第37話
早川桜という人間に俺が心当たりがなかったのは当然のことだった。
彼女は別に、俺に興味などなかったし、今もないのだから。
ではどうして、急に俺をナンパするように近づいてきて、付き合ってくれとか意味不明なことを言ってきた挙句、今度は好きな人がいるから一緒に遊んで嫉妬を誘ってくれとまで言ってきたのか。
それは俺ではなく、俺が付き合った人に興味関心があったから。
水前寺瑞希。彼女のことが好きだから。だからその人と付き合った俺が目障りだったと。
そう考えるのが一番筋が通る。
「なに言ってるの薫。あの子は女の子よ?」
「女の子が女性を好きにならないなんて話も今時はないでしょ。店長なんかおっさんですけどしっかり男好きですよ」
「……でも、私だってあの子と接点なんて」
「そうですね。でも、先輩に惚れてるやつなんて学校中うようよいますし、そんなのが一人くらいいてもおかしい話じゃない。ただ、それが女の子ってだけで話がややこしくなったんだ」
「……」
それに、俺は早川が言っていた話で引っかかっていたこともあった。
なんで、あのことを知ってたんだろうか。
「とにかく、明日あいつが学校に来たら真相を確かめます。先輩は……明日は学校を休んで店にいてください」
「そうね。学校だといっても、大前田君が暴れる可能性もあるし」
「ええ。これ以上先輩が危険な目に合うのは嫌です。俺、先輩を奪われそうになったあの時の事を思い出すだけで苦しくなります」
「うん。薫の言う通りにする。頑張ってね」
じゃあ、寝よっかと。いいながら先輩はもう一度だけ俺にキスをしてくれた。
その度に照れる先輩があまりの可愛さで、クラクラしてしまう。
でも、それ以上はお預け。
先輩はさっさと風呂場に向かってしまった。
◇
「おはよう。シャワー浴びてきなさい」
気が付けば朝だった。
どうやら先輩を待っている間に寝てしまっていたようだ。
「……おはようございます。はい、そうします」
「時間ないから早くね。お店まで、送ってくれるんでしょ?」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
すぐにシャワーを浴びて準備を整える。
先輩を店に送って、学校についたらすぐに早川のところへいく。
あんなやつの好きにはさせない。
もう、終わりにしないと。
「あーらおはよう二人とも。学校は?」
「店長、今日は先輩を預かっておいてくれませんか? 昨日の今日でまだ学校は危ないかなって」
「なるほどね。でもその心配はないわよ。いらっしゃーい」
奥から店長が人を呼ぶと、大柄な坊主頭の青年が。
……誰?
「あの、あなたは?」
「大前田竜也です……」
「え!?」
「昨日この子たちをどうするか、話し合ったんだけど、更生させることに決めたの。それで今日は朝から街の人に挨拶周りさせようとね。ほらタッチ、まずは二人に謝りなさい」
「……」
大前田は、悔しそうに唇を噛む。
しかしそんな様子を見て店長は、大前田の胸倉を掴む。
「おい、あんたがやったこと、謝って済むこととちゃうんやぞ! 頭かち割ったろかおどれ!」
「……ぐっ」
「プライドか? そんなもん捨ててしまえ雑魚のくせに。罪を認めて、真面目にやり直して、堂々と生きるんが一番かっこええ男やって話したったろ? わからんのなら何発でも殴るわよ」
「……はい」
大前田は、まだ悔しさを浮かべながらも俺たちの前に来て、そして土下座する。
「この度は、本当に申し訳ありません。二度と、二人には何もしません。怖い思いさせて、本当にすみませんでした」
ヤクザも恐れると言われた狂犬が、目の前でひれ伏せている。
あの大前田に、ここまでさせる店長って何者だよと、そっちの方が少し怖くなる。
「さて、この子は知り合いのもっとこわーいおじさんのところに預けにいくから、ミッキーは学校に行っても問題ないわよ」
「は、はあ」
結局、大前田が学校に来ないとわかったので先輩を休ませる理由がなくなった。
慌てて着替えを取りに帰って、二人で学校にいくことに。
「……なんか店長の底がしれない」
「店長さんって、昔悪いことしてたとか?」
「さあ。でも、親父からはよく、ああいう人を怒らせると一番怖いんだって、そんな話をされてたのを思い出したよ」
まあ、店長が何者かは知らないけど。
とにかく大前田という脅威が去っただけでも俺からすれば朗報だ。
こっちのやることに専念できる。
「じゃあ、今日は俺に任せてください」
「……大丈夫なの?」
「ええ。それに、もう一つ問題が解消されるかもなんで」
「?」
「まあ、それは終わったら話します。じゃあ、あとで」
学校に着くとすぐに早川がいる教室に。
「あの、早川さんいますか?」
