第19話
大見得を切ったのはいいが、全校生徒約900人の中からどうやって犯人を見つけるのか。
いや、何も生徒が犯人だと特定できたわけではない。
先生の誰かかもしれないし、外部の人間が忍び込んだ可能性も否定はできない。
そうなるとお手上げどころか迷宮入りだ。
現行犯でなければどうにもならない。
しかし、多分生徒の誰かだろうと推測がたったのには根拠がある。
まず、裏門は朝は鍵がかかっているし、正門付近には掃除をしている用務員のおじさんがいる。
それに朝練の生徒も少ないながらにグラウンドにいる状況で知らない大人が学校に来たらすぐにわかりそうなもの。
そうなるとやはり学校の中に犯人がいると考える方が自然。
とまあ探偵っぽいことをやってみたが、さて900人の生徒をどうやって調べ上げるというのか。
やはり友人のいない俺にとっては不向きな仕事だ。
情報収集ができないという時点でもはや詰んでいるまである。
俺は授業をさぼって屋上に一人駆け上がった。
立ち入り禁止と書かれた張り紙を無視して、朽ちかけた扉の向こうに行き、殺風景なそこに座り込んで空を見る。
だいたいあの先輩があそこまで恨まれる理由ってなんだ?
心当たりがあるなら彼女もさすがに打ち明けるだろうし、やっぱり一方的に恨んでいるってことだとすれば……
そもそも一方的な恨みってなんだよ?
そう思った時に、俺が過去に経験したことがふと頭をよぎった。
両親が死んだ数日後のことだった。
失意のどん底にいた俺は、競売にかけられた実家の隅で次々と運び出されていく両親の遺品を見ながら泣いていた。
そしてすべてのものが奪われた後、知らないおじさんに出ていけと言われて道に放り出され、頼る宛を探して、父の会社の従業員だった人のところに、自然と足を向けた。
田中さんという親父と歳の近い人。
父が仲良くしていた社員の人とあって、何度も家族でうちにやってきたことがあった。
そんな彼の家は隣駅にあり、俺も何度も訪れたことがあったので場所は覚えていた。
到着した田中さんの家は平屋の一軒家。
駐車場と小さな庭がある普通の幸せが詰まったようなその家の玄関を叩いた。
すると。
田中さんは玄関先で俺の顔をみるなり、表情を変えて言った。
「お前の父親のせいで俺たちは仕事がなくなったんだ。どうしてくれるんだ俺の将来を」
と。
その言葉に俺は絶望した。
こんなやつらの為に両親は死んだのかと。
残された俺は感謝されるどころか恨まれていた。
親父達が命を賭して人を助けても、その結末はこんなものなんだと。
すぐに帰ろうと、そう思って振り返った時俺に彼は、
「二度と面を見せるな、疫病神め」
と吐き捨てて扉を閉めた。
そして頼る宛もなくてフラフラしていたところを何日かたって店長に発見されたというところから俺は今の生活に徐々に戻っていくことができたわけだが。
……
そうだ、誰が悪いわけでなくても人は何かを恨みたがる。
そして恨むのは決まって身近なもの。
死んだ両親を恨むより、目の前にいる息子に憎しみをぶつけた方が彼らにとってはスッキリしたのだろう。
そして、先輩のことももしかすれば。
彼女の両親が何か関係しているのかもしれない。
ただの推測だが全くのあてずっぽうではない。
手がかりもない今、その辺を探ってみた方がいいかもしれないな。
と思ったところでチャイムが鳴る。
一限目が終わったようだ。
正直勉強どころではないが、学業をおろそかにすると店長から怒られるし、もう少ししてから教室に戻ろうかなと、そのまま空を見上げていると、扉がきしむ音がする。
「何してるのよ」
「先輩? なんで」
「あんたの教室にいったらいないから。なんとなくここかなって」
「教室にいった? 先輩が?」
少し息を切らしてそこに立つ先輩は、俺を睨みながら近づいてくる。
「授業サボったらだめよ、バカ」
「いやいや先輩こそバカでしょ。うちのクラス、大騒ぎだったでしょ」
「そんなこと知らないわよ。それより、授業戻らないの?」
「……いい。今日はもう少しここにいます」
「そう。なら私も」
と言って、先輩は俺の隣に腰かける。
「……授業、でなくていいんですか」
「たまにはいいわよ。それより、ひどい顔してるけど何かあった?」
「嫌なことを少し思い出しただけです。でも、そのおかげでヒントもありました」
「そう。ごめんね」
「先輩に訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ」
「先輩の両親は、誰かに恨まれるようなこと、してませんか?」
◇
水前寺瑞希の父はそこそこ大きな会社の経営者だそうだ。
