謎の同級生 

第28話

「おはよう薫。もう朝よ」

「もうちょっとだけ、寝かせてください……」

「ダメ、今日はバイトの前に買い物行く約束でしょ?」

「はいはい、起きます起きます」


 三島聡子との一件を含めた、先輩を取り巻く問題の全てを洗いざらい解決し、俺の心の内を全てぶちまけたあの日から数日が経過した。


 学校での俺は相変わらずぼっちだし、先輩は相変わらずの人気っぷりだし、大して何も変わってはいない。


 でも、三島先輩という人への見方は少しだけかわった。


 翌日、二人で登校しているところにやってきた三島先輩が、「ごめんなさい」と先輩に謝ってきた。


 もちろん先輩は戸惑っていたが、そんな先輩を置いて俺に「今度飯でも行こうね」と言って去っていった彼女を見て、やっぱり悪い人じゃないと確信が持てた。


 もちろんその後で先輩から「さっきのはどういうことなの?」と散々詰められたけど、まあご愛嬌だ。


 俺と先輩はもう……いやまてよ、俺って先輩と付き合ってるのか?


 先輩に言われて、あの日からずっと先輩の家に寝泊まりしているわけなのだけど、もちろん手を繋ぐくらいしかしてないわけで、それに一番重要な、先輩からの好きという言葉をまだいただいていない。


「先輩、大好きです」

「うん、知ってる」

「え、それだけ?」

「だって、知ってるもん。薫が私のこと、大好きだって」


 窓から差し込む朝日よりも眩しい先輩の屈託のない笑顔。

 それで充分だと思いたいところだけど、やっぱりちゃんと聞きたい。

 それに、正式に付き合ったという形だって欲しいと思うのは、何も俺に限った話ではないだろう。


「先輩、俺たちって付き合ってるってことでいいんですよね?」


 まどろっこしい駆け引きは元々嫌いだから、敢えて単刀直入に。

 

