第25話

 男女の喧嘩を人に見られることほど恥ずかしいものはないと、人生で初めて目の前で女子に泣かれて、実感することとなる。


 駅前の夕方のベンチで盛大に泣き喚いた先輩と、それを慰める俺。


 どこからどう見ても俺が彼女を泣かせたクソ野郎にしか見えない状況だ。


 せっかく買ったクレープもドロドロだし、先輩は泣き止まないし。


 どこかに行こうにも動けそうもなく、ただ周りの痛い視線を浴びながら先輩の涙が止まるのを待っていると、やがて辺りが暗くなっていった。



「ぐずっ、すんすん」

「もう泣かないでください。俺が悪かったですから」

「……じゃあ、反省してこれからは素直になる?」

「ええ。こんな恥ずかしい思いをするくらいなら素直になったほうがよほどマシだと思い知らされましたよ」

「だ、誰のせいで」

「先輩、ありがとう。俺、ちゃんとしますから」

「う、うん……わ、わかればいいのよ。うん、先輩の言うことは聞くものよ」

「はい。肝に銘じておきます」


 全くその通りだと、何回ため息をつきながら反省すれば俺は変わるのだろう。


 いつも変わらない先輩のなんとも言えない赤らんだ顔を見ながら、未来の自分とやらを想像しているとお腹がぐーっと鳴る。


「そういえば晩飯、まだでしたね」

「うん、私ラーメンでも食べたいな」

「せっかくお金もらったんだからもっといいもの食べましょうよ」

「ダメよ。おつりもちゃんと返すんだから」


 さっきのクレープを買った領収書をビシッと俺に見せながら、先輩はちょっとしてやったりな表情。

 こりゃあ先輩の彼氏になる人は苦労するな。


 ……苦労も、いいかな。


「で、俺の話で本題から随分逸れちゃいましたけど、明日三島聡子にどうやって話をするんですか?」

「あの人、結構イケイケで苦手なのよね。それによく授業サボってどこか行ってるし」

「なるほど。じゃあ俺の出番ですね。ここは俺に任せてください」

「とかいってサボる口実にする気でしょ」

「ご名答」


 この問題が解決するまで、正直言って勉強する気にもならないし、なにより俺には考えがあった。

 そしてそれに先輩を巻き込むわけにはいかない。


「ねえ、無茶しないでね」

「まるで死地に行く兵士を見送る女房みたいなセリフですね」

「な、なんで私が女房なのよ」

「たとえですよ。それより、着きましたよ」


 ちょうどラーメン屋の前にきたところで先輩があたふたと照れまくっていたので俺は見ないふりしてさっさと中に入った。


 もちろんすぐについてくる先輩は、今日は俺の向かいに座って頬杖をつくとプイッと顔を逸らしてしまう。


 だから勝手にチャーシュー麺と炒飯を二つ注文すると、先輩にまた怒られた。


「こら、人の金だからって贅沢するな」

「これくらいいいでしょ。でも、ここの炒飯うまいんですよ。食べたくないですか?」

「……食べる」

「そうそう。人間素直が一番ってことですよ」


 さっきまで散々喋ったせいか、食事の間は無言だった。

 先輩も消費したカロリーを補うように一生懸命アツアツのラーメンをすすっていた。


 店を出るともう辺りは真っ暗。

 さすがに、ということで俺は先輩を家まで送ることに。


「ストーカーは撃退しましたけど夜道ですからね」

「あ、当たり前よ。送っていきなさいよ」

「とかいいながら、俺と離れるのが寂しいとか? あはは」

「……うん」

「へ?」

「寂しい……」

「せ、先輩?」

「さ、寂しいの! なんで今日も一緒にいていいですかとか、泊まっていっていいですかとか聞いてこないのよ!」


 からかったつもりだったのになぜか怒られた。

 というかこれはデレたのか?


「い、いや先輩がいいんなら俺はそうしますけど」

「そういう言い方がいやなの! 薫がどうしたいか聞いてるの」


 まるでいつかのしっぺ返しをくらったようだ。

 先輩が俺を必要とするなら喜んで助けようなんて偉そうなこと言って、ちょっと意地悪した仕返しだな。


「……先輩と一緒にいたいです。家、行ってもいいですか?」


 言いながら吐きそうだった。

 今まで散々強がってきた自分が剥がれ落ちていく感覚は、心を丸裸にされたようで死ぬほど恥ずかしい。

 穴があったら入りたい、というかそのまま埋めてほしいくらいの感覚だな。


「よく言えました」

「子供扱いしないでください」

「でも、ダメ。今日は泊めない」

「はあ? 意味わかんないし。俺の勇気返してくださいよ」

「だって……」


 そう言ってから先輩は少し沈黙する。

 そして言葉を発しようと息を吸った時、耳がカァっと赤くなる先輩は一言。


「今日は、薫の家に泊めてほしいもん」

 

 

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