第6話

 俺に友達と呼べる人間は、残念ながらというか幸いなことにというべきかは別にして。

 

 いない。


 はっきりそう言い切れるのは、昨年まで唯一の友と呼べた人間にすら、窃盗疑惑がかかって以来避けられているから。


 理由はわかっている。

 だから敢えてそいつに言及もしない。


 水前寺先輩は友達ではないのか、というツッコミをもしいただけるのであれば俺はそれを全力で否定する。


 あの人は先輩であって、今はたまたま俺みたいなのにしか頼る宛がなくさまよっているだけの残念な人でしかない。


 そして。俺にとっては憧れであり、多分……初恋の人だから。

 だから友達とは呼びたくない。


 もちろん初恋の相手のことをずっと考えてしまうのは思春期ど真ん中の男子ならもはや本能レベルでのこと。

 先生のくだらない雑談も、真剣な授業内容も全く寄せ付けず、ただ頭の中を先輩で埋め尽くしながら時計の針が少しでも早く進むようにと強く念じながら、ふと考えこむ。


 しかし不思議だ。

 いくら犯人が先輩に見つからないように嫌がらせをしてるにしても、学校で誰にも見られることなく人の下駄箱に何かを忍ばせるというのは結構至難の業。


 特に人通りが多く、どこに行くにしても一度は通らないといけない下駄箱前での犯行は、それほど厄介なもの。


 じゃあ、誰がどうやって……ていうか何のために?

 ストーカー野郎の気まぐれにすぎないのか、それとも……。


 などとすっかり探偵気分であれこれ推理してはみたが、結局友人のいない俺には情報というものがあまりに乏しく、真相に近づくことはなかった。


 放課後になり、また校舎裏に向かう。

 

 この学校は文武両道をモットーに、勉強以外に部活動も熱心とあって、大半の生徒は部活動に所属している。

 だから放課後を告げるチャイムと共に、一斉に部室のある方へ生徒が流れる光景は圧巻だ。


 俺はそんな真面目で従順な連中が校舎から消えた後、ひっそりと教室を出るのが常だったのだけど、今日ばかりはその大群に紛れる形で教室を飛び出した。


 なぜなら。


「遅い」


 気の短い先輩が、我先にと待ち合わせ場所にいるから。


「先輩の脚力ってどうなってるんですか。結構急いだつもりですけど」

「授業が終わる寸前にトイレに行くふりして出てきたのよ」

「せっこ」


 そんな裏技使うなよ。


「さてと、今日はバイト先に行くんですからさっさと帰りましょう。ストーカーとか、下駄箱に異変はありませんでしたか?」

「ないわね。犯人もいい加減飽きたんじゃない?」

「だといいですね。まあ、何事もないのが一番です」


 二人で裏門を出て、昨日と同じように先輩の家に向かっている途中で、授業中にあれこれ推理した内容を話そうと話題を振る。


「考えたんですけど、嫌がらせされる心当たりとかってあります?」

「犯人の動機ってこと? なによ、一人前に推理してるんだ」

「必要なことです。ただの行き過ぎた好意とか嫉妬とかなのかもしれませんが、個人的に恨まれるようなことをした人に心当たりがあればなって」

「ないに決まってるでしょ。私、そんなひどいことしないもん」

「ですよねー。あっ、でも他人の男を寝取ったとか」

「あ、あるわけないでしょ! それに私は……え、あ、なんでもない」

「?」


 それに……なんなんだよ。

 俺は食い下がろうとしたが、先輩がびっくりするくらい顔を赤くして大きな目を潤ませていたので一旦退く。


「まあいいや。でも、さっきの話も笑い話で終わらすほどじゃないかもですよ。誰かの彼氏が先輩に入れ込んでて、その彼女から一方的に逆恨みされてる可能性もあるかと。それだとストーカーが彼氏、画鋲入れたのが彼女って説もあり得ないかなって」

「そんな理不尽な話ったらないわよ。私、プレゼント渡されても全部断ってるんだから」

「そうなの?」

「当たり前よ。だって、もらいたい人からのプレゼントなら嬉しいけど、そうじゃない人からの贈り物なんて気味悪いし、第一気持ちにこたえられないから」


 なんというくそ真面目。

 そんなの、もらっておいてフリマサイトで売り飛ばすなりすればいいのに。


 などと思ってしまうのはきっと、大勢の他人から執拗に贈り物をされるなんていう確かに気味の悪い経験をしたことがない俺だからそう思えるだけなのかもしれない。


 ん?


「なんかその言い方だと、プレゼントをもらいたい相手ってのがいるみたいだけど」

「い、いないわよ!」

「なんだ、いないのか。じゃあ俺も先輩の誕生日には何も渡さなくていいから気が楽ですね」

「ど、どうしてそうなるのよ」

「だって俺からもらっても嬉しくないんだから、そもそも買う必要なんてないでしょ」


 こんなくだらない話をしたのは他でもない。

 先輩のツンデレが見たいという、ただそれだけの好奇心だ。


 俺が期待していたのは、「そ、そんなに渡したいんなら特別にもらってあげなくもないんだからね!」ってな感じのやつ。


 しかし、先輩の反応ときたら。


「なんでそんないじわる言うのよ、バカ……」


 可愛かった。


 おい、聞いてないぞ。


「な、なんでそうなるんですか」

「だって……そんなに私のこと邪険に扱わなくてもいいじゃんか……」

「そんなつもりはないですって……あーもう、泣かないでくださいよこんなことで」

「ぐすんっ。私って魅力ないの?」

「っ!?」


 なんだよその質問。

 それ、普通の女子が言ったら死ぬほどうざいっすよ。


 でも、先輩だから、まあ、なんというか。死ぬほど可愛いから困る。


「魅力的ですって。そうじゃないとあんなにみんなが群がってこないでしょ」

「でも、あんただけ去年プレゼントくれてない」

「え、知ってたんですか?」

「やっぱり私は魅力ないんだ……こんなんだもんね」


 急にいじけだす。

 ちょっとめんどくさい。

 結構怠い。


 でも。


 めっちゃ可愛い。


 ほんと可愛いのって、ずるいな。


「はいはい、ごめんなさい。俺がいじわるしました謝ります」

「なんか謝罪が雑」

「今年の誕生日は俺もプレゼント押し売り合戦に参加しますよ。だから機嫌直してください」


 自分がその誕生日の騒動のせいで被害にあったということはさておき、目の前で赤くなる先輩の機嫌を取ろうと、これでも必死に頑張った。


 結局いやがらせの犯人探しなどすっかり忘れ、気が付けば先輩の家の前。


「じゃあ、待ってるんで着替えてきてください。今日はそのままバイト行くんで」


 そう言って携帯を出そうとすると、別にどこかに行こうとしているわけでもないのにグッと、制服の裾を掴まれる。


「な、なんですか」

「……あがっていけば?」

「家に?別にいいですよ、着替えの邪魔だろうし」

「いいからあがっていきなさいよ。外で待たせてると焦るのよ」

「じゃあお言葉に甘えて。そうだ、ついでに着替えも手伝って」

「バカ!」


 先輩の甲高い叫びは近所に響き渡った。


 俺は耳をキンキンさせながら、怒って先に家の中に入ってしまった先輩を追うように、彼女の家の玄関をくぐる。

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