第32話

「ふーん、ふーん、ふーん」


 昼休みに先輩と、いつものように二人で飯を食べている時に俺は正直に話をした。 

 すると先輩はずっとこんな調子。明らかに怒っていた。


「あのですね、これは頼まれただけでまだ返事もしてなくて」

「でも行きたいんでしょ?デートしたいんでしょ?私とはしてくれないのに」

「してるでしょ毎日。それに、俺はデートのつもりは」

「はいはい。でも、困ってる人はほっとけないもんね薫は」

「……まあ、それはそうですね」


 困ってる人間を見ると助けたくなる、というのはやはり俺の性分。

 どう強がってみてもそこは譲れないというか、やはり俺は人助けが趣味なのかもしれない。


 こんなに大好きな先輩を怒らせてもなお、じゃあ行きませんと即答できない辺り、俺も相当めんどくさい性分を持ち合わせてしまったようだ。


「はあ。いいわよ、別に。今日だけなんでしょ」

「いいの?」

「そんなに喜ばれるとムカつく」

「あ、いえ、すみません。まあ、それで早川の悩みが解消されるんならそれでいいかなって」

「でも、あの子って見た目かわいいし薫が好きそうなタイプだから気になったりしなかったの?同じ学年なのに」

「一番嫌いそうなタイプでしょ。それに、俺は興味なかったし存在すら知りませんでしたよ」

「どうして?他に好きな子でもいたとか」

「……ええ、いましたよ」


 今思えば、入学してすぐに先輩を見かけたあの日から、ずっと先輩に恋をしていたと思う。

 だから他の可愛い女子の話題とか、そんなものには何の興味もなかった。

 俺ってほんと、先輩一筋なんだよなあ。


「……誰?」

「へ?」

「薫の好きだった子って誰なのよ。私聞いてない」

「ま、待ってくださいなんでそうなるんですか?」

「聞いてない。恋愛とかしてない風だったくせに、嘘つき」

「……話の流れで察してくださいよ」

「じゃあ誰なの? もしかして私の知り合い?」

「友達いないでしょ先輩も」

「あ、バカにした。どうせ私なんて年増の口うるさい奴くらいにしか思ってないんでしょ」


 今日の先輩はよく怒る。

 多分早川とのデートのことでまだ苛立ってるのだろう。


 ……機嫌とらないとな。


「俺が好きだったのは先輩です。初恋ですよ、ほんと」

「え、そ、そうなの? で、でもあの頃は別に知り合ってもないし」

「片思いですって。一目惚れしました」

「……それ、ほんとに?」

「はい、誓って」

「じゃあ……知り合って、幻滅してない?」

「してません。前よりずっと好きになりました」

「う、うん……」


 先輩をからかう術に関しては一流だと自負していたが、先輩を黙らせる術に関してもまた、その域に到達しつつあるな。

 でも、その度に恥ずかしさで心臓が破れそうになるからあまりやりたくないけど。


「そういう先輩こそ、初恋くらいあるでしょ」

「……訊きたい?」

「別に、まあ、ドロドロしてないのなら」

「……後輩」

「は?」

「私の初恋は、後輩のお節介なちょっと意地悪なやつ。なんか勝手に助けてくれて、優しくて、なんでも見透かしたような態度とって、生意気で。でも、すごく私のことを好きな、そんな後輩が……初恋、かな」

「……」


 恥ずかしさで死にそうだった。

 それならいっそのこと、好きだと言われた方が百倍マシだった。

 

「あーもう、この話終わり!それより、デートはいいけどご飯だけよ。それ以外認めないから」

「はいはい。じゃあそうします。今日はちょっとバイト遅れていくんで、先に行っててください」

「店長に浮気されたって泣きついてやるんだから」

「俺がリアルに死ぬんで絶対にやめてくださいね」


 そんなところで、昼休みが終わった。

 今日の放課後はデートだ。

 でも、相手は先輩ではなくコギャルの同級生。


 それで彼女の悩みがどう解消されるかは知らないが、できる限りをやってみよう。



「遅い」


 どこかで見たようなその感じは、しかし俺の勘違いだろう。

 裏門で腕を組んで苛立ちながら、俺にそう言ってくるのは美人な先輩ではなくコギャル。

 でも、どうして女子とはこうも待ち合わせ場所に来るのが早いのか。

 ルーラでも使えるのか?


