第38話
違和感はあった。
浩介とこいつが話をしているところなんて、一度も見たことがなかったし、プレゼントが盗まれた当日だって、あいつはずっと教室にいた俺にすら気づかれないように犯行に及んでいたというのに。
なんで早川がそのことを知っていたのか。
先輩とあいつしか知らないこの話を、どうして早川が知った風に口にしたのか。
それはこいつが、本当の犯人を知っていたからに他ならない。
「何を根拠にそんなこと」
「根拠ならたくさんある。でも、結局論より証拠だ。俺は浩介に謝って、その上で真実を教えてもらうつもりだ。そうなったらお前は、当然教唆犯として罪になる」
「そ、そんなことしたら……田中君だってただじゃ済まないわよ」
「ああ、それでいい。それがあいつの為だと思ってた俺が間違いだった。ちゃんと謝って、俺があいつにできる償いは別の形でするつもりだ。お前も、あいつの家庭事情とか調べて、うまいこと言って近づいたつもりだろうけど、それも全部終わりだ」
今まで俺は、善行の意味を間違えて捉えていた。
自分が身を粉にして、犠牲になって、誰かのためになることが善なのだと、そう履き違えていたのだ。
でも、そうじゃなかった。
悪いことは悪いと、ちゃんと言ってやれることの方が大切で、相手の顔色を窺いながら忖度しながら気を遣ってやることなんて、何の意味もないんだと気づいた。
それでももう、時効かなと思って見過ごしていたが。
あいつをそそのかしたやつがいるんだとしたらそれはそれだ。
きっちり落とし前はつけさせてやる。
「なんだ、正義の味方みたいなやつだって訊いてたのにそうじゃないんだ」
「誰がそんなこと言ってたんだよ」
「田中君。藍沢君は、自分のことを犠牲にして人のことを助けるようなやつだって。だから私、わざとあなたにプレゼントが見つかるように、彼にアドバイスまでしてあげたのに」
「……なんだと?」
「だって、そうしたらあなた、絶対彼のこと庇うだろうなって。そしたら案の定、そうなったからほんとめでたい奴だって思ってたのよ。田中君はその後もずっと気にしてたけど、それバレたら退学じゃ済まないよって言ったら、怯えちゃって。あなたには話しかけないようにしてたみたいだけど」
「……早川、お前」
「でも、誰も庇えなんて一言も言ってないし。自業自得の話を今更八つ当たりされても知らないわよ。あはは、面白いね藍沢君って。人間が嫌いって顔しながら、その実、みんな良い人だと思ってるみたいだし」
早川は笑う。
くすくすと、こらえきれない笑いを漏らすように。
そして、
「でも、そんなあんたの偽善に引っ掛かったのが先輩だって知って。私はあんたを心底憎んだわ。こんな誰にでも優しくしておけばいいって思ってるだけの男が、なんで先輩の隣を歩いてるんだって」
今度は怒るようにそう話す。
また、耳が痛い話だ。
「偽善にひっかかったはいい例えだな。そうだ、先輩は俺に騙されたんだよ」
「……そう思うなら手を引きなさいよ。私は彼女を遠くで見てるだけでいいの。誰のものでもない彼女を見つめるだけでいいの。そこにあなたは邪魔なのよ」
「でも残念だ。先輩は俺が偽善者であっても好きなんだってさ。人のために犠牲になるような愚かな俺がいいんだって、そう言ってたよ」
「騙されてるだけよ。きっとそんなんじゃ彼女が不幸になるわ」
「じゃあお前が幸せにできる方法を教えてくれよ。女だからとか、言い訳せずに、ちゃんと先輩の幸せを第一に考えられるようになれよ。俺は、先輩が自分を大切にしろって言ってくれたから、ちょっとずつそうしてる。すぐに変われなくても、自分のことを優先しようと思ってる。それに、先輩を幸せにできないと思ったら、俺は身を引くさ。それが彼女の為だから」
最も、そうならないように、俺は先輩にふさわしい人間であり続けようと。
他の誰かにとられないように、努力し続けようと心に決めているわけで。
「あんたは、男だからそんなことが言えるのよ。私だって男なら、普通にあの人のために頑張ろうって思ったわよ。でも」
「それがそもそも言い訳だ。まず、お前が男であったとしても、好きな相手の彼氏を貶めたり、ストーカーしたりするやつが選ばれると思うか?」
「そ、それは……」
「女だからなんだ? ハンデがあるんならそれはそれでもっと頑張らないといけないんじゃないか? 諦めてるから邪魔する? ふざけるな、そんなの本当に好きでもなんでもない。お前は独りよがりなだけだ。先輩を好きになる資格なんてないんだよ」
俺だって、決して何かに恵まれてるわけではない。
顔もさえないし、背も高くないし、運動もできないし勉強もいまいちで歳も下で。
なんなら泥棒扱いされて友人の一人もいなくて、はっきり言えば関わるだけマイナスみたいな俺だ。
男であるという点以外、何もいいところがない。
だから俺だって、必死だった。
先輩にふさわしい男であろうと、自分なりだが懸命に頑張ったから今があるんだ。
こいつみたいにコソコソと、日陰で邪魔ばかりしてるような奴と一緒にされたくない。
男とか女とか、そんなの関係ないだろ。
「はっきりいう。俺と先輩はラブラブだ」
「ラブ……な、なによそれ」
「めっちゃ仲良しだ。手も繋ぐし、キスもしたぞ」
「聞きたくないわよそんなの! なによ、嫌がらせのつもり?」
「ああ、そうだ。お前みたいなやつは苦しめばいいんだ。先輩を苦しめるようなやつを俺は救わない。先輩をひどい目にあわせるようなやつは、俺が許さない!」
こいつは、わざとではなかったにしても大前田を使って先輩をひどい目にあわせようとした。
あの時もし店長が助けに来ていなかったらどうなっていたか。
それを思うと許せない。許しちゃいけない。
「あ、あんたは一緒にいれて幸せかもしれないけどね、私の気持ちなんて」
「わかるかそんなの。自分の為に好きな人が不幸になってもいいなんて考えるやつの思考なんか一生わかんねえよ。バカかお前? いい加減に」
「もういいわよ薫」
「……先輩?」
屋上の扉が開く。
そこには、俺の大好きな、俺たちの大好きな先輩の姿が、あった。
「……早川さんと、ちょっとお話したいんだけどいいかな」
「先輩……」
「薫はちょっと外してくれる?」
「わかりました」
先輩は、じっと早川を見つめながらそっちへ向かう。
俺は、そのまま黙って屋上から去る。
あとは先輩に任せたほうが良さそう、だな。
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