第12話
水前寺瑞希への嫌がらせ被害の詳細についてはよく知らない。
俺が知っているのはあくまで先輩自身から訊いた話と、俺が見た大量の画鋲くらいのもの。
それだけでは犯人の特定は不可能だと思っていたが、今回ストーカーというものを実際に目の当たりにしたことで、少しだけその糸口が掴めそうな気がする。
「犯人は男子の可能性が高いかも、ですね」
と。もうすぐ彼女の家に着くあたりで俺はそう言った。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「女子が女子にストーカーなんてするとはあまり思えません。やっぱり、ストーカーしてるのは男子かなと」
「なるほどねえ」
不思議そうに先輩がそう言ったところで俺は、もう一つ。
「でも嫌がらせをストーカー野郎がする理由が見当たらない。だから、嫌がらせの犯人とストーカーは別人なのかなと。やっぱり、犯人は一人じゃない」
「な、なるほど。で、犯人はわかったの?」
「え、いや、まだそこまでは……」
素人なりに推理を展開してみたが、結局散らかっただけ。
推理小説のようにうまくはいかない。
余計な不安感が増すだけで、犯人を絞るところまでには至らない。
それに、俺の思考はかなり鈍っている。
なぜなら。
「先輩、いつまで手を?」
「家に着くまで! 怖いんだもん……」
「……」
こんな状況で推理なんてできるか。
口から飛び出してきそうな心臓をおさえるので精いっぱいだ。
「ほら、着きましたよ」
「うん」
「手、離してください。帰りますよ俺も」
「うん」
「……あのー、聞いてます?」
「うん」
彼女の家の前で、二人で立ち尽くす。
固まったように動かない先輩は、俺の手をぎゅっと握ったまま動かないし、俺はそうされているので動けない。
振りほどくなんてことはもちろんしないが、ここからどうすればいいのかわからずに黙って彼女を見ていると、そっと視線をあげながら彼女が、
「うち、来ない?」
と。
「……あがっていっていいんですか?」
「べ、別にこの前も入ったんだし。お茶くらいなら出すから」
「わかりました。じゃあお茶とケーキで手を打ちましょう」
「な、なんでそんなにもてなされようとしてるのよ」
彼女の本音はわかっている。
怖いのだろう。
そりゃあ得体の知らない人間から付け回されていたら怖いに決まってる。
だから家に一人でいたくないってだけだろうし。
「しかし俺とそんなに離れたくないなんて、熱烈すぎて困ったもんですよ」
「な、なんでそうなるのよ! 送ってくれたからお茶くらい出すっていってるだけよ」
「はいはい。お邪魔しますね」
「こら、私より先に入るな!」
しかしこんな時くらいは素直になればいいのに。
怖いから一緒にいてと、そう言われても俺は何も一切勘違いなんて起こさない。
ただ、誰かにいてほしいと思った時にたまたま隣に居合わせたのが俺だったというだけで、彼女が俺を選んだわけではないのだから。
だからこそ、もっと素直に頼って来いよなんて偉そうなことを考えながら先輩の家にお邪魔する。
今日もあのかしこまった応接室に放り込まれた。
「どうぞ。お茶と……ケーキあったわよ」
「いただきます。そういえば先輩、この部屋って結構難しい本が多いですね。親の趣味?」
「そうね。父も母も結構本読むのが好きだったから。でも、邪魔だから持って行ってくれたらよかったのにね」
と。寂しそうに言うものだから、少しこの話題を選んだことを反省した。
まだ、両親がいなくなったことに傷ついているんだな。
それに比べて俺ってやつは。両親が亡くなったショックからすっかり立ち直っていやがる。
こんな鉄みたいなメンタルで、人の気持ちなんてわかるはずがない。
だから俺は友人がいないのだろう。
「すみません、変なこと聞いて」
「いいのよ。それより、ストーカーってどうやって気づいたの?」
「視線というか気配というか。先輩こそ、ストーカーの姿を見たことは?」
「……チラッとだけ。でも振り向いたら隠れたところを見ただけで、それが男か女かもわからないくらいだけど」
「ふーん」
彼女ほどの美人であれば、そりゃあストーカーなんていてもおかしくはない話だけど、それと嫌がらせが同時ってのがどうもひっかかる。
執拗なまでのラブレターとかを送りつけるのなら理解できるが画鋲ってのがなあ。
一体何のためにやってんだか。
「とにかく、今日は家にいてください。明日も俺が迎えにくるのでそれまでは待機。いいですね」
「う、うん。わかった」
「鍵も閉めて、カーテンもちゃんとしてください。あと、何かあったらすぐ連絡を……ってことで連絡先、聞いてもいいですか?」
なんともせこい会話だなあと、話しながら呆れる。
こんな連絡先の訊き方があるか。
断りようがないじゃないか。
「はい、私の番号とID」
「ありがとうございます。じゃあ、何かあったら連絡ください。そろそろ俺も帰りますから」
「う、うん。あのね、今日なんだけど」
「ケーキご馳走さまでした。じゃあそろそろ」
「……わかった。また連絡する」
俺は彼女に空電話と、スタンプだけのラインを送ってから家を出ることに。
彼女が何か言いたそうだったのはもちろんわかっていたが、それでも俺は訊こうとはしなかった。
振り切るように家をでると、玄関先で先輩は、不安そうな顔で俺を見送ってくれた。
多分だけど、この後も家にいてくれとか、そんなことを言いたかったのだろう。
もちろん俺だって、そうしてあげたいしその方がいいとはわかっていた。
でも、そんなことを言われたら変な勘違いをしない自信もなかった。
完全に前言撤回だ。
あれ以上先輩のところにいたらおかしくなりそうだ。
それに、そんなシチュエーションになったとしても、それは彼女の恐怖心を利用したものにすぎない。
そんなのは御免だ。たまたまそこにいたから頼られたにしても、度が過ぎている。
……俺じゃなければ嫌だと、そう彼女が思ってくれるのならいくらでも傍にいてやろう。
でも、そうでないなら人助けの範囲でしてやれることはここくらいまでだ。
勝手にそんな線引きをしながら、一度アパートに戻る。
すると。
電話が鳴る。
「もしもし?なんですか」
「い、家に着いた?」
「はい、今さっき。早速電話なんてよほど暇なんですね、先輩も」
「だ、だって。一人になるとちょっと不安……というより退屈だったのよ!」
先輩の強がる声は、どこか震えていた。
少しいじわるし過ぎたかなと、窓を開けて先輩の家の方角を見る。
「……怖いなら、警察呼びます?俺も、相談には付き合いますよ」
「いやよ、警察怖いもん。それに、ずっといてくれるかわかんないし」
「でも、そうそう都合よく二十四時間護衛してくれる人なんていませんよ。彼氏か、アル○ックくらいじゃないですか?」
「……ねえ、薫」
「はい」
「怖いから、助けてって言ったらあんたは、すぐに来てくれる?」
もう泣いてるんじゃないかと思うくらいに弱々しい声が耳元から漏れる。
そんなくだらない質問するなよな。
ていうか訊くな。
頼めよ。いや、命令でもいい。
「お願いする時は素直にってアドバイス、しましたよね」
「……来て。今すぐ来て」
「俺がそんなにいいんですか?」
「……うん、薫にきてほしい」
「了解。すぐ行きます」
ちょうど夕陽が沈むころで外はどんどんと薄暗くなる。
もしかしたらこんな時間帯だから余計に不安になっただけのかもしれない。
でも。
先輩からのご指名だから。
俺は何も持たずに、彼女の家に向けて全速力で駆けていった。
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