彼女曰く自己顕示欲の塊みたいな人間で、直接なにか聞いたことはないが恨みを買いそうな性格をしていたのは間違いないと。
そして、一緒に逃げた女というのは既婚者だったとか。
つまりW不倫というやつだ。
この時点でもう、向こうの家族から恨まれてしかりである。
一方の母親はというと、そんな父に対してもあるところまでは懸命に尽くしていたんだとか。
でも、その理由だって世間体として離婚をしたくないからなんてもので、決して愛だの情だのというものではなかったと、先輩はそう感じていたんだとか。
そんな我慢も限界というものがきたようで、ある日父親が出張でいない時に知り合った若い男と意気投合し、結果として蒸発。
そして先輩は現在に至るというわけだけど。
「推測ですが、先輩に心当たりがないのであれば先輩の親を恨んでる誰かが、先輩に八つ当たりしてるって考える方が自然なんじゃないかなって」
「へえ。そこまで推理できるなんて、薫は将来探偵にでもなったらいいんじゃない?」
「嫌ですよ。こんな割に合わない仕事は俺の性分じゃない」
「でも、薫の推理通りだとすれば、父親の不倫相手の子供がこの学校にいて、その人が私を逆恨みしてるって考えるのが普通じゃない?」
そういった先輩は、しかし心当たりなどない様子。
もちろん俺もそれを第一に考えたし、先輩なら何か知っているのではという期待もあったがそこまではいかず。
「父親の不倫相手のことなんて、知らないですよね」
「知らないわよ。でも、父がよくキャバクラに通ってたのは知ってるから、そういう店の人じゃないかなって」
「……なるほど」
キャバ嬢と駆け落ちか。
全く、どうして大人って子供のことよりも自分の目的を優先するんだろう。
俺たちは親を頼らないと生きていけない弱い存在だっていうのに。
「わかりました。というわけでバイト前に家、寄っていいですか?」
「え、いいけど忘れ物でもした?」
「その人の名刺、探すんですよ。ああいうところって名刺とかもらうでしょ」
「あ、なるほど。……でも、なんでそんなこと薫が知ってるのよ」
「一般常識ですよ」
◇
キャバクラの事情なんてものは常識でもなんでもなく、できれば知らないまま死ぬ方が平和な事実なのだろうと俺は思っている。
父の会社の従業員が昔、そんな店にハマって何度もうちに金を借りに来ていたのを見たことがある。
その時に父が、その店を教えなさいといって従業員から名刺を預かっていたので、そういうものが存在するのだと知っていただけなのだけど、俺がそういうことを知っていたというだけで先輩の機嫌はすこぶる悪くなっていた。
「いい加減機嫌を直してください」
「別に。私、怒ってないもん」
あの後、一度二人とも授業に戻り、再び集まったのは昼休みになってから。
しかし先輩の機嫌はずっと悪いままで、どうしたらいいか正直困り果てていた。
「だから、キャバクラのことは父に訊いてなんとなく知ってただけだって」
「でも、大人になったら薫もそういうところ行きたいって思ってるんでしょ」
「そんなの大人になってみないとわかりませんって」
「ほら、否定しないじゃん。知らない」
ここは嘘でも「そんなところに興味はありません」というべきだったか。
しかしそう言い切る自信もない。
だって、俺は意思が弱いからなあ。
「まあ、行かないと思いますし、大事な人を差し置いてそんな店にハマるような人間にはならないって、それは約束できますけど」
「……じゃあ、絶対に行かないでね」
「行きませんって。それよりサンドイッチ、食べてもいいですか?」
「あ、そうだった。うん、結構自信あるんだけど、どうかな?」
パンの耳も綺麗に切り落として、レタスやベーコン、卵がぎっしり詰まったそれは見た目からもううまそうだ。
少し食べにくいくらいボリュームたっぷりのそれを大きく口をあけてがぶりと。
これがまた悔しいほど美味い。
「先輩って、料理上手ですね」
「だ、だから最初から言ってるでしょ。信じてくれてなかったんだ」
「ほんと、おいしいです。やっぱり先輩のご飯は毎日食べても飽きませんね」
「じゃあ……毎日作ってあげたらキャバクラ行かない?」
「作ってくれるんですか?」
「……考えとく」
小さな口で遠慮がちに、自分で作ったサンドイッチのボリュームに戸惑うようにしながらそれをかじる先輩は、そんなことを言ってから黙り込んだ。
小さくなる先輩の姿を横目で見ながら、俺もまた黙ってサンドイッチを食べながら思う。
多分、行くことなんてないな。
どうせキャバクラなんかに行ったところで。
こんなに可愛い人、いないだろうし。
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