知るほど幻滅するかもしれないよ?」
「あはは、それならその時考えます。でも、既に結構めんどくさいけどそれもいいなって思ってるし」
「でも」
「先輩、俺と付き合ってください。もう、別れる気もないんで。なんて、俺も重いですか?」
「……私、絶対に別れないよ? 薫が嫌っていっても、離さないよ? 他にいい子が現れても、邪魔しちゃうよ?」
「じゃあ、俺が十八になったら結婚ですかね。その方が早そうだ」
「うん……私、薫の彼女になってあげる」
「その言い方がもうツンデレですよ」
「な、なんでよ!」
「大好きです、先輩。いいえ、瑞希」
「……バカ」
今日、俺には彼女ができた。
一つ年上で、強がりで、でも弱くて。
ちょっと嘘つきだけどすぐに嘘がばれるような不器用さで。
でも、真っすぐ俺をみてくれる、そんな人。
先輩と、付き合うことになりました。
~おしらせ~
この後、最終章というか完結までのお話が少しあって完結となります。
ここまで応援いただきありがとうございます。
後少しの間ですが、よろしくお願いいたします。
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