第22話

 海田の卑しい声と共に、生徒会室に数人の生徒が押し寄せてきた。

 どうやら生徒会の面々らしい。


「会長、どうされました?」

「この男が卑猥な盗撮写真をもっているのを注意したところ、いきなり俺に殴りかかってきたんだ。捕まえろ」

「な、なんですって? お前、ちょっとこい」


 なるほどだった。

 こうやって、俺を悪者にした挙句、証拠も隠滅して一石二鳥という算段だったのか。


 妙にあっさりとことが進むものだと思っていたけど、結局踊らされていたのは俺の方か。


 ……


 なんてな。


「会長。すみませんけどそれ、無理がありますよ」

「な、何を言ってるんだ? お前、この期に及んで往生際が悪いぞ」

「その言葉そっくりそのまま返します。会話、録音してるんですから」

「な、なんだと!?」


 当たり前の自己防衛だ。

 普段から人を疑っている俺が、丸腰で敵の本拠地にくるはずがないだろう。


 いつも人を馬鹿にして、足元をみないからすくわれるんだ。


 ばーか。


「というわけで、録音した音声はしっかり持って帰ります」

「お、お前ら取り押さえろ」

「無駄ですよ。もう先輩のパソコンに転送してますから」

「……ばかな」


 一転して崩れ落ちる会長の姿をみて、俺を取り押さえようとしていた数人の生徒の手が緩む。


「あんたらも災難ですね。こんな変態の部下だなんて。じゃあ先輩方、失礼します」


 そう言って部屋を出ると、立ち眩みがした。

 そしてその場にしゃがみ込むと、手も足も震えて動けなかった。


 相当無理したなあ。

 あんな緊張した場面なんて、二度と御免だ。


 しばらくその場に座り込んで息を整えてから立ち上がると、後ろから足音が聞こえる。


「ま、待ってくれ! 頼む、どうかこのことを口外するのだけは」


 涙目で俺にすがってくる生徒会長の姿は、ついさっきまでの自信に満ち溢れたものとはかけ離れて情けないものだった。


「……嫌だと言ったら?」

「な、なんでもする! 俺はこんなことで人生を棒に振るわけにはいかないんだ。わかるだろ、俺は学校中の期待を背負ってるんだ」


 こんなことで。


 こんなことで?


 先輩があんなに苦しんで、泣きそうになって、俺みたいなやつに頼るしかないくらいに弱ってしまったというのに、それをこんなことで済ますのか?


