第21話
海田出海という人間の生い立ちやこれまでの女性遍歴なんてものはよく知らない。
ただ、彼がどういう人物で、どういう人格をもった人間なのかというのは、たった一度相対しただけでよくわかっているつもりだ。
「君のような人間が犯罪を犯す典型だ」
これは、俺に泥棒疑惑が浮上する前に、彼に生徒会室に呼び出されて実際に言われた言葉だ。
決めつけというより当てつけのようなその言葉は、当時の俺には刺さらなかった。
むしろ、何を言ってるんだこいつはと、バカにしたような目で彼を見ていたと思う。
しかし、その翌日に彼が何をしたかったのかが、何を言いたかったのかがすぐに理解できた。
「盗難事件の犯人、一年の藍沢ってやつだってよ」
当時から友人のいなかった俺に直接話しかけてくるやつはいなかったが、その噂は嫌でも俺の耳に入ることに。
そう。あの日以来俺はただのぼっちではなく、陰キャな上に犯罪者というレッテルを張られたのだ。
ただ、海田にはそれだけの影響力があり、彼が白と言えば白、黒と言えば黒になる。
そんな相手と戦って、もし本当にあいつが何かしていたとしても勝てる自信はない。
ないからこそ俺は逃げたし、反論をすることもなかった、というのも嘘ではない。
「はい、ココア。眠気覚ましにどうぞ」
「ありがとうございます。そういえば先輩は、生徒会長とは話したことありますか?」
「私? えっと、まあ、い、一応」
なぜここでそんなに口籠る?
さてはなにかあったな。
「言い寄られてたんですね」
「え、いや、まあ。何回も付き合ってくれって言われたけど、私、ああいうお堅い人って苦手というか。そ、それに彼女いるって知ってからはもう無理。ずっと無視してたらそのうち諦めたのか話しかけてこなくなったけど」
なるほど。
……
クソが。
「でもあの人に逆らうとろくな目に合わないって話です。敵が強すぎますね」
「そうね。でも、誰であってもいけないことをしたんなら正したいし、それに、やめてほしいわ」
先輩の家の応接間でしばらくそんな相談を続けていると、気が付けば日付が変わっていた。
ようやくといった感じでそれぞれ風呂に入り、今日もまた、彼女の家で眠ることになる。
……何日も家にろくに帰ってないけど。
そろそろあのアパート、解約しようかな。なんてな。
◇
翌日。
先輩の下駄箱には何もなく、まずはそれを確認してホッとした後でいつものように校舎裏へ。
「なんかドキドキするね。いよいよ犯人を追い詰めるって感じで」
「決めつけはよくないですよ。それに、もし生徒会長が絡んでるんだとすれば厄介だし、願わくば彼らが犯人じゃない方がいいです」
「苦手なの? 海田くんのこと」
「ええ、天敵ですよ」
でも、心のどこかに海田が犯人であってくれと願う自分もいた。
そうなればあいつを失脚させるいい機会だし、冤罪を着せた恨みを晴らすこともできようというものだ。
いや、この方が逆恨みか。というのはこっちの話。
まあ、どちらにせよ、あいつはムカつくからいいんだが。
「俺は今日、なるべく海田の動きを探ります。先輩は、三島さんとかいう人と、できれば会話してください。そんで、おかしなことを言ってたら俺に教えてくれると助かります」
「が、頑張る」
「期待してませんので気楽にどうぞ」
「な、なんでよ!」
作戦が決まったところでお互い教室に戻る。
今日ばかりは不必要に一緒にいることも得策ではないと、そう言って別れる時に少し寂しそうな顔をした先輩を見て、俺も心が痛んだりもしたが仕方ない。
こんなくだらないことはさっさと終わらせるんだ。
そう決意して廊下を一人歩いていると、前から一人の男が歩いてくる。
……海田?
「おはよう」
「……おはようございます生徒会長」
「ほう。ゴミみたいな君でも挨拶くらいはできるんだな。感心したよ」
「なんで先輩が二年の校舎にいるんですか?」
「用事があっただけだよ。それより、君に話があるんだ。昼休みに生徒会室にきたまえ」
そう言って、海田はそのまま去っていく。
話? 俺に?
