第20話
放課後すぐに学校を出て先輩の家に行くと、まず父親の使っていた部屋に案内してもらう。
今日のミッションは先輩の父が駆け落ちをしたと思われるキャバ嬢の名刺探し。
ほんと、最近探偵みたいなことばかりやっているけど、思ったよりこれは天職なのかもしれないと、すぐに部屋の引き出しから目的のものを見つけた時にふと思ってしまった。
「ナツメ……源氏名かな」
カタカナでナツメと書かれた名刺の淵はキラキラした模様で彩られており、裏をめくるとそこに、店の名前と手書きのメッセージが。
店の名前は『クラブ ルージュ』
手書きのメッセージはいかにもギャルが書いたような丸文字で、愛してるとか今度の休みはいつだとか、そんなことをつらつらと。
「……これ、住所は隣町ですね。確か飲み屋街があったけど」
「正直言ってキモいわね。なんか情けなくなってきた」
とまあここまでは順調。
しかしここから先が問題だ。
「でも、高校生じゃ店にも入れないしどうします?」
「誰か、大人の知り合いでもいれば……あっ」
「何かいい案、ありました?」
「いえ、あの、店長さんに相談したらどうかなって思ったんだけど、やっぱり迷惑、だよね」
「店長か……いいんじゃないですか? あの人、夜の店の知り合いも多いし力になってくれると思いますよ」
「で、でも」
「頼らずに抱えこんでる方が怒りますよ。よし、早速これをもってバイトに行きましょう」
バイトに向かう間も、先輩はずっとやめておこうと言っていたが俺は訊かない。
この前店長に言われた通りで、頼るのも相手を信用してる証である。
俺はあの人を信用しているし信頼しているし尊敬している。
最も、あんな風になりたいとは一度も思ったことないけど。
◇
店に着くと、前の道路を掃き掃除している店長の姿が見えた。
「あらー、おつかれ二人とも……ってどうしたの暗い顔して」
「店長に相談があるんですけど、いいですか?」
「……何かわけありね。いいわ、中に入りましょう」
店のテーブルに座り、店長が入れてくれたコーヒーを片手に早速見つけた名刺を差し出す。
「この人、知り合いだったりしませんか?」
「ルージュっていえば大きな店ね。何人か知り合いはいるけどこの子は知らないわ。でもどうして?」
「……先輩の父親が駆け落ちしたのは、この人なんじゃないかって」
言いにくいことだったが、先輩を見ると小さく頷いていた。
彼女も、覚悟を決めている様子だ。
「そう。ミッキーのお父さんがねえ。で、この子を探してほしいとかそういうこと?だったら難しいわ。お水の子って、履歴書とかもないし」
「そうじゃなくてですね。ええと、先輩は学校で嫌がらせにあってるんですが、その犯人に心当たりがなくて……もしかしたらこの女性の家族が先輩に嫌がらせしてるんじゃないかなって」
もちろん勝手な憶測にすぎないが、母親が駆け落ちして家庭が崩壊し、その原因である先輩の父に対する憎しみが、その子供である先輩に向けられているのではないかと。
そんな話をしたら店長が、「なるほど、よく話してくれたわ」と言って立ち上がる。
「そういうことならおちゃのこさいさい。すぐに本名くらいなら聞けると思うわ」
「あ、ありがとうございます」
「で、早速だけどミッキーのお父さんの会社名教えてくれる? 一応調べるのに役立つかもだから」
「ええ。確か……添田商事という会社です」
その会社名は有名だ。
先代の添田という社長が立ち上げた会社だそうで、その人と共同経営をしていたのが先輩の祖父にあたる人。
その流れから、先輩の父が引き継いで社長になり、代替わりした時に通販やイベント関係にも幅を広げたそうで、今では時々テレビでCMを見るほどの会社になっている。
訊きなれた社名に俺は「へえ」と声をあげていたが、店長は少し驚いたような顔をしていた。
「店長どうしました? 先輩がお金持ちだってわかって驚いたとか」
