第14話

 夜道を二人で同じ方向に帰る。

 もちろん向かった先は先輩の家。


「しまったな、着替えとか持ってきてないや」

「別に一日くらいいいでしょ。コンビニで下着くらい買えば十分よ」

「夜のコンビニで二人で下着買うとか、なんかエロいですね」

「からかわないで。さっさと行くわよ」


 寄り道したコンビニで自分の下着を買ってレジに並んでいると、先輩はなぜかお菓子とジュースをかごに入れて嬉しそうにやってくる。


「太りますよ?」

「な、なんでよ。いいじゃんか別に」

「それになんでウキウキしてるんですか。もっと危機感もってください」

「だって……誰かが家に泊まるなんて小さいころ親戚が来た時以来だし、ちょっとくらいはしゃいでもいいかなって」


 ついでにその籠の中に、目に留まったコンドームの箱でも放り込んでやろうかと思うくらいに先輩が可愛い。

 可愛すぎてこの後我慢できる自信が一気になくなってきた。


 まさか、同じ部屋で寝ろとかは……さすがに言わないよな。


 結局先輩のお菓子なども一緒に買わされて、俺たちはようやく彼女の家に帰ってきた。


 すぐに風呂を準備すると、奥に消えていく先輩の足音を聞きながら、目の前の買い物袋を見てため息をつく。


 ……なんか楽しすぎるな、最近。


 こんなに楽しくていいのだろうか。

 ていうか、勝手に楽しんでていいのか?

 まだ、先輩の問題は何も解決していないわけだし、俺という人間の容疑だって潔白になったわけでもない。


 こんなまま、慰め合うように先輩との距離が近くなっていくのが、少しばかり複雑だ。

 やっぱり俺じゃなくてもよかった、というより俺じゃない奴の方がよかったんじゃないか。


 そんなことを考えて勝手に気を落とす。


「お風呂、沸いたら先にどうぞ」

「俺の風呂を覗く気ですね」

「私をなんだと思ってるのよ。もう、それよりさっき買ったお菓子、食べよ」


 がさがさと袋から取り出したのはポテチ。

 そして買ったジュースはコーラだ。


「一番最悪の組み合わせですね」

「なんで? 一番おいしいじゃん」

「一番太るって意味ですよ」

「太らないもん。私、結構スタイルいいんだから」


 ふふんと、その自慢のスタイルを見せようと謎のポーズをとる先輩の下腹部からチラッと、へそと……ちょっと下着が見えた。


「あっ」

「どうしたの? 私に見蕩れた?」

「ええ、まあ」

「な、なによ素直ね今日は」

「いや、かわいいおへそだなって」

「え、えっち!」


 俺はどうやら彼女を怒らせることに関しては天才的なようだ。

 またしても機嫌を損ねた彼女は、勝手にポテチをあけて、不機嫌そうにパクパクと食べだしてしまった。


 そのまま沈黙。

 パリパリと、それを食べる音だけが響く室内で気まずくなり、俺はリモコンを手に取ってテレビをつけた。


「……野球、か」

「好きなの?」

「いえ。父が昔やってたって。観戦に行ったこともありましたけど俺はスポーツは苦手で」

「そっか。私も運動はしたことないから苦手かな」

「動き見たらわかりますよ。運動音痴なの」

「あ、足は速い方なのよ?去年の運動会だってかけっこ一番だったし」

「知ってますよ」


 知ってる。なんて言い方はちょっと余計だった。

 なんでだよという話になるから。


 でも、知っていた。

 去年の運動会の時も、自分はろくに競技に参加もしなかったが、先輩の姿だけはしっかりと目で追っていた。

 プログラムをチェックして、先輩の出番がある時だけグラウンドを眺めてその姿を追っていた。


 だから知っている。

 でも、こんなのってストーカー野郎と大してやってることは変わらない。

 だから、俺だけがこうして先輩の傍にいられて、ストーカー野郎は怖がられてという現実も、どこか申し訳ない気持ちになる。


 俺とそいつに違いなんてない。

 あったとすれば、それはただのタイミングの問題だ。

 

「そっか。見てたんだ、私の事」

「ええ。ストーカーしてました」

「ちょ、ちょっとやめてよ怖いから」

「冗談ですよ。でも、それくらい先輩は魅力的な人なんですよ。だからって、やっていいことと悪いことくらいはありますけどね」


 俺は臆病だから先輩を追わなかった。

 ストーカー野郎も、臆病だからそんな手段でしか彼女に近づくことができないだけ。

 そいつの気持ちなんて、わかってやる必要もないのだろうが、妙にその気持ちがわかってしまう自分が嫌だ。

 

 どうしてそんな奴に共感なんかするんだよ。

 それとも、罪悪感、か。


「もしかして薫、自分のことをストーカー野郎と同じだとか考えてる?」

「いや、同じとはいいませんが。先輩が頼った先が俺じゃなくてそいつだったら、今ここにいる人間は全く違ったんじゃないかなって」

「……バカじゃないの。私、一応人を見る目はあるつもりなんだけど」

「じゃあ、先輩は随分な慧眼の持ち主ですよ。俺みたいな使いやすい犬を探してくるんですから」

「言い方。ま、否定はしないけどねー」


 ベッと舌を出して、彼女はポテチの袋をテーブルに置く。


「お風呂、沸いたみたい。先、どうぞ」

「ええ。一緒に入らなくて大丈夫ですか?」

「もし私が一緒に入るって言いだしたらどうするつもりよ」

「その時は全力で先輩を愛してあげますよ」

「……つまんない」


 困らせてやろうとしたのにあてが外れたといった様子で、膝を抱えて座り込む先輩を見ながら俺は、もしそうなっても絶対に断るだろうけどね、と独り言を言いながら風呂場に向かう。


 やっぱり先輩は可愛い。

 可愛いし、素直なのに強がりなところなんて、たまらない。


 でも、そんな先輩の恐怖心を利用したくはない。

 正々堂々と、真正面から俺のことを好きになってもらいたい。


 だからさっさと片付けよう。


 ストーカーも、嫌がらせも、終わらせてやる。


 

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