第4話
「遅いわよ」
只今の時刻は朝の六時四十五分半。
約束の時間より随分と早く迎えに行ったというのに、既に道路で仁王立ちしていたのはもちろん、昨日初めて話したばかりの先輩であり、学校のマドンナ的存在、水前寺瑞希。
「早過ぎやしませんか? 俺、何時にくればいいんですかって話ですよ」
「普通三十分前集合ってのが待ち合わせの基本じゃないの」
どこの一流商社マンだよ。
だいたい高校生が登下校で待ち合わせするだけのことにそんな高い基準を設けないでくれ。
ていうかさ。
「もしかして、俺がくるのを首を長くして待ってた、なんてことはないですよね?」
「あ、あ、あるわけないでしょ! 私は去年からずっと一人だし、寂しくもなんともないんだから」
まあ見事なまでのツンデレっぷり。
もはや一種の様式美すら感じるほどに。
ただ、そんな彼女がたまらなくツボだ。
「うっ、くくっ、ぷー」
「もー、笑うな!」
「いや、すみません。でも先輩って普通にしてたら友達くらいすぐできそうなものですけど」
「女子同士ってそう単純じゃないのよ。色々あるの」
たしかに女子って男子と比べて陰湿というか、派閥とかもめんどくさそうなイメージあるけど、先輩は人気者だし寄ってくる人間もいそうなものだが。
「ま、いいですよ。先輩がぼっちなおかげでお近づきになれましたから」
「なんかその言い方悪意あるわね」
「そういうのはわかるんですね」
悪意、というか意地悪さくらいはあった。
ただ、本音だ。
先輩が本当に人気者で周りが友人で溢れていたら、こうして二人で仲良く登校なんて日は永遠にやってこなかっただろう。
だから先輩の不幸を喜ぶようで複雑だが、彼女がそうあってくれた事実には人知れず感謝しておこう。
「とにかく行くわよ。早めに行かないと、みんなと登校時間が被るのは嫌だから」
「あの水前寺瑞希が盗人野郎と熱愛発覚か、なんてなったら困りますもんね」
「……そのこと、なんだけど」
歩き出してすぐ。
俺が自虐的に話したことに対し俯き加減で先輩は俺に聞いてくる。
「薫が泥棒したって噂……間違いだよね?」
「え、なんで?」
「だって薫は人のもの盗むような人じゃないって。話しててそう確信したの」
「……案外そういう奴が犯人かもしれませんよ」
「そうやって話すってことは、やっぱり違うんだ。ごめんね、なんか……」
突然先輩が悲しそうな顔をして、謝る。
「なんで先輩が謝るんですか」
「だ、だって私にみんながプレゼントなんか持ってきたから、だからあんな騒ぎになったわけで……」
「それと俺が犯人と決めつけられたことは別だと思いますけど」
「で、でも」
「先輩は本当に俺が犯人だとは思ってないんですか?」
「うん。そもそも人の噂なんて信じないし。それに、薫とこうして話してみて、絶対人のものを盗るような人じゃないって、それだけは言い切れるもん」
「変な詐欺とかに引っかからないでくださいよ。善人面した悪党なんて沢山いますから」
「なによ、信じてくれてありがとうございますくらい言えないの?」
「……ありがとうございます」
「そうそう、人間素直が一番よ」
どの口がそんなことを言うんだよ。
でも、彼女が味方をしてくれたこと、というよりそういうものの見方をしてくれる人だったことがたまらなく嬉しかった。
人の噂やネットの書き込みなんてなんの信憑性もないものばかりだというのに、学校の連中も世間のやつらもみんなしてその情報を鵜呑みにしたがる。
信じた方が楽だし面白いし、みんなと同じ方向を向く方が無難だということは理解できるけど。
その嘘によって不要に傷つく人間がいるということまで踏まえてそうしてるのだとすれば大したものだが、大半の人間はそんなことすら自覚がない。
だから基本的に人なんてものは嫌いだし信用しないが。
そんな考え方ができる先輩のことは信じて良いのかも知れないな。
「で、今日も下駄箱に何か入ってたら?」
「別に。やり過ごすだけよ。よくやるなとは思うけど」
「なんなら隠しカメラでもつけますか?」
「それこそバレたら大変よ。それに向こうはストーカーだし、こっちの動きを把握してる可能性も高いもの」
なるほどだ。
となれば犯人は相当警戒心が強いのだろう。
この半年以上、ストーカーを繰り返していて先輩には一切姿を見られていないことがその証拠だ。
などと探偵っぽく言ってみたものの、実際目撃情報が全くないというのもおかしな話で。
大量の画鋲なんかを一気に他人の下駄箱に放り込んでるようなやつ、一回くらい見つかってもよさそうなものだけど。
「それよりさ、バイトどうだった?」
「そういえば。今日から働いてもいいって」
「ほんと? でも、面接もしてないのにいいの?」
「そこは俺の信用がありますから。俺の紹介なら顔パスです」
「へー。でも、その信用をさ、どうして他の生徒からも得られないものなのかしらね」
ごもっとも。
ただ、その疑問に対してはいつも言いたくて仕方なかった台詞がある。
「学校の奴らが見る目ないんですよ」
やっと言えたこの言葉に、先輩は「案外プラス思考ね」とだけ。
渾身のドヤなのだからもっといじってくれても構わないんだけど……
とかなんとか。
二人で話していると学校に到着した。
早朝とあって、朝練で走る運動部が数人いる程度の静かな学校は、いつもの騒がしく荒々しく禍々しい雰囲気などどこにいったのかというくらいに落ち着いており、まるで異世界にでも迷い込んだようなそんな空気すらあった。
「さて、開けるわよ」
下駄箱の前で大きく息を吸った先輩は、覚悟を決めたように蓋をあける。
「……なにもないわね」
「ですね。どうします?待ち伏せでも」
「それはしないって言ったでしょ」
「まあ、そんなので見つかれば苦労しないか。じゃあ俺は教室に」
彼女の上履き以外何も入っていない普通の下駄箱に拍子抜けした俺はさっさと校舎の奥に行こうと足を出す。
だけどまた、体がグッと引き戻される。
「いてて、なんですか今日は」
「なんでそうすぐに離れたがるのよ」
「だって、もう用事ないでしょ」
「そうだけど、今から何か起こるかもしれないじゃない」
少し怒り気味に、可愛らしい口元をとがらせながら先輩は。俺の袖をつかんで離さない。
「そんなに俺と一緒にいたいならそう言ってくれればいいのに」
「だ、誰もそんなこと言ってないわよ!」
「じゃあ。どうしてほしいか言ってください」
「……もうちょっとだけ、話そ?」
「……」
上目づかいで、困ったように俺に訊いてくる先輩。
そのあまりの可愛さというかいじらしさに、赤面しそうになる顔を必死で逸らしながら「仕方ないですね」とだけ答えて、二人で人目につかない校舎裏へと移動した。
可愛いって、やっぱりずるい。
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