第34話
「おはよう。朝よ」
「……いてて。おはようございます、先輩」
昨日は結局、興奮して全然寝れなかった。
だというのに先輩は、俺が風呂に入ってる間にすやすやと眠っていた。
やっぱり、こういうところは俺の方が子供なのかな。
「薫、今日は私じゃなくて早川さんのところにいてあげて」
「え、なんでですか?」
「大前田君、普段学校にも全然来てないみたいだけど、昨日の今日で何するかわからないし。その方がいいんじゃないかって思うの」
「まあ、それなら。でも、何か対策を考えてないと結局昨日と同じことになりますよね」
「そうね。あんな狂暴な人とは正直関わりたくもないけど。でも、困ってる人を見過ごせないって趣味、私にもうつっちゃったかな」
「先輩……」
朝から思わずドキッとさせられる。
少しおどける先輩が、あまりに可愛くて、胸がキュッとなる。
「さ、朝ご飯食べてから行きましょ。あと、店長には私から連絡しておいたからね。薫は無事だったって」
「すみません。それに店長は結局用事済んだんですかね」
「なんか返信で、準備オッケーよって。今日のバイトの時にでも聞いてみましょ」
「あの人、怒ると何するかわかんないからなあ」
多分店長は俺の為に何か動いてくれている。
事件になるようなことをする人ではないが、長く商売をしているだけあって人脈もかなりのものだから、あの大前田についてあれこれ調べてくれてるのだろう。
でも、それも頼るしかない。
脆弱な俺たちは、結局一人では何もできない。
あとで店長に、俺からも連絡しておこう。
◇
「おはよう早川」
「あ……うん、おはよう」
早川に声をかけると、昨日までの態度とは全く違う、控えめな様子で俺に言葉を返す。
一応、昨日のことを気にしてるのは見て取れる。
「昨日、ちゃんと逃げ切れたのか?」
「……逃げた。けど、ごめんなさいあんなことになって」
「いいよ、俺が勝手に庇っただけだ。それより、大前田先輩は学校来てるのか?」
「……知らない。連絡もないし」
昨日、早川の好きな奴というのが大前田先輩だということはわかった。
しかし、なぜあんな不良に恋をしているのか。
まずはそれを知りたい。
「なあ、あんな不良のどこがいいんだ?男前かもしれないけど、やばいやつだろ」
「竜也君は……まあ、幼馴染のお兄ちゃんって感じなの。だから昔からずっと好きで、憧れてて。でも、高校入ってからあんななっちゃって……最近はヤラせろヤラせろって。正直、どうしたらいいかなって」
「諦めて次の恋に進む、が正解のルートだろ」
「そ、それはわかってるけど……」
「そうさせてくれないってわけか。ったく、付き合ってもない相手を自分のものみたいに扱うのって、それはどうかと……」
言いながら、そういえば先輩と俺はどうなったんだと。
キスはした。でも先輩の理屈ではまだ付き合っていない。
でも互いに嫉妬もするし、心配もする。
結局、付き合った云々というより気持ちの問題、か。
「……大前田先輩と話は?」
「最近は全然。なんか、昨日のことで私、怖くなっちゃった……」
「そりゃあ、俺だってそうだよ」
あんな狂犬、正直俺のような一介の高校生に何かできるはずもない。
更生施設の人にでもお願いしたいくらいだ。
「でも、達也君はああなるとしつこいから。ヤキモチのつもりが、変な火をつけちゃったなあ……」
「とにかく、何か策を考えないとだ」
しかし結局話をしても埒があかず。
学校が始まる時間になり、やがて互いの教室に戻った。
授業なんてそっちのけで、ずっと考えていたのはもちろん早川のこと。
などと言えば先輩に怒られそうだが、今は目の前の問題を解決するのにそれくらい必死なのだ。
大前田を倒すのは無理。多分俺が五人に分身しても瞬殺だと思う。
それに先輩は巻き込みたくない。あの手の連中は、女子でもお構いなく乱暴する。
早川ともう一度話をさせるというのも、リスクが高い。失敗したら今度こそ、あいつがひどいことをされる。
結局どうすれば正解か、わからないまま。
昼休みにまた早川と合流。
先輩には一応連絡だけ入れて、人目を避けて校舎裏に移動してから、二人で飯を食べることに。
「はあ、先輩との昼休みが俺の生きがいなのに」
「なんかごめんね。変なことに巻き込んで」
「もういいよ。それより、何かいい案はあったか?」
「それがね、達也君と連絡とれたんだ」
少し嬉しそうに話す早川は、話を続ける。
「今日、水前寺先輩を連れて一緒に来てくれない? 昨日のことは誤解で、藍沢君には彼女がいるって話したら、会わせてくれたら認めてやるって。それに、これをいい機会にして彼ともう一度話もしてみたいし」
「……正直先輩を巻き込みたくはない。あいつは危険だ」
「でも、お店の中なら大丈夫だよ。それに、三対一だったら彼が暴れても、誰かが助けを呼べば済むし」
「まあ、そうだけど。それで、お前はちゃんと話できそうか?」
「頑張る。ちゃんと好きって、それを好きな人に伝える」
「……はあ。一応先輩にお願いしてみるよ」
先輩はきっと、俺のお願いに対して首を縦に振るだろう。
わかってて危険な目に合わせるのは正直俺のわがままだ。
でも、隠し事をして俺一人が危険に巻き込まれるのもまた、彼女は許さないだろうし。
「ねえ、そういえば藍沢君って、なんで泥棒のふりなんかしてたの?」
「……は?」
突然。
早川が聞いてきた。
「だって、去年のあれ。盗ったの藍沢君じゃないんでしょ?」
「いや、それはだな……見てたのか?」
「田中君が、盗ってるところ私見ちゃったの。でも、その後すぐに藍沢君の名前が出てびっくり。しかも本人が反論しないから、もしかしたら私の見間違いなんじゃないかってすら思ってたけど」
「……まあ、色々あるんだよ」
「それも、人助け?」
「いや、助かったのは自分だけだよ」
「?」
「なんでもない。それより放課後、どこに行けばいい?」
「駅前のカラオケ。夕方に正門集合でいい?」
「ああ」
今日のやるべきことは決まった。
放課後、早川と向かうのは駅前にあるカラオケボックス。
そこで大前田先輩と話をする。
どこか不安が残っていたが、それはきっと、昨日大前田に睨まれたトラウマだろうと。
でもそんなことを気にしていたら人助けなんてできやしない。
やろうと決めた以上は、最後までやり通すしか、俺の心が晴れることはない。
「じゃあ、また後で」
「うん、よろしくね」
早川とわかれてすぐに、先輩にメールはしなかった。
やっぱり、巻き込むわけにはいかない。
だから今日は俺とあいつだけでいく。
なんなら早川はやばくなったらすぐに逃げてもらう。
先輩、ごめんなさい。
そうつぶやいてから、そこで一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて教室に戻っていった。
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