第10話

「よーし、買うぞー」

「待ってください。予算は三千円です。それ以上は逆立ちしても出ませんから」


 はっきり言う。俺は貧乏だ。


 親が金持ちだったというチートもないし、俺のバイト先の時給は最低賃金のままだし、余分に何かに使う金なんてあるわけがない。


 だからまず向かったのは中にある百均。

 ここで適当に器具をそろえて、あとは特売の食材でも買って帰ればいいと思っていたんだが。


「じゃあ、薫のためにフライパンくらいはいいやつプレゼントしてあげるわよ」

「なんで? 言っておきますがそんなことしても誕生日プレゼントは豪華になりませんよ」

「なんでそうなるのよ! べ、別にただ、バイト紹介してくれて悩み相談に付き合ってくれてるから、日ごろの感謝を込めてと思っただけよ」

「日頃から感謝してるならそれをもっと態度に見せてくださいよ」

「もー、素直に好意を受け取りなさいよ!」

「はいはい。では甘えます。ていうかフライパンとか何がいいかわからないし、任せますよ」


 というわけで百均でまな板や包丁など、必要なものを買って出る。


 そして向かったのは調理器具の専門店。


 こんなところ、先輩とでなければおそらく人生で踏み入ることはなかっただろう。


「色々あるんですね。で、一番高いのを買ってくれるんですか?」

「そうねえ。それがいいかもね」


 と。先輩が手に取ったのは30,000円の値札がついたフライパン。


「冗談ですよ。そっちの安いので」

「そんなの、すぐに焦げ付いてダメになるわよ。安物買いの銭失いって言葉、知ってる?」


 そんな言葉は知らない。

 安いものを買った方が失う銭は少ないと思うのだけど、まあそういう意味ではないのだろう。


「ま、先輩からの貢物なんで任せます。でも、今日しか使わないのに勿体無くないですか?


 先輩にフライパンをプレゼントしてもらったからといって、明日から趣味が自炊になるわけではない。


 今日、先輩の手料理をいただくために買うだけのものだから、やはり使い捨てレベルのもので十分だと、俺はそう言ったのだけど。


「べ、別にまた使うかもしれないじゃない? ほら、あなたに彼女ができて、手料理振舞ってくれる日がくるかもでしょ?」

「なるほど。俺は人生初めての彼女に、別の女性から初めてプレゼントしてもらったフライパンを使わせて料理させるわけですね。それはいい身分だ」

「……それ、なんか嫌」


 皮肉なのだからその反応で合っている。

 でも、頬をぷくっと膨らませた先輩は、そのフライパンをじっと見つめた後で俺の方を見て質問する。


「ねえ、ほんとに女の人からプレゼントもらったこと、ないの?」

「ありません。あ、昔母親から誕生日プレゼントならもらったことありますけど」

「そんなこと聞いてない。でも、そっか。うん、わかった」


 何かに納得したように、彼女は手にしたそれをそのままレジへ。


 そして現金でパッと購入したあとで、袋に入ったそれを俺に渡す。


「はい、プレゼント」

「あ、ありがとうございます」

「……私からの贈り物なんだから、一生大切にしなさいよね、わかった?」


 そういうセリフはさあ先輩。

 もっと夜景の見えるようなムードのある場所で、宝石や時計とかのプレゼントをね、大切な相手に渡す時にいうものだと思いますよ。


 決して、調理器具専門店のレジの前でただの後輩男子に、それもフライパンを差し出して言うようなものではありません。


 でも。


「わかりました。一生大切にしましょう。もちろん未開封のまま」

「そ、それじゃ今日料理できないでしょ!」

「あはは、冗談ですよ。でも、ありがとうございます」

「う、うん……」


 俺は今日、人生で初めて女性から。

 いや、他人からプレゼントをもらった。


 それが高いとか安いとか、日用品だとか嗜好品だとかはどうでもよく。


 可愛い先輩からのプレゼントだったことが、なにより嬉しかった。


「さてと、それじゃ食材買って帰るわよ」

「もうお昼ですね。お腹空きましたよ何か食べて帰ります?」

「話聞いてたの!? そんなに私の料理を食べるのが嫌なんだ」

「嘘ですって。そんなに怒らないでください」


 やれやれ。

 どこまで本気でどこまでがわざとなのか。


 うん? その言葉、妙に自分に刺さるな。



 二人で帰ってきたのはもちろん俺の住むボロアパート。


 他人の所有物をボロだボロだというのも失礼かもしれないが、朽ちそうな柱や階段を見ているとそうボヤきたくはなる。


 耐震なんて言葉はこの場所には無縁。

 地震どころか近くでヘリコプターが離着陸したらその風圧でバラバラになりそうだ。


 そんな場所に先輩女子を。

 学校中の憧れである人を連れ込むのだから、俺もまあ大したものだ。


「何ブツブツいってるの。卵とって」

「どうして俺がアシスタントみたいなことしてるのかを考察してたんですよ。先輩の手料理なんじゃないんですか?」

「贅沢言わないの。私がこうして料理してあげてるだけ光栄に思いなさい」


 そう言ってエプロンの紐をキュッと。

 結び直したあと、先輩はコンロの火をつける。


 どうやらこのまま二人で仲良くクッキングのようだ。


「今日はオムライスにするわ。男の子って好きでしょ、オムライス」

「ですね。ケチャップでハートマークと愛のメッセージがあればなおよしです」

「そんなくだらない冗談はいいから早く野菜切ってくれる?」

「はいはい」


 これは案外冗談じゃないんだけどな。


 そういう時こそ照れりゃいいのに。


「私って料理、結構得意なのよ。だから食べても惚れないでね」

「わかりました。無心でいただきます」

「可愛くないの……」

「今、なにか?」

「な、なんでもない!早く次、皿とって」

「はいはい」


 仕込みのほとんどを後輩にさせるくせに料理が得意だなんて笑わせる。


 いや、ほんとに笑える。


 ……楽しすぎて、ニヤけて仕方ない。


 

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