 しかし先輩は、無言だ。


「……」

「え、違うの?」

「……言われてない」

「はい?」

「付き合ってって、言われてない」


 だそうだ。


 あれだけ好きだと連呼させておいて、そりゃあないだろう。


「いやいや、わかるでしょ」

「わかんない。好きだけど付き合うのは違うとか、そんなのあるかもじゃん」


 ねえよそんなの。

 好きなら付き合いたいに決まってるでしょうに。


「……はいはい。じゃあ俺と付き合ってください」

「そ、そんなにサラッと言わないでよ! ほ、ほら、そういうのってもっとムードのある所で言うもんじゃないの?」

「そんなことより先輩がイエスかノーかを答えてくれたら済む話ですけどね」

「……だって、怖くて」

「怖い?」

「も、もし付き合ってから、やっぱりこいつ違うなとか思われて薫に嫌われたら嫌だから……そ、そんなこと考えたら怖いの!」


 もうそれ答え言っちゃってるって自覚あんのかなこの人。

 やっぱり、めんどくさい先輩だなあ。


「じゃあ付き合わなくていいです。ありがとうございました」

「な、なんで!? え、どうして?」

「だって、付き合ってくれないなら流石にどうしようもないかなって」

「ま、まだダメとは言ってないし。ほ、ほら。もしかしたらそういう場所でなら空気に流されてオーケーしちゃうかもでしょ?」


 なるほどなるほど。

 つまり先輩は、素直にうんと返事するのが恥ずかしいだけなのだ。


 それで、そういう雰囲気だったから仕方なく付き合うことにしたって感じにしたいわけね。

 ……いや、ほんとにめんどくさいなこの人。


「それなら明日のバイト終わりにご飯いきません? 俺、いい店探すんで」

「う、うん。どうしてもっていうなら行ってあげなくもない」

「はいはい。じゃあそろそろ朝ごはん、いただきますね」


 とんだ茶番だ。

 別に今のままでもなんら支障はないし、もうどっちでもいいやとすら思えてくる。


 でも。


 先輩が照れる顔が見たいから、やっぱり言おう。

 好きです、付き合ってください。

 ……改まって考えると恥ずかしいな、これ。



「おはよう二人とも。今日もラブラバーな感じねーん」


 買い物を済ませてから、二人でバイト先へ。

 まだ店長には俺が彼女に告白したことを言ってはいない。

 でも、なんとなく察しがついているようで、昨日からずっと何かあったのかとしつこく聞かれてうんざりしている。


「ねえねえ、ミッキーと何があったのよー」

「だから何もないですって」

「嘘ね。だってミッキーの様子がおかしいもん。いつもより数倍ウキウキしてる。付き合ったんなら言いなさいよ」

「……」


 付き合ったのなら言いますよ。

 でも、なんでか知らないけどそれについてはまだお預けを食らっているわけで。


 こんなに察しの悪い俺でもわかるくらいに両思いのはずなのに付き合えてないこの現状を逆に相談したいのだけど、そこに先輩もいるから下手な話はできない。


「とにかく、進展あったら言いますから」


 ねちっこくつきまとうオカマを振り払おうと強めに突き放そうとすると、彼がサッと何かの券をポケットから出した。


「……これは?」

「水族館のチケット。お客さんからもらったんだけど誘う子いなくってね。明日は二人とも休んでいいから、行ってきなさいよ」

「でも、明日は日曜だし」

「いいのいいの。学生の本分である恋愛をおろそかにしてまで働くなんて愚行は、このタジーが許さないんだから」


 どうやらこの人の中では、恋愛は勉強やバイトより勝るようだ。

 まあ、お言葉に甘えるか。


「じゃあ、いただきます……ってこの一緒になってる券は?」

「ああ、それね。ご飯のおいしいとこだからついでにどうかなって」

「へえ。ちなみにどんなお店ですか?」

「お店というか、まあホテルよ、ラブホ」

「……お返しします」



 ことあるごとに健全な高校生を爛れた性生活に導こうとする店長には毎度頭を痛めるが、それでも一応気の利く大人な彼の配慮によって明日は休みとなった。


 もちろん行くのは水族館。

 そこでデートして、帰りに晩飯でも食べて雰囲気のいい場所にいって、そこで。


 改めて先輩に告白をする。

 付き合ってもらうつもりだ。


 バイトからの帰り道、先輩と並んで歩きながらそんなことを決意していたところだ。


「薫、コンビニ寄らない?」

「ええ、いいですよ」

「私肉まん食べたいな。あとピザまんも」

「ほんと、そんなに間食するのになんで太らないんですかね先輩って」

「一応陰で努力してるもんね。腹筋とか朝のジョギングとか」

「努力ねえ。モチベーションが続かないなあ俺は」

「だって……」

「だって?」

「……私が細い方が、薫もいいんでしょ?」

「ま、まあ。そりゃあ」

「じゃあ仕方ないから努力継続してあげる」

「……お願いします」


 なんか今日のツンデレは可愛すぎた。

 お得意なはずの先輩いじりもツッコミも、このかわいさの前では無力だ。


 俺の為に体型をキープしてるって。

 そんなこと言われたら好きになるだろ。いや、もう好きなのか。


 はあ。明日はしっかり決めないとな。

 もう半同棲状態で、しっかり好き同士とわかっている今、形に拘る必要も理由もどこにあるかわからないけど、まあ、一応けじめってのもあるしな。


「いらっしゃいませー」


 先輩の家の近くのコンビニは、住宅街の角にポツンと存在する。

 夜になるとここの灯りと街灯だけが頼りになる、というくらいここ以外は何もないようなところだ。


 中に入るとすぐに先輩はレジ前のホットコーナーへ。


「おいしそう。ね、これ買って」

「はいはい。あ、ちょっと立ち読みしてきていいですか? 今週の漫画、まだ見てないんですよ」

「じゃあ、外で食べながら待ってる」


 飢えた先輩に肉まんを買い与えて、俺は一旦雑誌コーナーへ。

 目当ての週刊誌を手に取ろうとすると、その時店員の女の子がこっちに向かってくるのが見えた。


 かわいい子だ。

 ショートボブにパーマを当てた茶髪のコギャル。

 見たところ同い年くらいか。

 

 彼女を見た印象はそんな程度だった。

 以前なら、可愛い子とあればもう少し、例えば名札で名前を確認、なんてくらいの行動はとったかもしれないが、もうそんなものに興味はない。


 なにせ俺には、相思相愛の美人な先輩がいるんだから。

 この調子なら俺は、絶対に浮気なんてしないな。

 もちろんする気もないが。


 そんな大好きな人を外で待たせているので、読みたい漫画だけを探しているとその店員の女性が、俺の後ろで立ち止まった気配がした。


「あの、藍沢君だよね」


 自分の、最近はあまり聞くことのなかった苗字を呼ばれて振り返ると、コンビニの制服に袖を通したコギャルがいた。


「はい?」

「だから、藍沢君だよね?」

「は、はあ。それがなにか?」

「私、同じ学校の早川っていうんだけど」

「はあ」


 突然の自己紹介が始まった。

 ていうか誰? ああ、早川だっけ。


「あの、私、藍沢君にちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「な、なんでしょうか?」

「……連絡先、教えて」


 唐突に連絡先を聞かれた。

 ていうかなんで? いや、それはほんとになんでだ?


 はじめましての女子に、急に連絡先を聞かれるなんて。

 一瞬だけ、もしかしてモテ期? なんてくだらないことを考えたがすぐに撤回。


 怪しすぎるだろ。


「断る。じゃあ、人待たせてるから」

「あ、待ってよ! え、なんで? 私の連絡先だよ? なんで聞かないの?」

「そういう無駄な自信家はもう間に合ってるから。じゃあな」


 面倒なことに巻き込まれる気しかしないので、漫画を読むのは諦めてさっさと店を出た。


 まだ後ろでわーわー言ってたがもちろん見向きもしない。

 あんなかわいい子が立ち読みしてる俺をナンパなんて、あり得ない。

 せっかく学校の面倒ごとを解決したばかりだってのに、また変なことに首を突っ込むのは御免被る。


「すみませんお待たせしました」

「……あれ、誰?」

「へ?」


 先輩が駐車場で肉まんを食べながら、睨みつけてくる。

 ほら、面倒なことになった。


「ねえ、誰? めっちゃ可愛い子だったけど?」

「し、知らないですよ。いきなり声かけられたんです」

「薫が? 絶対嘘。そんなのあり得ない。あの子となんかあったんでしょ」

「そこまで否定されると傷つきますよ……」

「だって……」

「ほんとに何もないんですって。俺をいいと思うもの好きなんてそうそういないですって」

「なんかそれだと私が変なやつみたいじゃない!」

「え? 先輩って俺のこと好きなんですか?」

「もう! いじわる!」

「あはは。さて、帰りましょう」

「う、うん」


 先輩って、結構ヤキモチ妬きなんだな。

 そういうところも、まあ可愛いや。


 近くにコンビニなんてそこしかないのに、気軽に立ち寄れなくなったことに少しがっかりしながら、そのまま先輩と家に戻る。


 早川……やっぱり訊いたことないな。


 


 



 

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