第7話

「お邪魔しまーす」


 玄関先には木彫りの龍の彫刻や、中に『臥薪嘗胆』と大きく書かれた額縁なんかが飾られている和風な感じ。


 靴を脱いで上がったすぐ左にある応接室っぽい部屋を見ていると、奥から先輩が「そこの応接間で待ってて」と。


 中に入って高そうなソファに腰かけてから、部屋を見渡すと本棚にぎっしりと難しそうな本が並んである。


 これは彼女の両親の趣味なのだろうか。

 この部屋を見るだけで、水前寺家が結構な家柄でそこそこ裕福な生活を送っていたと容易に想像できるほど、立派な部屋である。


 さらに彼女の父親と思われる人が、何かの表彰を受けた賞状なんかも無数に飾られてある。

 

 ……水前寺、孝也。


「お待たせ」

「いえ、早かっ……」

「どうしたの?」

「い、いえなんでも」


 そういえば。

 先輩の私服姿は初めてだ。


 よくわからない英語の書いたTシャツにジーンズという恰好は、彼女のスタイルの良さを際立たせるにはちょうどいいくらいで、しかもちょっとだけ短めなシャツのおかげで、チラチラと彼女のへそが。


「お茶淹れたから。一息ついてから行きましょ」

「へそ……」

「へそ?」

「い、いや。まだ時間あるし、せっかくだからいただきます」


 落ち着かないのは彼女の服装のせいもあるが、それに加えて人の家にお邪魔することが人生で数えるほどしかない俺にとっては、今の状況はかなり刺激的であるといえよう。


 ただでさえ他人の家は落ち着かないというのに、一軒家とはいえ先輩と部屋で二人っきりというシチュエーションに興奮しないわけがない。


「そろそろ行きましょう。ご馳走様です」

「やけに慌てるわね。そんなにバイト先に早く行きたいの?」

「そういうことにしておいてください」


 思わず襲ってしまいそうになるほど俺は理性がない猿ではないが、しかしいつまでもこんな状況なのは肩がこるし、変な期待ばかりを生んでしまう。


 だからさっさとお茶を飲み干して、俺は先に家を出る。


「待ってよ。なんなのよもう」

「心配しなくても置いていきませんから」


 今日は家の敷居を跨いだ程度だったが、いつか先輩の部屋なんかに案内される日がきたりするのだろうか。


 振り返り、そこそこ大きな一軒家を見上げながらそんなことを思っていた。


「ふう。先輩の家って大きいですね」

「父が会社経営してて。でも、あんな家に一人なんて寂しいわよ」

「呼ぶ友達もいませんもんね」

「またバカにして。ふん、あんたも友達いないくせに」


 いつか先輩が、俺たちは似てるのかもと言ってたな。

 まあ、そこに関しては似てるのかもな。


「私、アルバイトなんて人生で初めてだからちょっと緊張する」

「難しく考えることないですよ。カフェといっても騒がしい居酒屋みたいですから」

「へー楽しそう。店長さんってどんな人? もしかして美人?」

「美人というよりは武人みたいな見た目だなあれは」


 そういえば店長のことについて説明するのを忘れてた。

 でもいいや。


 先輩のリアクション、見たいし。



「いらっさーい。あら、なーんだカオリンじゃない」

「カオリンやめろ。昨日言ってた俺の先輩、つれてきましたよ」

「は、はじめまして。私、水前寺瑞希といいます。この度は藍沢君のご紹介で来させていただき誠に」

「かたいかたーい。みずきちゃんだっけ? じゃあ……みっきーね!」

「みっ、きい?」


 先輩の顔は言うまでもなく。

 なんだこいつと言わんばかりに困惑し、瞼も少しひくひくしてる。

 

 ただ、そんなことは知ったこっちゃないと店長は、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに先輩に絡む。


「ていうか、めっちゃかわいいじゃんあんた。なによー、カオリンとデキてるわけ—?」

「か、かおりん、とは?」

「そこにいるあんたの後輩ちゃんよ。ねーねー、二人はどういう仲?」

「え、ええと」

「店長。昨日も言いましたけど俺と先輩はそういうんじゃないですって。ねえ先輩」

「……」

「先輩?」

「え、あ、うん。まあ、ただの先輩、です……」


 言いながらなぜか先輩は残念そうな顔をする。

 人生初アルバイトであるこの店が、期待と違ってただのオカマBARみたいだったのだからショックなのも無理はないか。


「じゃあエプロンつけてまずお皿洗ってくれる? あと一時間もしたら忙しくなるから」

「はい、わかりました。よろしくお願いします」


 こうして俺の先輩がバイト先に迎えられた。

 

 田島店長。コードネーム:タジー。ステータス:頼れるお姉さん。

 見習いA、藍沢。呼び名:カオリン。役職:雑用。

 見習いB、瑞希。愛称:ミッキー。役割:皿洗い。


 と書かれた張り紙を早速裏の楽屋に店長が嬉しそうに張り付ける。


「なんすかこれ」

「いいでしょ。なんかロープレのパーティみたいで」

「せめて書き方統一してくださいよ。あと、雑用ってひどくない?それにカオリンと呼ばれるつもりもないですし」

「もー、カオリンのいけずー」


 ダメだこいつ、早く何とかしないと。

 なんてことは毎日思ってるけど。


「でも、カオリンったらミッキーのこと好きなのね」

「は? 何言ってるんですか急に」

「だってー、今日はテンション高いわよ。ウキウキカオリンって感じ―」

「やめてください。あと、そんな話を先輩の前では絶対にしないでください」

「あらー、ツンデレちゃーん」

「……」


 マジでこいつ、いつかぶっ殺す。

 今日ばかりは結構本気で店長に殺意を覚えたのであった。



 

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