「お前が早すぎる。で、どこ行く? 先輩からは飯だけって言われてるけど」

「なにそれ全然デートじゃないじゃん。え、嫉妬? あの先輩って結構メンヘラなんだ」

「んなわけあるか。普通相手が他の異性と遊んでたら誰でも嫌だろ」

「付き合ってもないくせに? わがままねーあの人も。ま、いいわ。じゃあ行きたい店があるんだけど、いい?」

「ああ、わかった任せるよ」


 さっさと歩きだした早川について行くと、どこか見慣れた景色が続く。

 家の近所だから当然かと思いながらも、どんどん向かっていく先にはやはり見覚えがある。


 ……バイト先に向かってるような。


「まて、お前が行きたい店ってどこだ」

「え、田島カフェ」

「やっぱり……あそこはやめよう。うん、やめておこう」

「えー、あそこのオムライスめっちゃ旨いって評判だし、行きたいのよ」

「いや、大したことはない。鶏肉と玉ねぎしか入れてないぞ」

「詳しいんだ。じゃあおススメ教えてよ」

「あのさ、だから」

「あ、着いた着いた」

「あー」


 早川が先に店に入っていく。

 そしてまた出てきてから、「空いてるよ」と、俺を呼ぶ。


 もう、観念するしかなかった。


「いらっしゃーい、カップルさんごらいてー……カオリン?」

「……人違いです」


 死にたい気分で店に入ったが、その願望はすぐにでも叶えられそうだった。


 早川が先にトイレに向かった時に、店長が俺のところにスッとやってきて、


「カオリン、ワケがワケならぶっ殺すわよ?」と真顔で迫られた。

 先輩はどうやら奥で片づけをしている様子。


「あの、先輩に事情きいてください。これにはちゃんと理由があるんです」

「喧嘩?それともNTR?どっちにしてもミッキー泣かせたらそこに待ってあるのは『死』よ」

「はい、心得てます……」

「まあ、なにか訳ありなのはわかったわ。で、何食べるの?」

「オムライスを二つ。お願いします」


 よく考えたらこの店に客として訪れるのはいつぶりだろうか。

 はるか昔に、親と来たような記憶もあるけど、それ以来ということか。

 なんかそんな場所に早川と来るってのも、ちょっとな……


「お待たせ。ねえ、注文してくれた?」

「ああ、オムライス二つ。それ食ったら帰るぞ」

「おけー」

「ていうか、好きな奴を嫉妬させる目的なんだろ?だったらなんでこんなとこに来るんだよ」

「わかってないなあ。まあ、任せなさいって」


 何をどう任せたらいいのかと、うんざりしながらテーブルに肘をつく。

 

 すると奥から先輩がカウンターに出てきて、こっちをじっと見る。


「あ、先輩じゃん。ここでバイトしてるんだー、へー」

「だから来たくなかったんだよ」

「せんぱーい、彼氏お借りしてますねー」

「お、おい。変なこと言うな」

「だって、堂々としてる方がいいでしょ?」

「……」


 あてつけのような早川の言葉は、やはり先輩には当てつけに聞こえたようで。

 カウンターにいる先輩の顔がいつにも増して怒っていたのを俺も店長も見て、凍った。


 そしてオムライスを席にもってきてくれたのは先輩。


 俺のところにだけ、ガシャンと音を立てて皿を置いた先輩は、何も言わずさっさと奥に引っ込んでしまった。


「……最悪だな」

「先輩って、嫉妬深いんですね。ま、おいしそうだからいただきます、と」


 食欲はなかった。

 嬉しそうに目の前でオムライスを食べる早川は、その後も時々「あーんする?」とか「藍沢君、かっこいいよね」とか。

 完全に先輩を挑発していた。


「お前、それ以上やったら俺は帰るぞ」

「あはは、ごめんごめん。つい楽しくて」

「それで、本来の目的はどこ行った。お前の好きなやつとやらに嫉妬させるんじゃなかったのか?」

「あー、そういえばそうだった。うん、じゃあ食べたらでよっか」

「ここを出たら送っていくだけだからな」


 というわけでさっさと食事を済ます。

 会計の時もずっと、先輩は奥から出てこない。 


 そしてレジで店長が「さっきからずっと包丁とにらめっこしてるわよ、みっきー」と、なんとも物騒なことを言い残していった。


 ……俺、殺されるのかな?