何の話だよと、呼び止めて聞こうとしたが一度足を止める。
何の話かは知らないが、これは千載一遇のチャンスだ。
海田と接触する機会をうかがっていた俺にとってはまたとない機会が、思わぬ形でやってきた。
この際だ。訊きたいことを全部聞いて、怪しい言動があれば論破してやる。
そう意気込んで教室に戻り、午前中はずっと海田との話し合いをシミュレーションし続けていた。
◇
「失礼します」
「ああ、君か。入りたまえ」
生徒会室は専用の一室が与えられ、校長室の倍はある広さに加えてソファや綺麗な漆塗りのテーブルで彩られている。
奥には生徒会長専用の席があり、そこの机で頬杖をついた海田が、見下すように俺をじっと捉えて離さない。
「で、話ってなんですか?」
「いやなに、君の異性間交友について少しな」
「俺に彼女なんていませんよ。それに童貞です」
「ははは、そんなことは訊くまでもない。お前みたいなゴミを真剣に相手する女性など、いるわけがないだろうからな」
目線だけでなく言葉でも俺を見下してくる。
何が学校始まって以来のパーフェクトヒューマンだ。
こいつ、決定的に一つかけてるものがあるじゃないか。
そう。人間性とやらがゴミ以下だよ。
「俺が誰にも相手されないってわかってるんならそれでいいでしょ。他になにか?」
「いやなに。気になる噂を耳にしてな。あの水前寺瑞希と君が、二人で仲よく買い物に出かけたり食事をしていたという話だが、心当たりはあるか?」
そういえば、海田は先輩が好きだったんだったな。
だが、買い物や食事の時には結構周りに気を配っていたつもりだしうちの生徒らしい人物を見かけた覚えはない。
なのに知っているということは……まあ、そういうことか。
わかりやすい性格のバカで助かったよ、まったく。
「はい、事実です。俺は先輩の家に出入りして毎晩泊まってます」
「な、なんだと!?」
「それが会長と何か関係が? あ、俺も噂訊きましたよ。何回もフラれたんですってね。かっこわる」
「き、きさま!」
俺は確信した。
ストーカーはこいつだと。
多分育ちがいいせいか、夜は出歩けないのだろう。
だから俺と先輩が日中に出かけていることは知っていても、夜に一緒の家に帰っていることは知らないのだ。
俺を陥れたいのであればまず異性の家に泊まるなんて行為を咎めるべきなのにそれを言わなかったというのがその証拠だ。
いくら頭がいいのか知らないけど、俺みたいに人を常に疑っているやつの陰湿さを舐めるなよといいたいぜ。
「で、何か問題が? 俺と先輩がどこで何をしていてもあなたに関係ないはずですが」
「お、お前、開き直るのか? 俺が動けばお前一人くらい、退学にすることなんて」
「じゃあ退学でいいですよ。その代わり……お前も道連れにしてやるけどな」
そう言って俺は海田の座っている席に詰め寄って、そして。
「失礼します」
「な、なにを・・・・・ぐへっ」
殴り飛ばした。
これはまあ、必要なことだ。
俺は海田が吹っ飛んだあと、すぐに机の引き出しを開けた。
するとそこにあったのはアルバムだ。
「これか」
「や、やめろ」
「……マジか」
そこには、先輩の写真がずらりと。
もちろんどれも隠し撮り。帰り道の先輩の後姿なんかの他に、更衣室で着替える彼女や、休日に私服姿で出かけている時のものもあった。
「……最低だな、あんた」
「ち、違う! それは生徒から押収した写真で」
「どっちでもいいです。でも、これが生徒会室に大切に保管されてましたって、世間に公表しちゃいますんで。もちろん、退学にしてくれてもいいですから」
俺は何かに取り憑かれたようにやけくそだった。
海田が何をしてくるか、この後どんな仕返しが待っているかなんてどうでもよかった。
先輩をずっと苦しめていた張本人がこいつだと思うと、そんな遠慮も恐怖も何もない。
本音を言えばぶっ殺してやりたいくらいだった。
「た、頼む……それだけは」
「じゃあ、もう二度とやらないと誓いますか?先輩に、二度と近づかないと」
「あ、ああ。もちろんだ。それで許してくれるのか?」
「……んなわけないだろバカか。もう一つ、答えてください。先輩の下駄箱に悪戯したり手紙入れたりしてたのも先輩ですか?」
この答え次第では、一気に事件が解決する。
だから俺がやったと、そう言ってくれと願ったが、海田は首を横に振る。
「し、知らない。俺は知らない。俺はただ、彼女が好きで時々後をつけていただけだ」
「そうですか。わかりました。とりあえずこの写真は押収しますので、震えながら待っててください」
そう言って俺は、生徒会室を出ようとする。
その時だった。
「馬鹿め、ひっかかったな」
と、海田の卑しい声が俺の背後から響いた。
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