他クラスというのはいささか緊張するが、今はそれどころではない。
図々しく入っていき、入り口付近の女子に声をかけると、首を傾げながらも奥から彼女を呼んできてくれた。
「あ、あの……昨日はごめんなさい、先に」
「そういうのはもういい。それより、ちょっと一緒にきてくれないか」
「……ええ、いいわよ」
早川の目つきが変わった。
俺がこいつの思惑に気づいてると察したか。
黙って教室を出て、あとをついてくる早川の姿を確認しながら、始業のチャイムを無視してそのまま屋上へとあがっていった。
「で、話って? 昨日のことなら謝るけど」
「どう謝るんだ。ちなみにだけどお前が雇ったあの不良は、頭丸めて土下座して謝ってたぞ」
「え……」
「俺の力じゃないけどな。もう、嘘をつくのはやめろ。お前、何がしたいんだ?」
「……」
おおよその検討はついている。
あとは、こいつの口から言質をとれれば……。
「じゃあ、私がどういう目的で藍沢くんに近づいたかも聞いたの?」
「聞いてないけどなんとなく察した。お前、先輩が目的だろ」
「なんだ、さすがだね。そう、私が興味あるのは水前寺先輩だけ」
「それにしては随分と手の込んだことをやったな。直接告白すればいいのに」
「……できるわけないじゃん、そんなの」
早川は、悔しそうに左足を踏む。
そして俺の方を睨みつけると、少し近づいてきながら、
「あんたに私の気持ちなんてわかるはずがない」
と。
小さな声で言ってから、続ける。
「女なのに、水前寺先輩を好きだとかおかしいじゃん。失恋するだけじゃんか」
「……なら、なんで俺を先輩と引き離そうとする?」
「だって。先輩が誰かのものになるとか嫌だし。わかるでしょ? 好きな人が自分以外の人間と幸せそうにしてるなんて、誰だって嫌だもの」
「……」
わかるといえばまあ。
俺だって先輩が誰かと一緒にいるところなんて見たくもない。
でも、わからないといえばそれもそう。
俺は同性を好きになったこともないし、多分今後もそうなることはない。
こいつの悩みなんてわかるはずもない。
「私、入学早々に先輩を見て惚れた。何かあったわけじゃなくって一目惚れよ。昔からそうなの。私は女の子が好きで、男になんて興味なかった。でも、それが普通じゃないってことくらいはわかってた。だから先輩が卒業するまでは、せめて見つめるだけでいいって、そう思ってた」
「……海田会長が持ってた写真の何枚か、あれ撮ったのお前だろ」
「知ってたんだ。更衣室とかそんなのはね。さすがに男が撮影したらガチ犯罪だし」
「女が撮っても犯罪だ。それに、ストーカーはいいのか?」
「叶わぬ恋を共有する者同士、会長とは気があったわ。ま、誰かさんに邪魔されてから、私のところに来なくなったけど」
前からおかしいと思っていたことがあった。
先輩のストーカーは毎日続く時もあったと聞いていたが、多忙な会長がそこまでできたのかという疑問が残っていたのだ。
それにあいつは目立つだろうし。
だったら、女子の誰かで、先輩を付け回す理由があるやつがいたんじゃないかという疑問がどこかに残っていたが、それがこいつだったというわけだ。
「で、それをやめたのはいいけど仲良くしてる男子がいるから排除しようと」
「ええ、そうね。最初は先輩の前で揉め事の原因みたいなの作って別れさせようと思ったけど、案外仲良さそうだったし。だから今度は竜也君を使ってボコボコにしてもらって、あんたの情けない姿を先輩の前に晒してやろうかなって」
「……あいにくだったな。そのおかげで愛が深まったよ」
「なにそれ、キモいわよ。それに、先輩があんたみたいな嫌われ者と一緒になっても、絶対迷惑かかる。あの人の名声に傷をつけないで」
随分と耳の痛い話をされた。
早川の言っていることはもっともで、俺も随分気にしていたところだ。
学校のアイドルたる先輩が、学校一のヒールである俺と恋仲だなんて、絶対に彼女に迷惑をかけるだろうと、それこそ毎日悩んだもんだ。
それに俺は自分が泥棒じゃないと、訂正するつもりもないってんだから始末が悪い。
先輩の為に自らの身の潔白くらいは証明したらいいのにとも、何度も考えたがそれすらできず。
でも、ようやく踏ん切りがついたんだよ。お前のおかげで。
「俺は泥棒じゃない。それを証明してやるさ」
「あ、そ。じゃあ庇った相手を見捨てるんだ。今更あいつが真犯人ですって、そんなことするんだ」
「なあ早川、教唆って言葉知ってるか?」
「な、何の話?」
確かにあの時、先輩に渡るはずのプレゼントを盗んだのは浩介。田中浩介だ。
でも、それを促したやつがいるんなら、話は別だ。
「浩介にプレゼント盗みをさせたのは、お前だろ早川」
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