 ていうかそんなに怒るなら先輩も最初から了承しなきゃいいのに。


 はあ、今日は帰りになんかお土産でも買って帰ろう。

 

「おいしかったね、オムライス」

「ああ、そうだな。でも、あれなら俺も毎日作ってる」

「へー、すごいね。今度私にも作ってよ」

「いやだ。ていうか家はどっちだよ。早くかえれ」


 もううんざりだ。

 こんなやつの頼みなんて聞いてやることはなかったと、人のために行動して初めて後悔していた。


 早川の家は店から五分ほどのところにあるという。 

 なので早足で、さっさと彼女の家に送り届けようと先を急いでいると、早川が足を止める。


「ん? なにしてんだ早く行くぞ」

「あ、あの人。あの人が私の好きな人なの」

「……あれが?」


 早川の指さす先にいたのは、うちの学校の三年生。

 その中でも金髪でひときわ目立つ男。学校一の不良、大前田竜也おおまえだたつやを、彼女の指は指していた。


 大前田といえば、この辺りでは有名な不良だし、暴力団からもスカウトがかかっているなんて不穏な噂も立つほどのワルだ。

 周りに興味のない俺ですら知っているくらいだから、相当有名だ。 

 あんなのが好きだと? ほんと、女子の趣味はわからん。


「あれ、桜じゃん。何その男?」

「あ、あの。達也君……私、この人とデートしてるんだ」

「へえ。お前、俺のこと好きだって言っておいて、すぐ他の男に乗り換えるとかいい度胸してんじゃん。からかったのか、俺の事」

「だ、だって振り向いてくれないじゃん! 話聞いてくれないし……」

「誠意見せろって言っただろ? なんだよくそビッチが。それで、この男と今からホテルかよ」


 見た目を裏切らないその口調に態度。

 長い金髪を後ろにかきあげるようにして、大前田は取り巻きに「先、いってろ」といってから、俺のところへ。


「なあ、お前誰? 人のものに手を出すなよな」


 すれすれまで顔を近づけられて、煙草臭い息を吹きかけられる。


「……あの、俺は、なにも」


 正直に言う。怖い。

 恐怖であまり声が出ない。


「なんだ、聞き分けがいいじゃん。おい、桜。お前この後空いてんのか?」

「な、なんで……?」

「うちこいよ。ていうか溜まってるからよ、相手しろや」

「だ、だから……セフレは嫌だって、前から言ってるじゃん」

「あ? 好きな相手とやれるなら本望だろが。なんだなんだ、早くこいよ、なあ」

「や、やめてよ!」


 隣で早川が手を無理やり引っ張られている。

 でも、俺は怖くて全く動けない。

 

 それに、これは自業自得だ。

 こんなやつを好きになった早川が悪い。

 だから、俺は助けてやる理由なんてない。

 嫉妬させたいとか、そんなのも全部彼女が望んでやったことだ。

 だから……


「早くしろよ。騒ぐなよな」

「お、おねがい、やめて……」

「おい、やめてくれって言ってるだろ」


 でも。

 困ってる人間がいたら見過ごせないんだよな、俺って。

 

「あ? お前、今なんかいったか?」

「や、やめろっていったんだ……」

「ほう。面白いなお前。ちょっと面貸せ」


 早川を離して、大前田は俺の腕を掴む。

 その力は、俺の華奢な腕なんて折れてしまいそうなほどに強い。


 こんなのと喧嘩したら死ぬ。

 謝るなら今のうちだ。


 そうわかっていながらも、でも、俺はそいつを睨むことしかしなかった。

 できなかった。

 

 そして、暗い路地に連れていかれた。

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