「……喋るな」

「え、いやだから」

「喋るな! ぶっ殺すぞ!」

「ひっ……」


 静かな廊下に俺の刺々しい声がこだました。

 これ以上こいつの声を聞いていたら本当にぶっ殺してしまいそうだ。

 なんで、なんでこんなやつらばかりが何食わぬ顔で楽しそうに生きて、先輩みたいな人が苦しまないといけないんだ。


 学校ってやつは、世の中ってやつは、狂ってるよ。


 でも。ここで俺がこいつをタコ殴りにしたところで、何も解決しないし何も生まない。

 復讐なんて、誰も喜ばない。


 だったら……


「……今、何でもするって言いましたよね?」

「あ、ああ。なんでもする。それは約束する。だから」

「じゃあ……水前寺先輩に嫌がらせをしている犯人を捜してください」

「い、嫌がらせ? そんなことを彼女が」

「いいから。ストーカーなんだからそういうの得意でしょ。今日中にやってください。あと、会長の彼女さんが怪しいのでそこを重点的に」

「聡子が? い、いやわかった。今日中に探す。だから」


 だから、そのアルバムを返してくれないか。

 そんなことを言った時に俺は振り返って、その情けない顔を。


 思いっきりぶん殴ってやった。



「はあ……胃が痛い」

「まさか海田君が犯人なんてね……でも、お手柄だね薫」


 放課後、先輩と校舎裏で海田を待つ間に、ここまでの出来事を説明した。


 先輩も最初は動揺を隠し切れない様子だったが、先輩以上に疲弊している俺を見てか、明るく振る舞ってくれている。


「あいつが来たらまず土下座させます。そんで、集めてきた情報をもって犯人を特定。それで解決ですね」

「うん。でも、薫ってすごいよね。なんかどんどん事件を解決しちゃってる」

「してませんよ。運が良いだけですし、不幸な生い立ちが役に立ったなんて、皮肉でしかありませんよ」

「そう、だね。でも、私は少なくとも薫がどれだけ頑張ってくれたかわかってるつもりだから」

「じゃあ、今日はご褒美に膝枕くらいしてくれますかね」

「……」

「え、いいの?」

「よくない、けど。よくなくもないこともないことも……」

「何言ってんのかわかりませんよそれ」

「そ、そんなにしてほしい?」

「はい、是非」

「……ちょっとだけなら、いいよ」


 そう言ってとんとんと、自分の太もも辺りを軽くたたいて俺を見る。


「ここで? いや、帰ってからでも」

「い、今なら特別なの! 帰ったらしないもん」

「はいはい。じゃあ甘えます」


 先輩の膝枕は、なんともいえない心地よさだった。

 使ったことはないが、多分どんな上等な枕なんかよりも、簡単に疲れをとってくれる。


「ど、どうかな」

「最高です。このまま顔をうずめたい」

「え、えっちなことしないでよ!」

「しませんよ。でも、もう少しこのままでもいいですか?」

「うん……」


 ずっとこうしていたい。このまま時が止まればいいのに。

 そんな柄にもないことを思わせてくれるほど、彼女の柔らかい感触に身を委ねながら、静かに時が経つのを待った。



「あの」


 静寂を破るように声がした。

 はっきり言って邪魔だと思いながらも顔をおこして声の先を見ると、そこには海田が、複雑な表情をして立っていた。


「す、すみませんでしたー!」


 こちらから何をいうまでもなく、まず海田は土下座した。

 心底自分の罪を悔いているのか、それとも自分の立場を守りたくて必死なのかは俺にはわからない。

 ただ、先輩はストーカーをしていた張本人を目の前にしても、表情をかえることなく、やがて彼の前に立つ。


「海田君。顔をあげてください」

「は、はい」

「あなたのしたことは犯罪です。だから私は許しません。でも、復讐しても何も生まれない。だから私はこのことを忘れます。その代わりあなたも、私という人間と二度と関わらないと誓ってください」

「は、はい。もちろんです」


 先輩は強く宣言した。

 恨まない。憎まない。だから復讐の連鎖は起こさない。

 言い聞かせるように言った後、俺のところにきて、「あとはお願い」と。


「会長、それで犯人はわかったんですか?」

「そ、それが……どうやら聡子が水前寺さんの下駄箱に手紙を入れてたってのは事実みたいだ」

「やっぱりあの人が……それで、画鋲とか他の物を入れてたって話は?」

「それは知らない。というより、そんなことをしてる人を見たってやつは一人もいなかったんだ」

「それ、どこまで調べたんです?」

「ぜ、全校のクラスに訊いたし先生にももちろん。でも、わからなかった。すまない、頼むから許してくれ!」


 少し不思議だった。

 手紙の件はあっさり目撃情報が出たというのに、反面手のかかりそうな悪戯については誰も見ていないなんて。


 ただ、それもたまたまかもしれないしあの手紙を三島聡子が入れたという事実だけで今は充分だ。


「わかりました。じゃあ帰ってください」

「あ、ああ。そうだ、君の噂も俺がなんとかするよ。俺が言えばみんなだってきっと」

「余計なことはしないでください。その話したらぶっ殺しますよ」

「ひっ……し、失礼します」


 逃げ惑う会長の哀れな姿を見ながら俺は、ため息をつく。

 どうして今頃になってそんなことを言うんだよ。

 あれは俺がやったってことでいいんだ。


「ねえ、薫」


 と。先輩が俺を呼ぶ。


「なんですか? 早速明日、三島聡子を」

「薫」


 先輩が強い口調で俺の名を復唱した。


「薫。あなた、何を隠してるの?」



 

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