「え、ええまあ。うん、とにかく後は私に任せなさい。あなたたちは余計な詮索をしないことよ。いいわね」
「は、はい」
そうこうしていると店が開く時間が迫る。
三人でいつものように掃除をしながら準備を進める間、これが解決の糸口になってくれと、そんなことばかり考えていた。
そして早速事態は動き出す。
最初に来たお客さんの一人に、店長がさっきのことを相談している。
もっとも、大事な部分は伏せたまま、彼女の情報だけをうまく引き出そうと工夫する彼の話術は見事で、俺たちは接客を任せて他の仕事に移ることにした。
「というわけで、ナツメちゃんの本名知りたいのよー」
「貸したお金を返さずに飛ぶなんて最悪だなあ。ええと、あの子は確か三島とかじゃなかったかな? もう三十を超えてるのにキャバクラで働いてるって話で評判になってたくらいだから間違いないよ」
「オーライオーライ。助かったわ。それじゃ一杯奢るわよん」
「お、気前いいねえ」
聞こえてきた会話にあった、三島という名前に俺は訊きおぼえがない。
しかし先輩は、その人物にこころあたりがあるようで。
「三島って……確か三年生に一人いるわ。三島……
特に話したこともないそうだが、三島聡子という人物は学年でも目立つ存在の美人で、名前くらいは同級生なら皆知っているとのこと。
そして、彼女には付き合っている相手がいるそうだ。
「彼氏はたしか、
知ってるも何も、その人の名前はあまりに有名だった。
なにせ俺たちの学校の生徒会長だから。
成績優秀な上に、部活動こそ所属していないが趣味の乗馬ではオリンピック候補だとかの話も聞いたことがあるし、家は相当な資産家だという噂だ。
「知ってるもなにも有名人ですよ」
「薫より有名?」
「その話はやめてください。俺は小物です」
「ふふっ。そうよね。でも、怪しいのはこの二人ってことかしら」
「わかりませんし、あの生徒会長がそんなことするのかとは思いますが、疑って調べるほかに手段はありませんから」
ようやく。具体的な名前が挙がってきた。
そのことに少し興奮気味に話しこんでしまい、裏で話に夢中になっているところを店長にどやされた。
慌てて二人で仕事場につき、この後は特にそんな話題が出ることもないまま時間だけが淡々と過ぎていく。
そしてようやく店が終わったのは夜の十一時。
二人で帰り支度を整えていると店長が俺たちのところに来る。
「二人ともおつかれ。でも、お喋りのし過ぎはだめよー」
「すみません。反省します」
「わかればよろしい。それより、三島さんって子に心当たりがあるようだけど、犯人捜しをするつもりなの?」
「まあ、そのつもりで店長に探ってもらってたので」
「……そう。なら止めないわ。もう二人とも高校生だし、自分たちで何かしようと頑張ってる人の邪魔はしない主義だから。でもね」
と言ってから少し間をあけた後。
店長は俺の目を見て、
「絶対にミッキーを守るのよ」
とだけ。
「言われなくてもわかってます」
「なら安心した。うん、頑張ってね」
こうしてようやく手掛かりを得た俺たちは、早速家に戻って明日からどう立ち回るかを相談することに。
「じゃあ一回先輩の家にいきましょうか。俺、着替えとってきます」
「ねえ薫、もし二人が何の関係もなかったらどうするの?そうなるとまた一から」
「そうなったらまた探すんです。先輩を困らせてるやつは何があっても俺が突き止めます」
「……どうして?」
「どうしてって。助けてって言ったのは先輩なんだし、俺は助けますっていったんだから。約束は守るってだけですよ」
「そ、そうだよね。うん、わかった」
しかし言うは易し行うは難しとの言葉ではないが、現実は厳しいものがあると俺は知っている。
三島という人のことは知らないが、あの生徒会長のことはよーく知っている。
だって。
あいつが俺を泥棒扱いした張本人なんだから。
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