第24話

 被害者面をして先輩に近づいたような気がして嫌だった。

 同情を誘ったみたいで気持ち悪かった。

 知ってるくせに先輩と同じように悩んでるフリをしているのがいたたまれなかった。


 だから言いたくはなかった。

 でも、先輩はわかっていたようだ。


「……ええ。そうです」


 俺が犯人だと噂を拡散させたのは間違いなく海田会長だ。

 しかしそれは俺にとって都合がよかったとも言える。


 もちろんあんな高飛車なやつに人間性まで否定されたことは心底ムカついたが、噂を拡散してくれたことにはむしろ感謝すらしている。


「ねえ、だったらどうして薫はそのことを言わなかったの?」

「それは……」


 ここから先の話は、別の理由で言いたくなかった。

 自分がやっていることがあまりに愚かだとわかっていたから。

 でも、隠さないと決めた以上、話さないわけにもいかないだろう。


「犯人の子を庇ってるんだ。でも、どうして?」

「先に言わないでくださいよ。まあ、理由は大したことないです。後ろめたさから、勝手にやったことです」


 俺が知っている本当の窃盗犯の名前は田中。

 田中浩介という同級生は、かつて俺の唯一ともいえる友人だった。


 両親が死んだあとで頼ったのは彼の家。

 その時、彼の父親から拒絶された後も、浩介は個人的に俺を気にかけてくれた。


 中学は違ったが、たまに俺のアパートにこっそりやってきて、差し入れをしてくれたりしていた。


 忙しくてあまり会えないながらに彼との交友は続き、同じ高校に進学した。


 そして同じクラスになった時には二人して喜んだものだ。


 でも。


 高校入学早々に彼の父親が死んだ。

 過労だったらしい。


 うちの会社が潰れてから、心労で倒れた奥さんの世話と家のローンなんかのために昼夜問わず働き続けた無理が祟ったんだとか。


 その話を聞いてまず思ったことは。


 俺の両親のせいだ、と。


 あの時会社が潰れなければ、と。


 そんなどうしようもないことを、なぜか関係ないはずの俺が悔いたのは、きっと浩介の父親に恨言を言われた時のトラウマからだろう。


 でも、父親が亡くなった時もその後も、あいつは俺との接し方を変えなかった。

 むしろ俺の方が浩介を避けるようになった。


 そして先輩の誕生日。

 俺は偶然あいつのカバンに、盗んだプレゼントが入っているのを見た。


 前から金に困ってるとか、そんな話は聞いてたし万引きとかをコソコソやっているのも知っていた。


 でも、俺はあいつにだけはそれを注意できなかった。

 注意して、あいつに「誰のせいでこうなったと思ってんだ」と言われるのが怖かった。


 止めることもできず、自首しろとも言い出せない。


 だから俺は。

 あいつの代わりに罪を被った。


「それで、どうして田中君と仲違いしたの?」

「憐れんでるつもりかって。お前にしてほしいのはそんなことじゃないって。でも、俺は話を聞かなかったんです。だから、見捨てられました」


 俺のことを偽善者と言った連中は、やっぱり正解なんだ。


 浩介のためだとかいいながら、結局は自分が楽になりたかっただけだ。

 こんなことをして、罪滅ぼしをした気になっていただけだ。


 先輩のことだってそうだ。

 同じ境遇を装って仲良くなって、自分の蒔いた種なのにそんな話はせずに被害者ぶってかまってもらおうとして。


 あーあ、ほんとつまんない男だ。


「ほんと、バカみたいな話ですよ。ずっと先輩を騙してたわけですから」

「……薫、ちょっとだけいいかな」

「はい?」


 先輩がそっとクレープを左手に持ち帰ると、右手で俺の頬を触る。


 そして俺の目を見て離さない。


 これはもしや、なんて思ったその時。

 一瞬の出来事だった。


「バカ野郎!」

「いった!」


 バチンと乾いた音とともに、頬に強烈な痛みが走る。

 思いっきりビンタをかまされた。


「な、何するんですか、いてて」

「薫のバカ! なんでいつもそんなんなの? 自分を大事にしないの? そんなことずっと抱えて生きて、それが幸せなの?」


 痛みで泣きたいのはこっちのはずなのに、何故か俺を打った張本人が目を涙で濡らしている。

 声も掠れて、鼻水も出て。

 ひどい顔だ、美人が台無しだな。


「なんで先輩が泣くんですか」

「あなたのことを大事に思って、あなたに幸せになってもらいたいって思ってる人の気持ち、考えたことある? 薫が嬉しいとね、自分も嬉しいなって思う人だっているんだよ?」


 グズグズな顔で語る先輩の言葉の意味はよくわかる。


 俺だってそうだ。

 先輩が喜んでいると嬉しいし、泣いていると辛いし、怒っていたら機嫌をとりたくなるし、困っていたら助けたくなる。


 でも、それは俺が先輩を好きだからだ。

 俺のことを、そんな風に思ってくれる人なんて、今までいないと、そう思っていた。


 思ってたんだけど……


「……なんで、店長にしても先輩にしてもさ、俺なんかに構うんですか。ほっとけばいいじゃんか……」

「店長さんだって、あなたのことが好きなのよ。大切なのよ。そこに理屈なんてないし、理由なんて必要ないの。それに私だって……薫はバカで強がりで根暗で性格悪くて、でも困ってる人見たらほっとけなくて、なんだかんだ言いながら最後まで助けてくれて、相手の気持ちをちゃんとわかってあげられる優しい人だって知ってるから、だから」


 だから。

 その後の言葉を言おうとして、先輩は何故か口籠って顔を赤くする。


「だから、その、ええと……」

「……先輩。一番いいところなのになんでそうなるんですか」

「な、なんでもないわよ! と、とにかく言いたいことわかったでしょ、このバカ薫!」


 本当はこの後。

 わからないので言葉にしてくださいなんて、意地悪を言いたかったけど言えなかった。

 

 痛いほど伝わってきたし、それでわからないほどバカではない。


 それに。


 俺の方もまだ言葉にできそうもないから。



 

 

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