第16話
「おっはよー二人とも。今日もラブラブ同伴出勤ねー」
真昼間から爽やかとは程遠い、野太い声とマッチしないオネエ口調な挨拶が店に響き渡る。
「おはようございます店長。今日は先輩も初めて休日の仕事をするので、色々教えてあげてください」
「ミッキーなら問題ないわよー。あんたより賢そうだし」
「ちっ」
どうも店長は先輩のことを気に入ってるようだ。
それはもちろん大歓迎なのだけど、そのせいで俺が小ばかにされるのはいかがなものかと。
少しイライラしながら、奥で着替える先輩を待っていると店長が俺の首元をクンクンと嗅いでくる。
「な、なにやってんすか気持ち悪いなあ」
「あら、カオリンとミッキー、おんなじ香りがするわね。さてはあんたたち、寝たわね?」
「は? そ、そんなわけないでしょ」
「大人は騙せても私は騙せないわよ。どうなの、いってごらんなさい。初めては気持ちよかった?」
「だから俺はなにもしてないって。ただ先輩の家に用事があってそれで」
「それで、勢いで泊まって押し倒したのね。カオリンやるじゃなーい。私、あんたのこと童貞モンスターだと思ってたからちょっと見直したわ」
どういうところで俺の評価をあげてるんだよこのくそオカマめ。
と、心の中で叫んだところで先輩が奥から着替えてやってきた。
「何話してるんですか?」
「ひ・み・つ。それより、カオリンのジョニーちゃん、どうだった?」
「ジョニー? 何の話ですか?」
「あらあらウブなのね。体はもう女の子になっちゃったのに、ねー」
「??」
しっかりいじっている店長と、さっぱり理解できていない先輩の会話を訊きながらも、聞こえないふりをして掃除を始めた。
店長は本当に恋バナが大好きだ。
完全な恋愛脳というか、それがなければ生きていられないくらいに恋については積極的というか前のめりというか。
散々先輩をいじってみたが手ごたえがなかったようで、やがてつまらなさそうに店長がこっちにやってくる。
「ねえあんた、昨日あの子の家に泊まったんでしょ?」
「先輩から聞いたんですか? まあ、泊まりましたけど何もしてませんよ」
嘘はない。というか嘘をつく理由もない。
だから堂々と答えたつもりだったのだが、目の前の髭面がまるで妖怪でも見たかのように驚いた様子で迫ってきた。
「あんた……まじでモンスターね」
「なんでですか。普通付き合ってもないんだから何もしませんよ」
「そういうとこ、お父さんそっくりね。ほんと、親子って感じ」
「親の話はやめてくださいよ。俺、あの人たちに捨てられたんですから」
「……ごめんなさい。ちょっと無神経だったかしらね」
「いえ、大丈夫です」
別に親の話をされてセンチメンタルになるわけではない。
ただ、俺を置いてあの世に行ってしまった二人を俺は少しばかり恨んではいる。
人助けなんていうけど、他人を助けるために自分の子供を犠牲にするなんて、それが正しいことなのか。
その答えはわからないが、もしそれが正しいことだとしても俺は認められない。
自己犠牲というのは頷けても、家族まで犠牲にして助けるべきものなんてあったのだろうかと。
そう思うと、俺は両親にとっては大切な存在ではなかったんだなと思えて仕方ない。
幼少期から可愛がってくれた日々も、俺に向けてくれた笑顔も優しさも、全部作り物だったように思えてくる。
そのことを思い出すたびに複雑な気持ちになるし、嫌な気分にだってなる。
自分なんて必要ない人間だったんだと、自暴自棄になる。
だからあまり両親の話はしたくない。
「さて、今日もいっぱい稼ぎましょう。売上よかったら臨時ボーナスくださいね」
「そうねえ、ミッキーを紹介してくれたってことでお礼くらいは考えてるわよ」
「ほんとに? じゃあ」
「私の熱い抱擁とか、いかがかしら?」
「まじで一回死んで来い、オカマ」
◇
「いらっしゃーい。あらー、専務ちゃんどーもー」
「いらっしゃいませ、こちらのお席にお座りください」
「カオリン、それ片付けたらコーヒー二つ、お願いねー」
「はーい」
店は開店と同時に満席に。
手軽なオカマBARとしての需要なのか、男性客で埋め尽くされたカウンターはいつも以上に賑わいを見せる。
そして。
「君がミッキーちゃん? いやーかわいいねー。噂通りだよ」
「ミッキーちゃんお酒おかわり!よかったら君もなんか飲みなよ」
「タジー、ミッキーちゃん紹介してくれよー」
先輩の人気がすさまじい。
ここに来てる客は全員ノンケだと訊いてはいたが、だからこそ美人な先輩は彼らのハートを簡単に打ち抜いたようで。
「ダメよみんな、ミッキーは高校生なんだから。そ・れ・に、好きな人もいるんじゃなーい?」
そう言って店長が先輩を庇うとカウンターから「えー」と悲鳴があがる。
そして、俺も思わず皿を洗いながらそっちを見てしまう。
先輩に好きな人?
いや、まあ店長の戯言か、客から守るためのフェイクか。
そう思っていたのだが、その時の先輩の反応が少々気になった。
「え、えと……い、いませんよそんな人」
照れていた。
口では否定していたがしっかりいますと言わんばかりに照れている。
……いるのか? 先輩に好きな人が、いるのか?
その真相が気になりすぎて、思わず食器を手から滑り落した。
パリンと割れたガラスの音で、はっとなって慌てて床掃除をしていると、店長がこっちに。
怒られる。
それを覚悟して顔をあげると、胸焼けがするような満面の笑みがそこに。
「うふふっ、いじわるしちゃったかしらん」
「す、すみません割ってしまって」
「いいわよいいわよ。私も悪いから」
「?」
珍しく庇ってくれた?
いつもならヘマするとおっさんの声で「なにしとんじゃいぼけー」と怒鳴る店長が、珍しく優しい。
……気色悪いな、なんか。
まあ、なにはともあれ怒られる事態は回避できたわけで、その後は先輩の事を考える余裕もないまま忙しいランチタイムを駆け抜けた。
そして一度店は休憩に。
夕方に開くまでの間に、今度はその準備をするのだけど。
「私、買い物いってくるから二人で店番よろしくね」
「はい。気を付けて」
「んふふ。ミッキー。ちょっといいかしら」
「はい?」
出かける前に、店長が先輩を呼ぶ。
そして何かを耳打ちすると、先輩の耳がカッと赤くなった。
「な、なに言ってるんですか店長」
「いいからいいから。タイムリミットは一時間。頑張ってねーん」
「だ、だからそういうんじゃなくて」
「はいはい。じゃあ留守番よろしくねー」
パタンと扉が閉まったあと、静かになった店内には俺と先輩が二人。
有線から流れるクラシックの音だけが静かにその空間を彩る中で、顔を赤くした先輩がゆっくりとカウンターの中に戻ってくる。
「何を言われてたんですか?どうせ変な下ネタでも」
「……あの、さ」
「うん?」
どうも様子がおかしい。
ほんと、あの店長は一体彼女に何をいったんだろうと不安に思っていると、やがて顔をあげてから先輩は言う。
「……キス、したい?」
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