第13話
「遅い」
先輩の家につくと、玄関に仁王立ちして怒り気味な彼女にお出迎えされる。
「これでも目いっぱい走ってきたんですが」
「遅いったら遅い! それに、いじわる……」
「先輩こそ、最初から素直に『薫がいないと眠れないの』っていえばいいのに」
「そ、そこまで言ってないでしょ! いいから、さっさとあがりなさいよ」
さっき来たばかりとあって何の新鮮味もなかったが、それでも先輩の不安そうな顔が少しずつ和らいでいくのをみると、来てよかったと心からそう思う。
素直にあのまま残っておけば無駄がなかったのではと、本来無駄なことを嫌うはずだった自分に自問するが、まあ個人的には結果オーライなだったのではないかいう結論をつけてからさっきの応接室の椅子に座る。
「でも、いつまでもずっといるわけにはいかないですよ? それこそ同棲です」
「わかってる。今日だけ、ちょっと話したいこともあったし」
「話? 告白なら今すぐでも受け付けますけど」
「茶化さないの! お茶、入れてくるから」
すっかり本調子なようだ。
お茶とお菓子をもって再び戻ってきた彼女は、少し沈黙があった後で俺の向かいに座り、
「晩御飯、どうする?」
と訊いてくる。
「なんでもいいですよ。先輩の作るものなら」
「それが、食材切らしてて……買い物に行くくらいならどこかで食べて帰ってもいいかなって」
「ディナーデートってやつですか。誘い上手ですね先輩も」
「い、いらないんなら別にいいわよ! 私、一人で食べてくるから」
「一人でお出かけできるんですか?」
「……もう、いじわる」
確かに最後のはいじわるだ。
ほんと、俺という人間は意地の悪さが染みついている。
それに先輩相手だと、その性分が存分に出てしまう。
「じゃあファミレスでも。近くにあるでしょ」
「うん。じゃあ早速」
また、すぐに先輩の家をでることに。
今日はよくお出かけする日だよ全く。
外に出てすぐ、先輩は俺の方に寄ってくる。
「誰もいない?」
「今はいなさそうです。ていうか、俺だって別にレーダーがついてるわけじゃないんだからわかりませんって」
「でも、いきなり振り向いたら知らない人がこっちみてたりするかもだし」
「ホラー映画の見過ぎですよ。そんなの…‥え?」
「え、誰かいた?」
「冗談です。何も」
「もー!」
先輩をビビらせながら、ちょっとだけ期待した。
もう一回手を繋いでこないかなと。
ただ、そんな妄想もむなしく、すぐにファミレスが見えてきた。
悪あがきと思って歩くスピードを緩めてみたりもしたが思いは通じず。
観念して店の中に入ることにした。
「いらっしゃいませ」
綺麗な店員が出迎えてくれて、俺たちはすぐに席へ案内される。
ただ、その時俺は自分の常識というものを疑った。
普通、二人で席に着くときは向かい合わせだよな?
「なんで隣に座るんですか」
「だ、だってもしあんたの背後から変な人出てきたら怖いじゃん」
「それなら尚更向かい合わせの方がいいでしょ。今、後ろは無防備ですよ」
「なによ、私が隣だと嫌なの?」
「いえ、別に」
むしろありがたいというか。
光栄の極みではあるんだけど。
「……なんか見られてません?」
「え、やっぱりストーカーが?」
「そうじゃなくてですね……」
この店は特に敷居とかもなく、どの席も見渡せるようにできているから、高校生男女二人組がボックス席にわざわざ並んで座る光景なんて、もちろん注目の的になる。
「と、とにかく何か頼むわよ。私はハンバーグセットにするからあんたは担々麺にしなさいよ」
「なんで先輩が決めるんですか。俺もセットがいいです」
「だ、だって両方食べたいもん」
「まさか俺のものまでもらおうと?二つ頼めばいいでしょ」
「そ、そんな贅沢できないわよ。それに、太るし……」
なんだこのわがままさは。
まさか自分が食べたいからなんて理由で俺のメニューまで決められるとはな。
でも……先輩とシェアってのは、いいかも。
結局譲らない先輩の意見を採用し、ハンバーグと担々麺が出来上がるのを横並びで待つことに。
その間も俺は周囲の客からの視線に胃を痛めていた。
一方の先輩は、見られているという自覚なんて微塵もないようだ。
なるほど、これじゃあストーカーなんかには気づくはずもない。
もう少しだけでも視野を広く持つようにと、あとで説教だな。
「お待たせしました」
運ばれてきた料理を前に、俺は一度先輩から距離をとる。
店員の女性が実に微笑ましい目で俺たちを見ていたのがたまらなく恥ずかしかったから。
「いただきます。先輩、食べるんなら先に自分の分とってください」
「え、もしかして潔癖?私は気にしないけど」
「いや、そっちが気にしないんならいいですよ。食べますね」
箸でずるずると麺を啜る。先輩は隣で丁寧にナイフとフォークを使ってハンバーグを切り分けていた。
すると。
「はい、これ。あげる」
「え、いいですよ別に」
「いいの。その代わりそれ、一口ちょうだい」
「まあ、どうぞ」
ハンバーグをひと切れ、俺にくれるのは先輩の優しさだろうか。
しかし、麺の上に置くのはどうかと思う。ハンバーグ乗せ担々麺って、なんちゅう料理だよ。
「んー、やっぱりこっちも美味しいね」
「うん、ハンバーグもうまいですよ」
「ほら、こうやってシェアした方がいいでしょ?一度に二度楽しめるみたいな」
「けち臭いともいえますけどね」
「またそんなことばっか。たまには褒めてよ」
「はいはい。えらいですねー先輩は」
「むー」
風船みたいにむくれた彼女は、口にソースをつけたままこっちを睨んでくる。
「口、汚れてますよ」
「なんか薫って、女慣れしてる気がする」
「何の話ですか」
「むかつく。私、先輩なのに」
「知ってますよ。だからなんの話ですか」
「知らない」
口を拭くこともなく、そのままハンバーグをやけ食いするようにガツガツと食べる先輩は、その後ずっと口を閉ざしたまま。
食べ終えるのを見て、そっと席を立つと一緒に彼女も席を離れる。
無言でレジまで行き、俺が支払おうとすると先輩はようやく喋ってくれた。
「ここは私が出すから」
「いいですよ。今日、結構使わせてますし」
「いい。先輩だから私」
「じゃあ俺は男なんで。出させてください」
と。男らしいことをつい言ってしまうと、先輩はそっと財布をしまう。
「……そういう古い考え、好きじゃないけど」
「先輩が奢るっていうのも同じだと思いますけどね」
「じゃあ、うん。奢られてあげる」
「ええ。ご馳走させてください」
せめて俺からの感謝として。
こんなに楽しい夕食は初めてだったんですから。
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