第2話
人助けが趣味だなんて、冗談でもそんなことを言っている人間にしては随分と周りが見えていなかったのだと今日改めて自分の視野の狭さを自覚した。
どうやら、水前寺瑞希という人間がいじめにあっていたのは最近始まった話ではなかったようだ。
「私、去年の誕生日の少しあとから、ずっと誰かに嫌がらせを受けてるの」
場所を移して、人目のつかない校舎裏に移動したところで彼女が俺に真実を語る。
嫌がらせが始まったのは俺が泥棒認定を受けた数日後。
執拗に誰かにストーカーされているような気配を感じるようになり、彼女は帰りが遅くならないようにと、部長を務めていた茶道部を退部したのだとか。
ストーカーの気配を感じるのは不定期だが、学校の中でも変な視線を感じることがあるそうで、犯人は学校の中の誰かではないかと思ってるそう。
今回の画鋲もきっと、その犯人による嫌がらせだろうと、彼女は語る。
誰かに相談しなかったのかと俺が聞くと、彼女は当たり前のように「できるわけがない」と答えた。
「どうして誰にも相談しなかったんですか? 先輩の話なら喜んで聞く人もいたでしょ」
「でも、相談したその人が犯人だったら? もし、犯人が一人じゃなかったら? そう思うと私、怖くなって誰にも話せなかったの」
「人間不信ってやつですか。うんうんわかります」
もっとも俺は人間不信なんてものはとうの昔に飛び越えて、人間に対して不感になっているまであるが。
「だから気づかないふりしてる方が、犯人の気持ちを逆なでしなくて済むかなって。そうやってやり過ごしていけばいつかは、向こうから諦めてくれるかもだし」
悪意に対して正義で立ち向かう。
暴力に対して正しい正当防衛で反撃する。
そのことがどれだけ無駄で不毛で、なんなら争いしか生まないことを俺は知っている。
だから彼女の意見には素直に頷く部分があった。
彼女が警察に通報したり犯人を捜したりして、それがそいつの逆鱗に触れたとしたらもっと被害は大きくなるかもだし、見つかったとしてもその犯人との怨恨は残り、後々に大きな仕返しを喰らう可能性だってある。
だから正解だ。といいたいが。
「それ、なんの解決にもなりませんよ」
自分に対して言うべきであろうセリフを、随分と自分のことを棚の高いところにあげたまま言った。
「わ、わかってるわよ。だからこうしてあなたに」
「薫でいいですよ。後輩だし」
「じゃあ薫、さっそくだけど私に協力してくれる?」
「はい、いいですよ」
「……もし裏切ったら?」
「裏切るって……そんなことするメリットがないでしょ」
「わかんないじゃん。あんたがもし犯人で、こうなることを予想してあんなことをしてたとしたら」
「漫画の読みすぎです。俺なら画鋲じゃなくてラブレターを入れますよ」
「な、なによそれ……バカじゃないの」
バカのふりをしたつもりだったのだけど、実際にバカと言われたらちょっとだけ傷つくものだ。
まあ、実際にラブレターを仕込めるようなバカに成り下がることができる自分なら、こんなに拗らせても嫌われてもいないのだろうけど。
「で、何をしたらいいんです?犯人捜しに協力はしますけど、あいにく探偵スキルは持ってないので期待はしないでくださいね」
「別に期待してない。それに、犯人は突き止めたいけどそんな危険なことを今日初めて話した人に頼めるほど図々しくもないわよ」
「じゃあ、具体的に何をすれば先輩の助けになるんですか?」
「……友達」
「は?」
「と、友達になってくれたら、それだけでもちょっと、ほんのちょっとだけ助かるかも」
まるで告白でもしてるかのように照れた様子で彼女は、その大きな瞳で俺を見上げながらそう話す。
「なんですかそれ」
「な、なんですかってなによ! わ、私って友達いないから、相談相手になってくれたらちょっとは気が楽になるというか、誰かと一緒にいた方が安全というか、ただそれだけよ!」
「じゃあ護衛でよくないですか? 友達って言われても一応先輩だし」
「な、なんでもいいわよ! とにかく、明日から登下校と昼休みは私と一緒に行動してもらうから、いいわね」
「なんで上からなんですか」
「わ、私といるのがそんなに嫌だっていうの? だったら」
「嫌なもんですか。それでいいですよ」
人間たまには素直になるのもいいだろう。
嫌なわけがない。あの水前寺先輩が一緒にいろというのだから、俺は喜んでついて行くまでだ。
「そ、そう。なら特別にそうさせてあげる」
