第34話

「おはよう。朝よ」

「……いてて。おはようございます、先輩」


 昨日は結局、興奮して全然寝れなかった。

 だというのに先輩は、俺が風呂に入ってる間にすやすやと眠っていた。


 やっぱり、こういうところは俺の方が子供なのかな。


「薫、今日は私じゃなくて早川さんのところにいてあげて」

「え、なんでですか?」

「大前田君、普段学校にも全然来てないみたいだけど、昨日の今日で何するかわからないし。その方がいいんじゃないかって思うの」

「まあ、それなら。でも、何か対策を考えてないと結局昨日と同じことになりますよね」

「そうね。あんな狂暴な人とは正直関わりたくもないけど。でも、困ってる人を見過ごせないって趣味、私にもうつっちゃったかな」

「先輩……」


 朝から思わずドキッとさせられる。

 少しおどける先輩が、あまりに可愛くて、胸がキュッとなる。


「さ、朝ご飯食べてから行きましょ。あと、店長には私から連絡しておいたからね。薫は無事だったって」

「すみません。それに店長は結局用事済んだんですかね」

「なんか返信で、準備オッケーよって。今日のバイトの時にでも聞いてみましょ」

「あの人、怒ると何するかわかんないからなあ」

 

 多分店長は俺の為に何か動いてくれている。

 事件になるようなことをする人ではないが、長く商売をしているだけあって人脈もかなりのものだから、あの大前田についてあれこれ調べてくれてるのだろう。


 でも、それも頼るしかない。

 脆弱な俺たちは、結局一人では何もできない。

 あとで店長に、俺からも連絡しておこう。



「おはよう早川」

「あ……うん、おはよう」


 早川に声をかけると、昨日までの態度とは全く違う、控えめな様子で俺に言葉を返す。


 一応、昨日のことを気にしてるのは見て取れる。


「昨日、ちゃんと逃げ切れたのか?」

「……逃げた。けど、ごめんなさいあんなことになって」

「いいよ、俺が勝手に庇っただけだ。それより、大前田先輩は学校来てるのか?」

「……知らない。連絡もないし」


 昨日、早川の好きな奴というのが大前田先輩だということはわかった。

 しかし、なぜあんな不良に恋をしているのか。

 まずはそれを知りたい。


「なあ、あんな不良のどこがいいんだ?男前かもしれないけど、やばいやつだろ」

「竜也君は……まあ、幼馴染のお兄ちゃんって感じなの。だから昔からずっと好きで、憧れてて。でも、高校入ってからあんななっちゃって……最近はヤラせろヤラせろって。正直、どうしたらいいかなって」

「諦めて次の恋に進む、が正解のルートだろ」

「そ、それはわかってるけど……」

「そうさせてくれないってわけか。ったく、付き合ってもない相手を自分のものみたいに扱うのって、それはどうかと……」


 言いながら、そういえば先輩と俺はどうなったんだと。

 キスはした。でも先輩の理屈ではまだ付き合っていない。

 でも互いに嫉妬もするし、心配もする。

 

 結局、付き合った云々というより気持ちの問題、か。


「……大前田先輩と話は?」

「最近は全然。なんか、昨日のことで私、怖くなっちゃった……」

「そりゃあ、俺だってそうだよ」


 あんな狂犬、正直俺のような一介の高校生に何かできるはずもない。

 更生施設の人にでもお願いしたいくらいだ。


「でも、達也君はああなるとしつこいから。ヤキモチのつもりが、変な火をつけちゃったなあ……」

「とにかく、何か策を考えないとだ」


 しかし結局話をしても埒があかず。

 学校が始まる時間になり、やがて互いの教室に戻った。


 授業なんてそっちのけで、ずっと考えていたのはもちろん早川のこと。

 などと言えば先輩に怒られそうだが、今は目の前の問題を解決するのにそれくらい必死なのだ。


 大前田を倒すのは無理。多分俺が五人に分身しても瞬殺だと思う。

 それに先輩は巻き込みたくない。あの手の連中は、女子でもお構いなく乱暴する。

 早川ともう一度話をさせるというのも、リスクが高い。失敗したら今度こそ、あいつがひどいことをされる。


 結局どうすれば正解か、わからないまま。

 昼休みにまた早川と合流。


 先輩には一応連絡だけ入れて、人目を避けて校舎裏に移動してから、二人で飯を食べることに。


「はあ、先輩との昼休みが俺の生きがいなのに」

「なんかごめんね。変なことに巻き込んで」

「もういいよ。それより、何かいい案はあったか?」

「それがね、達也君と連絡とれたんだ」


 少し嬉しそうに話す早川は、話を続ける。


「今日、水前寺先輩を連れて一緒に来てくれない? 昨日のことは誤解で、藍沢君には彼女がいるって話したら、会わせてくれたら認めてやるって。それに、これをいい機会にして彼ともう一度話もしてみたいし」

「……正直先輩を巻き込みたくはない。あいつは危険だ」

「でも、お店の中なら大丈夫だよ。それに、三対一だったら彼が暴れても、誰かが助けを呼べば済むし」

「まあ、そうだけど。それで、お前はちゃんと話できそうか?」

「頑張る。ちゃんと好きって、それを好きな人に伝える」

「……はあ。一応先輩にお願いしてみるよ」


 先輩はきっと、俺のお願いに対して首を縦に振るだろう。

 わかってて危険な目に合わせるのは正直俺のわがままだ。

 でも、隠し事をして俺一人が危険に巻き込まれるのもまた、彼女は許さないだろうし。


「ねえ、そういえば藍沢君って、なんで泥棒のふりなんかしてたの?」

「……は?」


 突然。

 早川が聞いてきた。

 

「だって、去年のあれ。盗ったの藍沢君じゃないんでしょ?」

「いや、それはだな……見てたのか?」

「田中君が、盗ってるところ私見ちゃったの。でも、その後すぐに藍沢君の名前が出てびっくり。しかも本人が反論しないから、もしかしたら私の見間違いなんじゃないかってすら思ってたけど」

「……まあ、色々あるんだよ」

「それも、人助け?」

「いや、助かったのは自分だけだよ」

「?」

「なんでもない。それより放課後、どこに行けばいい?」

「駅前のカラオケ。夕方に正門集合でいい?」

「ああ」


 今日のやるべきことは決まった。

 放課後、早川と向かうのは駅前にあるカラオケボックス。

 そこで大前田先輩と話をする。


 どこか不安が残っていたが、それはきっと、昨日大前田に睨まれたトラウマだろうと。

 

 でもそんなことを気にしていたら人助けなんてできやしない。

 やろうと決めた以上は、最後までやり通すしか、俺の心が晴れることはない。


「じゃあ、また後で」

「うん、よろしくね」


 早川とわかれてすぐに、先輩にメールはしなかった。

 やっぱり、巻き込むわけにはいかない。


 だから今日は俺とあいつだけでいく。

 なんなら早川はやばくなったらすぐに逃げてもらう。

 先輩、ごめんなさい。


 そうつぶやいてから、そこで一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて教室に戻っていった。

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