第23話
藍沢薫にはかつて友人がいた。
なんていえばまるでその友人とやらが死んでしまったような言い方だがそうではない。
生きているし、なんならこの学校にまだきっちり通っている。
どうして過去形になったかというと、それは仲違いしたから。
俺とあいつは、あの日以来口をきいていない。
原因は。やっぱり俺だ。
「隠し事なんてしてませんよ」
「嘘。さっき海田君に言った言葉、あれどういう意味?」
「他意はないです。蒸し返されるのを嫌っただけで」
「それも嘘。ねえ、私には正直に話してよ」
そう言って詰め寄る先輩の色香に惑わされて思わず口が滑りそうだ。
でも、やっぱり言えない。
俺は正しくないことをした自覚はあるのだから。
「ほんとになんでもないんですって。それより、先輩の方こそ三島さんと話できたんですか?」
「そ、それは……無理だった」
「しっかりしてくださいよ。明日は大詰めですよ?」
「わかってる……って話逸らさないで」
「話すことはありません。行きましょう」
「……」
どうしてこういう時だけ目敏いのだと、暗い顔をする先輩を見ながら心の中でため息をつきながら、静かに裏門から学校をあとにした。
しばらくは沈黙が続いた。
気まずさ、というよりは先輩が一方的に拗ねているだけのようだったけど、今なにか取り繕うように話題を振るのも不自然だからと、黙って歩いていると先輩が急に声をあげる。
「なんで何もしゃべらないのよ」
「そういう気分なのかなって」
「わ、わかるでしょ! 私、怒ってるんだけど」
「だから話しかけにくいんでしょ」
「……機嫌とってよ、バカ」
沈黙が破れたことで、ようやく少しだけ肩が軽くなる。
ただ、今日からはストーカー被害の心配もないわけだから先輩の家に泊まることもなくなったわけで、そう思うと少し気分が暗くなる。
今日はそのままバイト先に行くことにした。
早く店長に報告をしたかったのもあるし、先輩の家に寄ると、楽しかったここ数日のことを未練がましく思い出してしまいそうだったので、避けたというのもある。
「あら、二人ともおつー。今日は……なーにその顔、喧嘩でもしたの?」
店長は俺たちを見るなりすぐに難しい顔をしていた。
きっと俺たちも一目見てわかるくらい複雑な面持ちだったのだろう。
「いえ、一つ問題が解決してすっきりした顔ですよ」
「そんな風には見えないわー。特にミッキー、あんたひどい顔よ?」
「え、私? そ、そうかな……」
「そうよー。絶好調のあんたなら私といい勝負できるけど、今日のあんたなら私の足元にも及ばないってかんじー」
平気でそんなことを言うオカマに、俺は嘘をつけと声を大にして言いたかった。
どんなにコンディションが悪くても先輩があんたに負けるわけないだろ。
「まあいいわ。二人とも、今日は休みなさい」
「え? いやでも店が」
「給料はカットだけど、その代わりこれ、お小遣いあげちゃう。これで美味しいものでも食べてらっしゃい」
そう言って渡された一万円札は、俺たちが二人で平日働いた給料となんら変わりない稼ぎだ。
「い、いやこんなにもらえませんって」
「子供は素直に大人の世話になるものよ。言ったでしょ、頼ってもらえるのも案外嬉しいものなんだって」
その言葉が、なぜか心に刺さった。
そしてすぐに先輩の方を見た。
無理やり一万円札を胸元に押し込まれて、おっさんにセクハラを受けているような先輩を目の当たりにしながら、俺は悔いた。
そうだ。頼るのも、頼られるのも信頼だとつい先日学んだばかりだというのに、どうして俺は先輩に何も打ち明けなかったんだ。
そりゃあ怒るのも無理はないか。
でも、そこまでわかってるのなら話は早いか。
「先輩、せっかくだから甘えましょう」
「で、でも」
「店長、今日はお言葉に甘えて二人で美味しいものでも食べてきます」