「まるで友達が多い人の言い方ですね」
「う、うるさい! 先輩をからかうな」
「あはは、面白いですね先輩って」
勝手に俺が作り上げていた先輩像とは随分違ったが、それでもこの人はいい人だとすぐにわかるくらいわかりやすい性格をしている。
それに、こうしてみると美人というよりは可愛い。
うん、可愛いってずるい。
「じゃあ早速、家まで送ってくれるかしら」
「明日からじゃないんですか?」
「揚げ足をとるな。今日なにかあったらどうするのよ」
「はいはい。じゃあ一緒に帰りましょう。手でも繋ぎます?」
「バカ!」
俺はこんな性格だが、別に冗談も言えるし笑いもするし、恋だってする。
でも、それを素直に曝け出せる人間があまり多くないというだけで、今日そんな人間が一人、増えただけのこと。
あまり人に見られないように、今日は裏門からこっそりと学校を出る。
そしてまず彼女の家に向かうのだけど、そこで一つ疑問が浮かぶ。
「そういえば、登下校が不安なら両親に迎えにきてもらったらどうなんですか?」
「なによ、私と帰るのがそんなに嫌なの?」
「そうじゃなくてですね。俺みたいなのといるよりはずっと安心かなと」
「……いないのよ、家族」
その言葉の意味は別に共働きだからとか、海外出張で家を留守にしてるとかそんな話ではなく。
言葉のまま。彼女には家族がいないそうだ。
「去年ね。お父さんはどっかの女の人と出てって。お母さんも、私を置いてさっさと男のところにね。元々うちって家庭内別居みたいだったんだけど、まあ一気に二人ともいなくなるとはね」
随分さばさばした言い方だったが、もちろんこうなるまでに結構な葛藤があったのだろうことは容易に想像がつく。
というより共感できる、というべきか。
「辛い話をさせてすみません。でもってわけではないですが、うちも両親いないんです」
「え、それって」
「死に別れです。中学の時に、まあちょっと」
あまり死因についてまで述べると重くなるので避けたけど、両親は自殺でこの世を去った。
俺にこんなお節介なDNAを授けるだけあって、彼らもまた結構な世話焼きだったのだと、二人の葬式の時に親の知人から訊かされたことをなぜかふと思い出す。
自ら命を絶った理由が、経営していた会社が経営難になって、そこの従業員を救うためだったなんて話を聞いた時にははっきり言ってバカじゃないかと、大泣きしながら冷たくなった二人を恨んだものだ。
ただ、生前二人が残したのは「人間バカになって人を救え」という言葉。
それで死ぬのだから本当のバカだよと、それは今も思っているけど。
「そっか。辛い話させてこっちこそごめんなさい」
「いいですよお互い様です。それより、今は一人暮らしってことですか?」
「うん、一応。最後の正義感なのかお金は置いて行ってくれたから。でも、そろそろバイト探さないとだけど夜出歩くのが怖くてそれで」
「なるほど。それならいい案がありますよ」
「バイト紹介してくれるの?」
「え、俺と一緒に住めばいいのにって思っただけです」
「もー! 真剣に話してよ!」
「真剣です。っていったら?」
「え、え、え……?」
もちろん冗談だ。
今日知り合ったばかりの人に真剣にこんな話をするやつなんて、バカを通り超えて気持ち悪いだけだ。
でも、少しからかってみたいという気持ちで真顔でそう言ってみただけなのだが。
「ど、どうしてもっていうのなら……え、ええと、まあ考えてやらなくもないけど、でも、わ、私たちってまだ高校生だし、その」
「冗談ですよ。何真剣に悩んでるんですか」
「な、なによそれ! こ、こっちだってお世辞のつもりよ!」
「でも、一応悩んではくれるんだ」
「な、悩んでない! 変なこと言われて困っただけよ」
「はいはいわかりました。そんなに嫌だと言われたらショックなのでこの話はもうしません」
随分と意地悪をしてしまったせいか、彼女はそのままそっぽを向いてしまった。
ちょっとやりすぎたかなと、そのまま彼女についていきながら謝るタイミングを図っていると、彼女が小さな声で一言。
「別に嫌とは言ってない……」
ただ、その言葉に俺は何も返さなかった。
いや、返せなかったが正しい。
俺に気を遣っただけの言葉だとわかっていても、照れ臭くてうまい冗談が見つからなかったからだ。
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