「そうそう。素直な方が可愛げがあっていいわよ」
結局今日はバイトを休むことになった。
そうと決まればさっさと店を出ようと、扉を開けたところで店長が俺を呼び止める。
「あ、割引チケットあるけどいる?」
「店長の行きつけの店のですか?」
「そう、行きつけのラブホの」
「……失礼します」
◇
「ったく。高校生にラブホすすめるなよ……」
「でも、どこにいくつもり? まさか本当に」
「先輩が行きたいんなら行きますけど」
「ば、ばか!」
二人で店を出てプラプラと。
バイトのつもりで予定もなかったもんだからどうしようと、まだ日が明るい駅前を二人でうろついていると、先輩が足を止める。
「どうしました?」
「見て、駅前にクレープ屋さんがきてる」
指さす方向を見ると、改造したワゴン車でクレープを売っていた。
十人ほどが列を作り、その周りにあるベンチではカップルや家族連れが美味しそうにそこで買ったであろうクレープを食べて笑っている。
「ほんと、甘いものすきなんですね」
「い、いいでしょ別に。ねえ、買っていかない?」
「いいですよ。そういえばお金、胸に刺さったままですけど」
「きゃっ。み、見ないでよ」
「じゃあとってあげましょうか」
「エッチ! バカ!」
胸元を隠すようにお札を取り出した先輩は、クシャクシャになったお札を財布に入れながら顔を赤くしていた。
そんな彼女を連れて列に並び、すぐに前の人たちが散っていく。
「私、クリームのやつがいいかなあ。薫はチョコね」
「だからなんで俺の食べるものを勝手に決めるんですか」
「だ、だって両方食べたいもん」
「……すみません、クリームとチョコ、ひとつずつください」
手際よくのばされて広がった生地をすぐにヘラですくいあげて、中にフルーツを並べてからクリームやチョコをたっぷりと。
そしてクルクルと巻かれて形づいていくそれを紙の入れ物にスポッと入れて完成するまでの時間はほんの一分ほど。
なるほど職人技だなあと感心していると、店員にどうぞと二つ、クレープを手渡された。
「美味しそうですね」
「うん、あっち行って食べよ」
二人ですぐそばのベンチに腰かけて、クリームの入った分を先輩に渡す。
きっと傍からみれば俺たちもデートをしているカップルにしか見えないのだろうか。
そう思うと少し落ち着かない。
「うん、おいしい。薫も食べてみて、すっごくおいしいよ」
「いただきます。うん、いいですねこれ」
甘いものなんて、正直あまり好きではなかった。
太るし、高いし、第一食べる必要はこれぽっちもない贅沢品だから。
でも、こうして先輩が嬉しそうに頬を緩めているのを見ると、案外悪いものではないのかもしれないと、そんなくだらないことを考えながらもう一口、クレープを口に運んだ。
「ねえ薫、さっきの話なんだけどね」
すると急に、先輩が俺のチョコ味をねだることもなく、
「言いたくないことなのに、無理に訊いてごめんなさい」
謝ってきた。
「なんで謝るの?先輩は悪くないでしょ」
「だ、だって薫、あの後ずっと不機嫌そうだし」
「怒ってたのは先輩でしょ。俺は別に怒ってません」
「で、でもなんか辛そうな顔してたし……」
「謝らないといけないのは俺の方です。先輩に隠し事して、すみませんでした」
先輩は俺の力になろうと思ってくれていたはずだ。
でも、一度はその手を振り払おうとしたんだ。
だから、謝って済むようなことじゃない。
だけど謝らないと始まらない。
「俺、先輩には全部言います。俺のこと、知ってほしいから」
そして全てを話そうとした時に、先輩が俺の方を見て、静かに言う。
「薫は、誰が窃盗事件の犯人か、知ってるんでしょ?」
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